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「ねぇシュウ、イッセ君となに話してたの?」
溌剌とした瞳を輝かせて長月の元に駆け寄ってきたのは幼馴染の高宮クライだ。ストレートの長い髪を一纏めにした彼女も長月と同じクロイド使いである。さらに加えればクラスメイトでもあった。
どうせ体育館でのやり取りでも見ていたのだろう。
「なんでもないよ」と言うと案の定頬を膨らませた。
「なんでもなくないよ。だって楽しそうにしてたじゃん」
一瞬の隙を突いて飛び掛ってきそうな剣幕に、長月ははいはいと両手を上げた。降参のポーズだ。
「素直でよろしい。で?何がどうして彼はあんななの?」
元より高宮は好奇心が旺盛な方だ。しかしここまで食いついてくるのは珍しい。なにがそんなに彼女の興味をそそっているのか、長月は気になって高宮の茶色い瞳をじっと見つめた。
「な、なに?」
不穏な空気を察知した高宮が僅かにたじろぐ。長月がぐっと距離を詰めると、間髪いれずに半歩後退した。さすがパワー系の高宮だ。間合いの取り方にそつがない。
「別に取って食おうってわけじゃないんだからそんなに警戒しなくても……傷つくだろ。ただ、どうしてそんなにあいつのことが気になってるのかなって思っただけだよ」
懐疑心の籠もった視線から逃れるように、長月は余裕を装ってそう言った。暫くして高宮の諦めにも似た溜息が聞こえてくる。
「別に。だってクロイドが孵化してから一週間で上級クラスにくるなんて、どんなにすごいやつなのかと思えば、見ての通りポンコツでしょ。気にならないほうがどうかしてるって。そもそも――」
ポンコツ。長月は堪えきれず噴飯した。一方で「なにが可笑しいのよッ」と高宮は本気で憤慨している。それが笑いの連鎖を引き起こしているとも知らずにだ。
「あー腹痛い。やっぱ俺たち、同じ釜の飯を食ってただけあるわ」
完全に訝しんでいる高宮の頭を、よしよしと宥めるように撫でれば、「あーもうっまたそうやって子ども扱いしてっ」と煙が出そうな勢いで吼えられた。
それでもこうすれば大人しくなることを長年の付き合いから知っているのだから、いくら上目遣いで睨まれようともやめる気はさらさらない。
長月と高宮は同じ孤児院の出身である。
この高天原学園に通う生徒の大半は、地方型ドームや田舎村、そして地上ドームから集められている。その中でも長月たちは陰で墓場とも揶揄されるような地上ドームから来ていた。
地上ドームの孤児院にいる子どもたちの多くが、紛争やクランの襲撃により親を亡くしている。長月たちもその一人だった。そんな彼らの将来は決して明るくない。
地上ドームの人間が地下ドームで仕事を見つけることは極めて困難とされていた。いくら支援だなんだといっても結局のところ差別されるのがオチで、無理してお金にならない下働きをするよりも、富裕層の人間が嫌がる軍隊に所属し、たとえ末端でも一兵士として働いたほうが稼げるというのが孤児たちの見解だ。それに兵士になれば、家族に保証金が支払われるという利点もある。条件からいっても子どもたちの未来はすでに決まっているも同然だった。
高宮には同じ孤児院出身で歳の離れた兄がいたが、若くして戦死した。長月からみても全然軍人になど向かない優男だった。それでも彼は唯一の家族である妹の生活が保証されるならばと軍人になる道を選んだのだ。最後まで行かないでと泣いて縋る妹を置いて。
高宮は今でも兄を行かせてしまったことを後悔している。そしてまだ小さい弟がいる長月にも、それは他人事ではなかった。先の見えない世界で生きていく不安。自分はいい。ただ弟の将来は明るいものであってもらいたい。そう毎日のように願ってはいる。しかし願うだけでは現状は変わらない。
そんな時だった。メクロイアの人間が施設に来たのである。何十人といる子どもたちの中でどう選出したのか数人が呼ばれた。その中に長月も高宮も入っていた。拒否権が存在したのかは定かではないが、メクロイアの説明にあった『腐敗した国を変えていくための組織』という話に惹かれていた長月には、断るという選択肢はなかった。
歳が近く、長月を本当の兄のように慕っていた高宮は「シュウが行くならあたしも行く」といってついてきた。嬉しくないわけがなかった。繋いだ手に力を込めながら、「お前は俺が護ってやるからな」となんとも恥ずかしいセリフを心の中で呟いていたことは、もちろん秘密である。
あれから一年、仲間を蹴落としてここまできた。あと少しでメクロイアに入れるというところまで。そしてそれは高宮も同じで――
「早く一緒にメクロイアに選ばれような」
キョトンとしていた高宮の瞳が、ふっと優しく細められた。
「うん。がんばろうねっ」
同志であり、長月にとって掛け替えのない存在である高宮の、あまりに素朴な笑顔にじわりと目頭が熱くなる。「お前は俺が護ってやるから……」とまだ直接言えない言葉を胸に呑み込んで、長月は高宮のきれいに整えられたさらさらの髪を、くしゃくしゃっと力強く撫で回した。
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