授業はそのほとんどがクロイドの扱い方に終始していた。一日の大半が実技で終わる。基本事項に関してはコノハが孵化した際に八十島から聞いていたおかげで、なんとか話しについていくことができた。が実技となるとそううまくはいかない。

 周りが簡単にこなしていることがイッセにはいまいち感覚が掴めず、何度やっても失敗ばかりを繰り返していた。

「うーん、副官から直々に頼まれているからね、君には期待していたんだが、どうしたものか」

 実技担当の教官が頭を抱えるのを見て、初めてイッセは自分の扱いが特別であったことに気がついた。

 それでやたらと注目されていたのか。

 周りから飛んでくる嘲りや野次をシカトしながら、イッセは体育館の際まで行くと壁に背を預けた。

「キツイな」

 これは完全にひとり言だ。隣にいるはずのコノハは今、自分の中にいる。


 ここ高天原学園たかまのはらがくえんは、クロイドとオーナーの育成を行うための学校である。クロイド適性検査で一定の数値を出した少年少女が寮で生活をしながら通っている。クラスは上中下の三つに分かれており、上級の中で更に優秀な者がメクロイアとして実戦に出ることを許されている。

 イッセの放り込まれたクラスは上級だ。段階を追って実力で進級してきたクラスメイトから白い目で見られるのは覚悟の上だが、それがこともあろうか副官のお墨付きともなればその特別感は半端ない。

「そりゃ嫌われるよな」

 イッセは悪気ない笑顔で自分を送り出した八十島に、心の中で舌打ちをした。


 コノハが孵化をしたその日に融合実験は行われた。クロイドはすでに完全体で、コノハは孵化したばかりだというのに歩くことも話すこともできた。

 オーナーとなる人間の血液と細胞を人工的に作った人型に分け与えることでクロイドはつくられる。その知能はオーナーに付随する、らしい。よってコノハの実年齢はイッセと同じ十五歳。

 そしてオーナーはパートナーのクロイドと融合することで、脳覚醒を起こしウェイン状態になることができる。つまり脳の持つ能力を百パーセント解放させることができるということだ。これにより人間は超人的な力を手にすることができる。

「だからね、基本クロイドの能力はオーナーの能力を補うようにできているんだ。足して百になるように」

 そう八十島は言っていた。

 もちろん例外はあるが大抵のクロイドがオーナーとは反対の性別体をしているのだという。これも自身に足りないものを補うためなのだろう。ただ一応の性別はあってもクロイドに生殖機能はないらしく、「いくら頑張っても赤ちゃんはつくれないからね」と、冗談なのか本気なのかもわからないテンションで孵化したばかりの裸の少女を前に告げられた。

 イッセが顔を引き攣らせたのはいうまでもない。

 いやそればかりではない。クロイドにあるのは本体を構築している細胞と、本体に記憶させてあるクロイドとしてのデータのみで臓器は一切存在しない。よってクロイドを維持するのに必要なのは、水と定期的に養水という栄養源になる液体に浸かることくらいなのだそうだ。排泄もしないというんだから便利にできている。

「始めのうちは頭の中にもう一人の人間がいるように感じるだろうけど、そのうち自然と同調してくるから。慣れればクロイドの反応がまるで自分のことのように思えるはずだよ。動作もクロイドの動きなのか自分の反応なのかわからなくなってくると思う」

 融合実験の結果は良好だった。確かに八十島のいう通りで、一時間もすればはっきりと意識を保っていられるようになっていた。

「凄いよイッセくん。とんでもない適合力だ。どうかな、頭痛とか吐き気とか混乱とか、融合の副作用はない?」

「今のところは大丈夫みたいです」

「さすがだね。これからが楽しみだ」

 八十島の言う〝さすが〟が〝神代の子〟を指しているのだということはすぐにわかったが、イッセは気持ちを荒ぶらせず素直に喜ぶことにした。強くなるのにクロイドの力が必要ならば、その適合力は高いに越したことはない。

「来週からは学校に通ってもらうから、それまで毎日一回は融合して身体を慣らしておくこと。ただ限界時間リミットだけは気をつけて。何かあったらすぐにコールを鳴らすんだよ。あとはこれ、分離スイッチ。ヘッドフォン型ね。いろんなデザインがあるんだけど、これが一番プレーンだから、初心者向きかな」

 イッセは分離スイッチだという、片側にイヤーカバーのようなもののついた機械をまじまじと眺めた。

 限界時間リミット、即ちクロイドと融合していられる時間のことだ。通常は初めてで数十分、融合の感覚に慣れるだけでも一週間はかかるのだそうだ。イッセのように初日から二時間というのは異例らしい。しかも一時間後には融合状態に慣れていたのだから、八十島が驚くのも無理はない。

 しかし簡単にできていたはずの融合がうまくいかなくなったのはそれから三日後のことだった。突然身体が拒否反応を示したのだ。酷い吐き気に襲われ、一部記憶の混乱まで生じた。コールを押したらすぐに八十島が駆けつけてくれたが、その日はあまりのだるさに身体は使いものにならなかった。

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