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しかしヨシノの我儘など比にならないほどの大きな問題にぶち当たったのは、再び融合が成功し、更に次の段階に進んでからだった。
いざウェイン状態で能力を発揮しようとすると身体の動きがバラバラになってしまうのだ。能力を発揮するどころか普段通り身体を動かすこともままならない。イッセは愕然とした。
「ヨシノ、どういうことだッ」
イッセが語気を荒げると、「どうもこうもねーよ」と
――制御が効かねぇ。強すぎんだよ。そもそも俺とお前で既に完全体なはずなんだ。さらにそれをカバーするこいつのおかげで倍倍の四倍。エネルギーが暴れまくって収拾つかねぇ。お前ももうちっと……
――わかってます。でもイッセは悪くないですっ。わたしがなんとかして……
――いや、イッセ、お前の鍛え方がたりねぇんだ。肉体的にも、精神的にも。お前が成長すれば俺たちも成長すんだから。
うぅぅ。とコノハがぐうの音も出せず萎れていく。しかしヨシノの言うことは最もだ。今までまともに鍛えてこなかったのだから急にそんな膨大なエネルギーに対応できるはずがない。
「わかった。俺もなんとかする。だから二人もせめて普通の動きができるようにがんばってくれ」
通常の動き、たったそれだけのことをするのに尋常じゃない精神力を有した。ただ融合しているだけなら何時間でもいけるものが、僅かに動作を加えただけで一時間と保たない。一度分離するとすぐには融合できず、分離スイッチに表示されている体内バロメーターが、完全回復するまで待たなくてはならない。それは数分で済む場合もあるし、何時間もかかる場合もある。そのときのオーナーの消耗の激しさによるのだ。
学校に通い始めるまでの残り三日間、イッセはなんとか能力を制御し、通常の動き程度のことはスムーズにこなせるようになった。
相変わらずヨシノとコノハは喧嘩が絶えず決して仲が良いとはいえないが、連携は悪くない。あとはこの能力を抑制せずにもっと自由に使えるようになれば完璧だ。
イッセは体育館の壁に凭れたまま、順調に実技をこなしていくクラスメイトを見つめた。
実技自体は単純なものだ。どれだけ速く障害物を避けながら目標へ到達するか。ウェイン状態であれば、言葉通り目にも留まらぬ速さで移動することも、飛んでくる物の軌道を見分けることも、ましてや留まっているものを破壊することも可能だ。ただし能力は人によってバラつきがあるため、得て不得手はもちろんある。大雑把に分けてスピード系、パワー系、感覚系といったところだろうか。客観的にみていると一目瞭然だ。
「こんなとこでなにやってんの?休憩?」
「まぁそんなとこ」
イッセは極力感情を出さないようにそう答えた。長月が形の整った眉を軽く押し上げながら首を竦める。
「イッセてさ、興味深いよね」
すでに呼び捨てか、と思いながらも遠慮というものを知らないのか、長月はイッセの隣に堂々と身を置いた。その様子に落胆しながらも「どこが」とイッセは素っ気なく返した。
「だって突然飛び級してきたと思ったらポンコツでさ」
「ポンコツ……」
「しかも俺は特別なんだといわんばかりにビンビンに防御張ってるだろ。そりゃあ敵もつくるって」
長月の明け透けなものの言い方に多少反感を覚えながらも、イッセは不快な色などおくびにも出さず迎合した。
「確かに、転入して早々さっきの対応はまずかったと思うよ。それでも一気に色んなことがありすぎて、俺自身どうしたらいいのかわからなくてさ。今もなんで俺がここのクラスにいるのか理解できない。八十島さんに言われた通り来てみたものの、これじゃあ場違いにもほどがあるよ」
長月はうーんと唸って熟想した後に「けどさ」と口を開いた。
「副官が間違ったことをしたとはやっぱ思えないなぁ」
「なのかな」
副官……か。やはり八十島はヨシノのことを知っているのだ。それで能力を過大評価してこのクラスにイッセを放り込んだ。そうとしか思えない。ヨシノをつくりだしたのが神代ならそれも当然のことだろう。
「ここにいるってことは融合実験の結果がよかったってことだろ?潜在能力はきっとあるんだよ、ただ使い方がわかってないだけでさ。ははっそんな人もいるんだねぇ」
鋭い。イッセは思った。それに明らかに長月は訝しんでいる。イッセにしつこく絡むのはそのためだ。
けれどここでヨシノのことを知られるわけにはいかない。ヨシノのことが知られたら、それこそ周りからどんな目で見られるか。
おそらく八十島も神代も、ヨシノがイッセの体内でどういう実体をもって存在しているのかまではわかっていないはずなのだ。これ以上あいつらの思う壺にはなりたくない。絶対に。
それにここでは神代の実子であることも隠すように念押しされている。下手に探りを入れられるわけにはいかない。まったく面倒な状況だ。
「えーそう、なのかな」
思いっきり棒読みの相槌に「ヘタクソ」と中からヨシノに小突かれた。すかさず「イッセがんばって」とコノハのフォローが入ったが、「がんばったってこいつの大根はどうにもなんねぇって」と本気で反駁するヨシノに頬が引き攣った。
「ま、なんにしてもクロイドは慣れだからね。このクラスにいる以上頑張って課題をこなすしかないよ」
もっともなことを言われ、言葉もなく嘆息する。
「んじゃ、行こうか」と長月に肩を抱かれ半強制的に集合場所へ連れて行かれれば、突然やってきた出番にもちろん構えなんてとる暇もなく、イッセは散々な結果を残す羽目になった。
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