覇王アシタカの宣誓
大陸北西の地、アシタバ半島ドメキア王国。
その晩、国民は王国騎士から衝撃的な話を聞かされた。
ドメキア王国守護神の双頭竜は二匹の海蛇であり、この地を救う為に現れた。
国民は強制的に高い位置にある丘へと誘導された。
深夜近く、ドメキア王国天空城程ありそうな巨大蛇が背後に小型海蛇の大群を連れて、シュナの森方面から現れた。
二匹の巨大蛇は伝承そのままの姿であった。
一匹は竜の如し姿、一匹は
ゆっくりと進んでくる二匹の巨大蛇と、小型といっても人の倍はある蛇の大群。小型蛇は進行早くドメキア城に向かう道を作っていった。
空には羽のある蟲が現れ、小型蛇と同様にドメキア城へ続く道を作るように整列していった。
それだけではない。
風に乗って七色の光が空から降り注いだ。
『アシタバ半島守護神バジリスコス様とココトリス様である!ドメキア王国の民よ祈りを捧げよ!敬意払い近くに参れ!ドメキア城へと続け!その目と耳でしかと神の
天から丘に響く声。
何度も何度も繰り返されるその言葉に国民は言葉を失った。
流星のように降ってきた謎の金平糖のような塊。その翌日、病治り美しくなった姫。
反乱軍がドメキア城に進軍しようとすれば地が揺れ、無血革命起きれば祝いのように本物の流星と彗星が現れた。
連日の奇跡の正体だと、多くの国民は蛇と蟲の道に近寄り膝をついて祈った。
『二千年、この地へ慈悲を与えてきたバジリスコス様とココトリス様は大変お怒りだった!恩を忘れ、争い合う
聖騎士エリニースの神話は国民に広く知られている。
その神の遣い、エリニースを語る男。
二匹の蛇神の間、少し前方を歩いている。脇に九つ尾の大きな狼を従えるのは、宿敵ベルセルグ皇国から婿入りしてきたティダ・ベルセルグ。シュナ姫を戦地から連れ帰り、盟友と呼ばれている皇子。
『国民に
滅ぶ。
エリニースがその言葉を発した瞬間、地が大きく揺れた。バジリスコスとココトリスの大きな
バジリスコスとココトリスが止まり、エリニースの前に二本の尾を持つ大きな狼が現れた。
背に乗るのは、ドメキア王国に会談にきたペジテ大工房御曹司アシタカ。シュナ姫を宝物のように抱きかかえて座っている。
純白礼装のアシタカと、純白ドレスのシュナ姫。シュナ姫の頭上に輝くティアラが闇夜を照らす。
『蛇の女王を
アシタカの胸に頬を寄せて、手を振るシュナに国民は目を
虹色がドメキア王国を包んでいく。空を飛び回る蟲に人々は恐怖を覚えるよりも、感嘆した。空高く、自由に飛び回り七色の光を降らす姿に涙ぐむものもいた。
『ドメキア王国の民よ、神々からの恩を
ドメキア城へ直接向かう民も大勢いた。国民へ告げられたシュナの演説時に感謝された者は手を引かれ、拍手され、囲われる。
『
悪行身に覚えあるものは
再び大地が大きく揺れた。
そして蛇神の
死を感じたものは祈る。祈った。覚えのある罪に
恐怖から蛇神に手を出そうとした者は気絶し、逃げようとした飛行船が二機、蟲に覆われ海上へ連れていかれた。
『領土の民をしかと守り、首を
蛇神の行進と繰り返される天からの
ドメキア城に蛇神一行が辿り着いたのは明け方だった。
四重砦の上に蛇神二匹が登った。いつの間にか他の蛇神一行は去っていた。空にずらりと整列する蟲。分厚い雲が太陽を隠しているが、蟲が雲を貫くように次々と飛び、隙間を作った。
光の柱が地に注がれる。
光の柱は三箇所。
大蛇神バジリスコス。
そして、城で最も高い位置。
大広間、大蛇の間の壁が消え失せ、台座のようになっている。そこに人が立っていた。暗い国で唯一朝日を浴びる場所。
遠目で分かる、そこに立つのは三名。
見えるものは見えた。アシタカとシュナ姫、そして新国王だというルイ。
『ペジテ大工房アシタカ・サングリアル。国教大技師教義を最も貫く一族。故に国の
突然の発言で水をうったような
『夜も眠れぬ私に国民は私にこう言った。争わないようにと考えるのが何が悪い!血が流れないようにと願う事が悪い筈がない!アシタカ・サングリアルは国を背負って守るために大掟を破った!裁こう!掟とは悪しき行いを止める為にある!内乱止めた結果が出るまで
この地でアシタカが何をしようとしたか、知らぬ者は少ない。皆無と言って良いほどである。
ーー内乱という愚行を行なった、いや行なわされてしまった勇気あり悲しき民よ。僕は君達こそ救いに来た。
蘇る言葉。
ーー大人しくしていてくださいアシタカ様。独裁だと言う者に暗殺されかけたばかりなのに
蘇る言葉。
ーー脅迫ですよ。僕は自分の信念に権力を振りかざすことにしたんです。手段は問わない。僕は正しい。しかし、間違いならば国民が僕を裁いてくれると信じています。国民に新たな王を選ばせる。現国王が最適であれば望まれる。
侵略でも、植民でもなく、全く別の方法を持ってやってきた他国の御曹司。
会談と同時に反乱起これば、反乱停止を後押しした彼の言葉に
『私は死にたくないので平和の使者を目指す!誇り高き民の見本である!かつて蟲一族と共に生きた人間を一方的に
『つまり、僕は国民に
あっけらかんと優しい笑い声を立てたアシタカに国民は虚を突かれた。
『僕は幼少からこう思っていた。居住区から出ることは公務以外では許されず、豊かな科学技術も使用制限されている。憧れの大自然に飛び出すことは絶対
あはははは、とまた呑気な笑い声。気づくものは気づいた。彼が何を言いたいのか。
『この生き方を国民は見てました。大国の御曹司。ぬくぬく守られ何もせずとも賛辞を受けていたのに欲張っている。富も権力も、名誉も、ついでにそこそこ整った容姿も持っている。最後はどうでしょう?人の好みは千差万別。まあ自惚れなので笑ってください。アシタカは欲張りだが、つつけば働く。中々良い働きをするぞ。おだてて働かせよう。僕はまんまと乗せられた。そしてついに大掟を破った。さあ、欲張りで自由を求めるのを許そう。代わりにどんどん働きなさい。貴方は豊かなのに足るを知らない。そして今日ここに立っている』
清々しい笑いに国民もつい笑った。
『このように僕は打算だらけです。そして今回のドメキア王国から我が国ペジテ大工房への侵略行為。国民の意見は大きく割れた。報復か、許しか。僕を許すような民、許しが多かったが二千年繰り返されてきた他国からの侵略行為。許し続けてきたがまただ』
急にアシタカの声が冷たくなった。
『私はこう提案した。高らかに宣言しドメキア王国は焼け野原。宣言し逃亡の時間を与える。焼かれるのは国という名の建造物。歴史。国とは民である。焼け野原になっても生きてはいける。生きていくので精一杯で向こう何十年、下手すると百年以上は侵略なんて不可能』
発言に緊張感が走った。
『父や一部の民に諭されました。そして友が私を叱りつけた。各国の問題を解決し戦争しようとする原因を潰せ。お前には権力も武力もある。あらゆる策を練れる。武力行使は傷を残し、いつかか
苦しげにアシタカが告げた。
『そんな簡単なこと分かっている。ならばどうすればよい⁈罪に相応しい罰とは何だ⁈争いは決してこの世から消えない!殴ってはならない。当然のことなのに出来ない者が何て多い。侮辱、軽蔑、陰謀、暗殺、人の世から消えていない!僕は断言する。人の世から悪は消えない!この度の我が国に対する罰、それが分からないので私はドメキア王国の民に問いにきたのです。目一杯の真心込めて会談にくれば、目が冴えるような鮮やかな答えをくれると信じて』
沈黙が続いた。
『シュナ・エリニュスが証言します。アシタカ様は大嘘つきです。今までの発言にも多くの嘘が含まれています。誰よりも先にこの国を救おうとしたのはアシタカ様です。ベルセルグ皇国の
シュナの声が春風のように響き渡った。
『シュナ姫、また打ち合わせと違うことを。貴方という人は本当に……。僕は大した人間ではありません。聖人君子と言われると違和感が強いので避けたい。なのに……。この血脈に似合う男になりたいとは思っています。一人では困難です。国民の支えがあってこそ、家族や友の支えがあってこそ、そしてこの国からもきっと僕を支援してくれる方がいると思います。シュナ姫、貴方が僕と同じ生き方をしたいと言ってくれたように』
『ええアシタカ様、誰よりもこのシュナ・エリニュスが貴方様の支えになりたいです。アシタカ様に思いつかない案を考え、働き過ぎて手が回らない案件へも手を出せるように、アシタカ様と同じくらい働きます。
シュナがアシタカに向かって首を垂れた。
『アシタカ様、ルイ・エルメラルダはシュナ姫様により王を任せられると言ってもらえました。しかし、しかし、私にはまだ無理です。シュナ姫様が自由を求めていることは重々承知です。アシタカ様にだけ尽力したいと分かっています。国民に王に望まれればシュナ姫様は断れない。それも知っています。裏切られ続けても決して国を捨てず、反乱されようと許し、長年この国を守ってきたシュナ姫様こそが王に相応しい。蛇神様まで現れ告げました。この国で唯一守護に値するのはシュナ・エリニュスであると。彼女がこの国を見捨てればこの地を蛇神様は見捨てると』
ルイの発言で蛇神二匹が巨大な雄叫びを上げた。シュナの名前が沸き起こった。
『反乱を起こすような王族、長年民を救えなかった
最大蛇神の叫びが響き渡った。天に向けられた吠えが雲を
そして大地が激しく揺れた。
民は
『ふむ。王
揺れがピタリと止み、エリニースの静かな声が木霊した。
『相変わらず
シュナはアシタカの腕に守られるように抱えられている。
『その疑心、侮辱である!大嘘つきの娘め!私はエリニース也!王の器ないものが王に君臨すれば同じ罪を犯す!王にならずに国に奉仕?責任逃れの位置とはなんと卑怯者。
また小さく大地が揺れた。
『また嘘ばかりつかないでください。バジリスコス様とココトリス様はルイが国王でも構わないと言って下さいました。
〈審判の時である。
初めて聞く声が胸に直接届いた。
神だ。
バジリスコスとココトリスのどちらか。
『いいえ。蛇の女王、この国の王にはなりません。国民を選別し小国からやり直せ。そのような選択しとうございません。バジリスコス様、ココトリス様、どうか慈悲をお恵み下さい。この国はこれから変わります。ルイが新国王というのは民に王を選ばせた結果です』
〈笑止。千年かけて審判してきた。なのに蛇の女王、蛇の王に値する人間は一体何人だったと思う?因縁因果。教義、信仰を裏切り続けてきた民の何を信じろと?〉
『バジリスコス様、ココトリス様、まずは
〈否。死して罪の浄化に魂捧げるとは、聖女の座を捨てるということ。私達はそなたの魂が欲しい。認めん。しかしここまでの国への信頼。やはり我等の側仕えに相応しい娘である。
四重砦の上から蛇神の二匹が下り、海の方へと移動していった。シュナの森からドメキア城への行進とは違って速かった。小型蛇と蟲たちも次々とドメキア城から離れていった。
『シュナ姫様……何故あのような……。聖女となれば……』
座り込んだシュナにルイが近寄り膝をついた。ルイが伸ばした手をアシタカが払った。
『ルイ……バジリスコス様とココトリス様の偽りと
シュナがアシタカに
『アシタカ様……先に貴方がこの国に問うたからです。これが
ルイが立ち上がった。
『シュナ姫様は私にこう言いました。十年見定めてきて、側近にしようとした貴方ならいつか反乱軍の頂点に立つだろうと思っていました。争い望まず、人を殴ることを忌み嫌う貴方が反乱軍の長など止めてやりたかった。力が足りず申し訳ありません……。私は、私は、何も知らなかった!我が領地を父と私で守っていると勘違いしていた!謀反者として逃亡した際も、貴方の息がかかっていた!民よ……シュナ姫様の慈悲の数々を知らな過ぎる……神が現れ死なすな、と示す程愛されているのに
『
アシタカがルイに食ってかかった。胸倉掴んで詰め寄る。
『アシタカ様?』
シュナが慌てたように二人の間に入ろうとした。
『そもそも、どいつもこいつも恥を知れ!このような澄んだ美麗な瞳に決意
エリニースがアシタカを後ろから羽交い締めにした。
『その続きを口にすると聖人といえど罰しなければなりません。
『アシタカ!いや、アシタカ様!また思いつきました!ルイさんが踏み出せないのは見本がいなくて不安で
知らぬ声に国民は息を飲んだ。エリニースがアシタカを離した。
『ああ、またありがとう。しかし僕ではなくドメキア王国の民に教えるといい。僕が滞在するテントに来て物見遊山や、駆け引きや打算に探りではなく本気で提案にくるのは君ばかりだ
『パズー?ああ、パズーです。名乗らずにすみません。属国や植民地は望んでいないと知っているからです。でも却下か……。なら逆ではどうですか?王に定期的にペジテ大工房へ行ってもらう。そこでアシタカ様やペジテ大工房の民から学ぶ。人柄も知ってもらえま……っふご。何をするティダ!ティダ?エリニース?どちらにしても僕はまだ提案途中です!』
『それはこちらの
『何故そのような当然のことを?この世で最も幸福になるべき女性。敬愛するのは当然です』
シュナがぺたりと座り込んだ。
『シュナ?大丈夫か?度重なる心労
アシタカがシュナを抱き上げた。
『まて聖人アシタカ・サングリアル。まだ話は終わっていない。バジリスコス様とココトリス様からの進言忘れたか?』
『そんなことよりもシュナだ。彼女を一番に守らねばならない。それに忙しい。祖国から山のように仕事を持ってきている。テントに寝台を用意しよう。見張ってないとすぐに働こうとする。それに君の提案はいつも有益だ。だから常に近くにいて欲しい。離れないで同じ道を歩んでもらいたい』
その時、シュナがアシタカの首に腕を回して抱きついた。
『
『真心ではなく何もかもだ。彼女を守り、一つでも多くの幸福を与える為に今までよりも身を粉にして働く。平穏も休憩もなくて構わない。その時間分、その労力分、与え続ける。僕は忙しいのでより
『
『何もかも。流星落ちてきた夜、あの日限りの命となりたいとまで思いました。偽りの流星が降り、まだ病に苦しんでいた夜です。アシタカ様、貴方が駆けつけて
しばらく沈黙が続き、そっと深く口付けしたシュナとアシタカに爆発するような拍手喝采が巻き起こった。
長々と続く祝福に、いつのまにか止んでいた虹色の光が再び現れた。今度は吹きさらしになっている大蛇の間、その上に立つ二人だけに七色の光が注ぐ。
ドメキア王国は新たな時代を迎えた。
この日の出来事や発言は歴史に飲み込まれて、変形し、歪み、それでも伝わっていく。
巨大蛇と蛇の大群が現れ、蟲が現れ、神の遣いを名乗るものが国中に語りかけ、神のような声が心に直接言葉を伝え、聖人と聖女が高らかに永遠の愛を誓った。
ドメキア王国を奇跡のような虹色の雪が降った。
そのような歴史上類をみない大事件で、この後ドメキア王国の体制が激変していったからである。
***
伝承には偽りと
***
「貴方が有益だと思ってくれる間はアシタカ様よりも働きます。真横に並んで時に盾となる」
アシタカは言葉を失った。
美しい瞳と涙ぐむ柔らかな笑顔に目の前がチカチカしてよろめきかけた。倒れては怪我をさせると両足を踏ん張った。
「やめてくれ……」
思わず口から
「アシタカ様、貴方こそ打ち合わせをお忘れですか?」
色々と脱線させられたのですっかり頭から抜けていた。シュナが目を
「
何よりも大切なのが仕事や時間。女は必ず逃げていく。仕事と私、どちらが大切なのかと試し、批難して去っていく。仕事の先に愛する女の幸福もあるのに、寂しいと背を向ける。
短い時間を全て与え、睡眠時間や効率無視して与えても足りないと言われた。言わなくてもそういう圧力を感じてきた。
それか信頼して家を任せれば、家財道具一切がない。金を浪費し、己の肩書きではないのに権力を傘にやりたい放題。兎に角、恋などもう無駄だ。
温かな食卓の灯りは、浴びるものではなくて灯すもの。
それも同じ気持ちなのかと悲しくも嬉しかった。シュナがたった一度の恋で同じ結論に至ったのならば、変えよう。世界は広い。彼女を変える男がきっといる。それまで守ろう。大事に、大事に、誰よりも大切に守ろう。
アシタカはシュナの唇にそっと唇を寄せた。
ティダと同じ、偽りの夫婦。ティダとシュナが盟友と呼び合うようになったように、シュナとアシタカにも本物の絆が生まれる。利害の一致、打算だけではないと、そう信じよう。
あまりにも胸が苦しく、一刻も早く検査が必要だと思った。
それから、どうしようもない
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