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「はい、これで検査は終了になります。お疲れさま。今日は部屋でゆっくり身体を休めてくださいね」
「あ、ありがとうございました」
イッセは検査用の白いガウンの襟元を手繰り寄せると、まだ少しフワついた感覚の残る上半身をゆっくり起こした。
なんでも脳に直接信号を送り込むとかで、現実に戻されてからも自分が自分でないような奇妙な感覚に囚われている。
とにかく一刻も早く通常の感覚を取り戻したくて、手のひらを閉じたり開いたり、単調な動きを繰り返した。
一通り確認してふぅっと息をつく。
別段おかしなところは無さそうだ。となるとこの奇妙な感覚は単に気分の問題なのだろう。
自分の手を不思議そうに見つめているイッセを気遣う声が、モニター越しに聴こえてくる。
「気持ち悪い?あまり酷いようだったらまだ寝ていて大丈夫よ。初めてだもの、仕方ないわ。けど暫くすれば元に戻るから安心してね。それで検査の結果なんだけど……」
直接本部へ送るから、後日向こうから連絡が来ると思うわ。
どことなく幼さの残る茶色い瞳が、言葉の終わりに合わせて労わるようにモニターの向こうで細められた。
「それじゃああとは落ち着いたら着替えて戻っていいからね」
「……はい」
彼女の言う〝戻る〟が施設内に与えられた自分の部屋を指しているのだということはわかっている。それでもイッセは、漂白でもしたかのような無機質で温かみのない白い箱を、まだ自分の部屋だと認識できずにいた。
自分の戻るべき場所はここかもしれない。が戻りたい場所は違う。この施設に来てからずっと思っていることだ。それでも箱の中で皴のついたベッドに横たわれば、自然と睡魔に襲われた。
自分はなぜここにいるのか。どうしてこんな場所に連れてこられたのか。大切な人と切り離されてまで、なぜ自分は生きているのか。
誰に問うでもなく、自分に疑問を投げかける。答えなんて出るはずもないのに、心を占居するもう一人の自分に、イッセはやり場のない思いをぶつけた。
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