ポンコツ大魔導士

停止中

天才とポンコツ

 はっきり言って、俺は天狗になっていた。

 物心つく頃には、開国以来の神童ともてはやされ、飛び級に飛び級を重ね、学術院を主席で卒業。

 主な功績としては、今や常識とされる、詠唱の短縮法や陣の簡略化と言った技術は、在学中に俺が発見し、体系化したものだったりする。

 それらの功績が称えられ、とうとう念願の大魔導士アークメイジに弟子入りする事が出来た。

 世界でたったの七人しかいないとされる大魔導士アークメイジ

 弟子として技術を学び、そして時に盗み、俺が大魔導士アークメイジと呼ばれるのも、時間の問題だ。


 そんな風に思っていた。

 が、甘かった。

 角砂糖にハチミツをかけるが如く、俺の伸びに伸びた鼻っ柱は、弟子入り初日、ものの数分で、あっけなく折られてしまったのだ。


 大魔導士アークメイジは次元が違う。

 俺たちの魔法が魔に近づく事だとすれば、大魔導士アークメイジは、魔そのもの。

 必死になって近づこうともがく姿を、その内側からほくそ笑んでいるのだ。


 だがまあ、知識や技術と言ったものは、先ほど言ったように、学び盗めば良い。

 今までもそうしてきたんだ。

 知識をむさぼり、血反吐を吐くまで練磨した。

 周囲の期待に応え続けるとは、そう言う事だ。

 ただ一つ納得出来ない事があるとすれば、俺を弟子にとった大魔導士アークメイジが、ポンコツである事だ。


「弟っ子ーちゃん! ごはんまーだー!? 」


 うるせえな! こちとら魔法一筋十九年で、まともに料理なんかしたことねーんだよ!

 もうすぐ出来るから大人しくまってろ! 

 あーしまった……残りのスープ温めるの忘れてた。

 熱魔法熱魔法っと。

 呪文をつぶやき、スープを温めようとすると、俺の後頭部に何かがぶつかり、床に落ちると金属音をたてた。

 俺は怨めしそうに振り返り、師である大魔導士ポンコツを睨む。


「……何するんですか? 先生。」


 そんな俺の様子を気にする素振りもなく、大魔導士ポンコツは手足をばたつかせ、ぷりぷりと怒りながら喚く。


「もう! 弟っ子ーちゃん! おまじない唱えちゃダメって言ったでしょ! 」


 呪文を唱えるな、詠唱を破棄しろ、そう大魔導士ポンコツは言っているのだ。


「……じゃあ契約結びますから、もうしばらく待って下さい。」


 床に落ちていたスプーンが、ふわりと宙に浮くと、俺の顔面めがけて飛んでくる。

 それを難なくキャッチする俺。

 流石としか言いようがないな。

 しかし、それが気に入らなかったのか、大魔導士ポンコツのやかましさが増す。


「違う違う違ーう! そうじゃないの! 魔法はお願いするみたいにって言ったでしょー!? 」


 出来る訳ねーだろ! 低級の限定契約でも、陣なしのうえ破棄なんかしたら、人間の魔力オドじゃ足んねーわ!

 ……この化け物が。

 大きな力で硬い物を無理やり千切るような音が聞こえたかと思うと、俺の額に何かがぶつかった。


「弟っ子ーちゃん。今、失礼な事考えたでしょ? 」


 額を擦りながら向き直ると、目の前にふわふわと浮かぶスプーンの先端。

 その向こうには、大人しくなったは良いが、不機嫌そうに俺を見つめる大魔導士ポンコツ

 ち……面倒くせーな畜生。

 わかったよ! やれば良いんだろ! やれば! 

 そのかわり、今日の昼飯が明日の朝飯になっても知らねーからな!


「あ……。」


 大魔導士ポンコツの顔が曇った。

 どこか申し訳なさそうに、俺を見つめている。

 どうかしたのかと尋ねようとした時、滴り落ちた赤い滴が、理由を教えてくれた。


「あー……切れたか。」


 痛みはない。

 額は派手に血が出ると聞いていたが、想像以上ではないな。


「すいません、先生。昼食、もう少し待っててもらえますか? 」


 顔を上げると、派手に取り乱す大魔導士ポンコツがいた。

 想像以上と言うか、予想外だ。


「ごごごごめんね!? い! 痛かったよね!? お……怒ってる? ごめんね? わざとじゃないよ!? いや、私がやったんだけど……そうじゃないの! 」


 ……こりゃあ良い。

 大魔導士アークメイジのあんたなら、こんな傷あっという間に治せるだろうに。

 気が動転してるのか? ちょっとからかってやる。


「痛っ……てえええ! 痛い! 痛いよ! 先生! もう俺ダメかも……。」


 右往左往しながら、狼狽えるしか出来ない大魔導士ポンコツ

 くくく……せっかくだ、日頃のうっぷん、晴らさせてもらおう。


「だから先生……今日のお昼は、城下で何か美味しいものでも食べ……。」

「ごめんね弟っ子ーちゃん! こんな傷すぐ治してあげるから! 」


 そう言って、大魔導士ポンコツは、どこからともなく杖を取り出すと、先端を俺に向ける。

 ……おい、待て。

 それはもしかしてもしかすると……。

 杖の先端が激しく輝く。


「最初、少ーしだけ吹き飛ぶけど、すぐに、全部元通りに治るからね。」

「ちょ! 待っ! ……。」


 眩い光に呑み込まれる。

 俺が最後に見たのは、大魔導士ポンコツの無邪気な笑顔であった。

 これが俺の師、治癒魔キュアバスター パーシー・パールライトである。

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ポンコツ大魔導士 停止中 @bisyamon10

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