至宝と美しい声の友2

 湯が沸いたので、アシタカは紅茶をいれた。冷蔵庫は空だが、飲み物だけは残っている。そのくらいには、この部屋はアシタカの居場所だ。


『あー、さあどうぞって話し辛いわね』


 アンリの苦笑に、アシタカも同感だった。


「君は昔から見る目がある。ラステルさんにシュナ姫の護衛がしたいと置き手紙を読んだよ。アンリを危険な地へ派遣したと、僕は方々から大顰蹙だいひんしゅくだ。一昨日なんて君の部下達が嘆願書の山を持ってきた」


 実力は申し分ないし、厳しくも優しい世話焼きのアンリを慕う者は多い。それなのにアンリはいつも最前線に立ちたがる。異国からの不審な密告者が現れれば一人飛び出し、他国の軍がノアグレス平野に姿を見せれば砦に泊まり込む。


 蟲に対峙する父ヌーフの隣に立ち、その後ろに部下。さらに後ろに市民。絶対に前にいる。おまけに大総統ネルの不穏な様子も、かねてから探っていたらしい。アシタカの暗殺を未遂で止めた筆頭は、アンリ長官率いる第三十班。一生頭が上がらない。


『以前にも言わなかったかしら?私は護衛人長官として生きるのよ。見る目が必要だけど、昔から良い手本が近くにいたから助かったわ。帰るからしっかり働きなさいと部下達に伝えて。手紙にも書いたけど、マーク副長官を昇進させて。大総統代理のうちにね。彼なら私の代わりになれるわ。全員、不甲斐なかったらどうなるのか分かっているわねって脅しておいて』


 低くドスの聞いた仕事用の声にアシタカはまた苦笑いした。三十班は護衛人の中でも異動願いが多い班。一方、在籍年数が長い者も増えている。アシタカはティーカップと通信機を、それぞれ別の手で持ってソファへと戻った。


「鬼長官は怖い怖い。生死がかかる戦に出るのはこれが初めてとは、大嘘ばかり。それにしても、人気者の君が結婚、それに下手すると退官となると阿鼻叫喚あびきょうかんだ。それに正直心配なんだが。ティダは君のかつての恋人達と真逆。それに逃げ出してもこの世の果てまで追ってきそうだ」


 アンリが大きくため息を吐いた。


『居ないと思ってたら居たの。俺の隣で戦えって、私に仕事をさせ続ける男。うっかり目が眩んだけど、とんでもない人かもしれない。お互いのこと知らないのに結婚?意味が分からないし、怖くてならないわ』


 怖いと言うアンリの声は震えていた。しかし歓喜も感じる。着飾れば美しく、気配り上手。なのに女の気配を消して、最前線に立つ兵士でありたいと願い励んできたアンリ。護衛人長官の家系というだけでは理解しきれない。国を、誇りを護るという頑固で激しい炎。アンリという女は、時々よく分からない。


『大丈夫よアンリ。私達がいるもの。それにセリムがいるわ。ティダ皇子が頑張り過ぎないようにするのよ。最終兵器は崖の国のお義姉ねえ様達よ。爆発苔が出てくるわ』


 へえ、ラステルが感じるティダの怖さはそういう意味か。アンリはどう思っているのだろう。同じだろうなと、アシタカは目を細めた。でなければ一生護衛するとは言わないだろう。しかし、ティダか。大丈夫なのか?


 ラステルの発言で、アンリとシュナの苦笑いがしたような気がした。


「爆発苔?ラステルさん、何だいそれは?」


『蟲森に生えている、強い衝撃で爆発する怖い植物よ。私のお義姉ねえ様達ってグルド帝国兵と変な泥人形より怖いの。頑張りすぎると大目玉。ティダ皇子もぺちゃんこにしてくれるわ。崖の国の宴でお義姉ねえ様達はアンリをとても気に入っていたのよ。特にドーラお義姉ねえ様。あのね、ドーラお義姉ねえ様は衛兵だったの。アンリを豪胆な娘だって言っていたわ。二人って歳が近いの』


 黙って佇んでいると儚げな美しい女性なのに、こうして声だけ聞いているとラステルは三つ子の妹達のようだ。あどけなく、屈託無く、可愛らしい。そしてよく喋る。セリムは楽しいのだろうが、アシタカとしては毎日だと疲れるかもしれない。


 それにしてもセリムの姉はクイとケチャしか会っていないが、朗らかそうな女性達だった。ラステルをさらおうとしたという、グルド兵士に木偶人形パストュムより怖いとはどういう事だ?


 「二人って歳が近いの」という言葉に込められた惜しみない羨望せんぼう。国を救った女の子が、自分を気に入りとても慕ってくれている。アンリがラステルの護衛をすると国を飛び出した理由はこれか。

 

「アンリ」


 言うか迷ったが、アシタカは口を開いた。


『何?』


 この声色だと見透かされていそうだ。


「君の幸福を願う。苦労しそうだが、きっと大丈夫だ。そう信じることにする。君に逃げられても分からなかったのに、今やっと理解しかけている。もう女は懲り懲りだ。そう思ってたけど僕も変わるよ。激務に耐えてくれる人ではなくて、共に激務に飛び込んでくれる人がいつか現れると信じてみたい」


 他者を魅了する、花が咲くようなアンリの笑顔がまぶたの裏に浮かんだ。


『アシタカが声を上げて助けてって言えば国中から集まるわよ。でもその中から一番側にいて欲しいという人でないとダメよ。貴方はいつも受身。だから逃げるのを傍観する。モニカのことは残念だったわね。惜しかった。私、二人が上手くいかなかったの悲しかったわ』


 アンリはいつも姉のようだ。学生時代からそうだった。


「逃げても追いかけたい女性。心に留めておく。いつも僕が気づかない指摘をありがとうアンリ」


 自分がアシタカに本気で惚れられていないと、アンリは去っていったのか。五年も経過してやっと判明した本当の別れの理由。誰よりも国を護りたいというアンリは、誰よりも必要とされたいのだろう。アシタカと同じで、承認欲求が強い。そういうことなのかもしれない。


ーー逃げたら地の果てまで追いかけて地獄に連れ戻す


 ティダがアンリ本人に言ったかは知らないが、言っていそうだ。こんな凶暴な言葉でアンリがあっさり陥落するとは、夢にも思わなかった。アンリを知る者は、誰もが唖然とするだろう。


『二人って昔は夫婦だったの?でも仲良しね。私達、聞いてて良いの?』


 不思議そうなラステルに、アシタカは頬を綻ばせた。かつては恋人だったのに、心配はするが凪いでいる。今の関係の方が落ち着くとしか思えない。


「違うが良く誤解される。気心知れた友人だ。是非、アンリの力になってもらいたい。それから、セリムと共に僕のことも助けて欲しい。僕は大事な友人を失いたくないが、大狼が面倒臭さそうでならない。働けと蹴飛ばされ、恐ろしい焼きもちも妬かれ、酷い扱いだ」


 かなり古い茶葉だが、いれた紅茶は美味しかった。三人は、今どんな風に過ごしているのだろうか。


『それなんですが、私も同じになりそうです。夫が大技師というのが必要な限り死ぬまで役割を果たすと言われた。なのに顔に、目に、断固拒否と描いてある。この国の頂点にとっとと登れという気迫が恐ろしくてならない。セリム殿も別方向から迫ってきてます』


 うんざりというようなシュナの声には、期待に応えたいという希望も感じられた。


『パズーが、アンリとアシタカさんは結婚間近と言ってしまったの。それで怒らせたって。パズーはフォンさんって方から聞いたらしいわ』


 フォンとは確かヤン長官の副官の護衛人の一人。五日で噂話をする程、パズーは人間関係を築いたのか。


『ラステルに、シュナ姫まで。アシタカもさっきからその話ばかり。まあ、あの人アシタカのこと好きみたいだから上手くかわして仲良くしてあげて。アシタカに、相談の為の連絡もすると思うわ。辛そうだから、引き出して聞いてあげて欲しい』


 アシタカは思わず紅茶をこぼしかけた。


「何だって?」


 多少認めてもらっている自覚はあるが、ティダの目はいつもアシタカを軽蔑している。「お前は何をしている?」という非難の視線。そこにアンリへの嫉妬まで加わった。何より「辛そうだから」という指摘に驚いた。


『ティダって相当シュナ姫のことを気に入っていて、大切なのよ。この通信機のことも知ってるのに放置してる。シュナ姫がアシタカと相談出来るようにって』


 はあ、とシュナのため息が響いた。


『本当にあの男は世話焼きだ』


 アシタカに告げるというよりは、思わず呟いたというような小さな愚痴だった。一緒に行けば、まだ知らぬティダのことを知れたかもしれない。アシタカへの態度がアンリの言う通りなのか感じられたかもしれない。


『絶対に大人しくペジテ大工房に居なさいアシタカ。勝手に崖の国へ行った時のように許したりしないから。長官全員の口で袋叩きにするわよ』


 ほんのわずかな間で、アンリに悟られている。低く威圧するような声には、全く可愛げがない。


「鬼長官に命令されたら、何処にも行けない。それでラステルさん、セリムは大丈夫なのかい?少し眠くなってきたから、うっかり眠る前に君の相談を聞こう」


 疲れていて眠いというよりは、心地良くて眠たい。穏やかで、のんびりとした時間。彼女達はこれから歴史の大渦に翻弄ほんろうされるのに、どうしてだろうか。


『私もアンリと同じです。セリム、とても落ち込んでいるの。話を聞いてあげたいけど、私達のこと心配し過ぎて部屋から出してくれなさそう。セリムはティダ師匠の横に並びたいらしいから、多分アシタカさんに相談すると思うの。よろしくお願いします』


 ティダ⁈アンリとティダの件が最大級の驚きかと思ったが、それ以上だ。ティーカップが空になっていてよかった。中身が太腿にかかって、火傷するところだった。


 初対面、険悪だった二人。ティダは頭を下げたが、怒り心頭の様子だった。ティダが「化物蟲女を使う」「イカれ女だが利用価値がある」と憎々しげに話していたのも思い出す。ラステルがティダが頑張り過ぎないようにと、先程心配していた時点から違和感があった。セリムが二人に何かしたのだろうか。


『アシタカさん?あー、疲れているのにセリムのことを頼んでごめんなさい』


「いや、それは嬉しい。君がティダの弟子というのに驚いたんだ」


 くすくすと笑い声がした。小さいのに誰の声か良く分かる。控え目で綺麗な音色。シュナの本来の性格を良く表した、笑い方な気がした。


『パズーはゼロースさんの弟子なの。私が一番弟子よ!ひよこから立派なにわとりになるわ。アンリくらい強くなるの!アンリって強いのね。船の上でティダ皇子と対決したんだけど、格好良かったわ』


 ドメキア王国へ向かう船では一体何があったのだろうか。蟲が襲撃し、ティダの腕が切り落とされた。そして治った。その事を思い出して質問しようかと口を開いた時、上着のポケットから振動音が聞こえてきた。


 このタイミングでか、とアシタカは上着からもう一つの通信機を取り出した。


『よお、アシタカ』


「今晩はティダ。ちょうどつい先程、シュナ姫達から君とセリムの相談を受けていた。とても心配されている」


 腹立つのを抑えて、海よりも深く広く接していればティダはアシタカを無下に出来ない。昼間、船の上で何となくそう感じた。まだシュナ達と通信が続いているが、黙っておこう。彼女達も直接聞いた方が安心するに違いない。


『そうか。なら話は早い。五日後、正式会談がある。ヴァナルガンドとシュナとよくよく話運びを確認しておけ。ヴァナルガンドのせいで予定が変わりそうだ』


 動揺もせず、淡々としている。そして


「その間、君は何をするつもりだい?」


『ヴァナルガンドが俺よりやりたい放題だから世話係だ。定期的に連絡させるから、鼓舞し必要ならいさめろ』


 抑揚のない声からは感情を盗めなかった。一枚仮面が剥がれたと思ったら、別の仮面か。


「僕にそれが出来ると思ってくれているのなら、光栄だ。僕は君と違って憎まれ役は買わない。僕のやり方でやるが良いな?それから君も定期的に連絡をしてくれ」


『ふはははははは!憎たらしくなったじゃねえか。俺を担ごうとは良い度胸だ!何を言われたか知らんが、過剰な荷で手が塞がれば何も出来ん。己の器の大きさを知れ青二才』


 するりと避けるな。アシタカは背筋を伸ばした。 下手に出れば、また「青二才」などと。


「セリムのことはラステルさんからも頼まれた。君が心配し、僕も話す。セリムも色々と考えるだろう。逆にセリムに僕達も変化させられるかもしれない。それでティダ、君は何をするつもりだい?」


『さあな。好きに、そして自由に生きろ。ヴァナルガンドも至宝も上手く転がしてやる』


 のらくらと踏み込ませない男。穏やかに、率直になったのは何か思うところがあったのだろう。余計にやりにくい。通信を切られそうだと感じたので、少し突き方を変えるかとアシタカは頭を掻いた。苛々を抑えないとならない。ゆっくりと深呼吸した。


「アンリに君と結婚することに対して、祝いを述べた。意味が分からないと言われたが、どういうことだい?一方的なら僕の友に過剰な行いは慎んで欲しい」


『その手は食わん。そして関係ない。南十字星ノーザンクロスは食わせ者だ。だが、すぐ余裕なんて無くしてやる。俺を使いたいならもっとあしらいを覚えろ。あばよ装飾し損ねた至宝。次は五日後だ。睡眠不足は更に脳みそが腐る。寝ろ』


 ブツリと通信が途絶えた。「俺の」に力がこもっていたが、つつき損ねだ。なのにきっちり嫌味だけは残していった。装飾し損ねた至宝か何か分からないが、腹立たしくてならない。


「三人ともすまない。この男は中々鎧が分厚い」


『私が食わせ者?それに私が星座?装飾し損ねた至宝?本当に変な人ね』


 呆れたようなアンリに、アシタカは心の中で懺悔ざんげした。まだティダの独占欲を知らないらしい。つつき損ねた上に、火に油を注いだかもしれない。


『至宝に飾られる真珠パールってパズーが軽口叩いてかじられたのよ!アシタカさんもアンリもかじられてしまうわ!』


『何の話?』


 パズーはそんな情報まで入手しているのか。「復縁間近⁈至宝に飾られる真珠パールとなるうるわしの長官」の週刊誌のことだ。内容は読んでないが、妹達からそんな記事が出たことは聞いている。アンリが崖の国へ行っていた間に刊行されたから知らないのだろう。


 かじられた?かじられる?何の例えだ?ラステルの発言はちょいちょい理解出来ない。


『見誤ったなアシタカ殿。友の背中を刺してくれるな。これで厄介事が増えた』


「すまないアンリ。そしてシュナ姫とラステルさんには世話をかけるだろうな。ラステルさん、パズーにティダの探りと見張りをさせろ。一番良い立場は彼だ」


『やはりそうなりますよねアシタカ殿。よろしくラステル。まあ、少し可哀想な気もします』


 同情はするが、励んでもらおうというシュナの声色。アシタカも同意だった。


 少し強めに扉を叩く音が聞こえた。ティダが、もう何かしに来た。アシタカはソファにもたれかかった。何かしにくるという予想が出来ても、何をするのか皆目見当がつかない。


『よおシュナ!少々変更だ。俺は明日から追加でパズーを連れ歩く。アンリ、君はパズーの代わりにヴァナルガンドに付け。ヤンから部下一名をもらっておくこと。後で俺のところに挨拶するように手配してくれ。ヴァナルガンドは好きにさせて良い。但し、何があったかは逐一報告してもらうからよく観察して覚えておいて欲しい』


 ガサガサという音が聞こえたので、誰かが通信機を隠したのだろう。アンリに対するティダの言葉遣いが、アシタカの知る中で一番丁寧なことに、優しい雰囲気なことに苦笑がもれた。分かりにくいかと思えば、分かりやすい男だ。珍妙過ぎる。


『何かあったのか?』


 澄んでいるが、探るような不信感の強いシュナの声がしてしばらく沈黙が続いた。


『確認だが、シュナは部屋から出ない。ヴィトニルが門番。隠し通路にはヤンとビアー達を置く。ラステル、シュナに付き添え』


『あら、私は……』


『ラステル、五日後に会談があるのは聞いただろう?蟲の民の王子、その妃には今よりも相応しい振る舞いが必要だ。知恵はつかないだろうが、礼儀作法を学べ。ヴァナルガンドが知的で教養のある者だと示す大事な役割。ラステル、とても大切な任務だが頑張れるか?考えた結果、一番ヴァナルガンドに必要になる』


 大人しくしていろ、というのをよくもまあこんな風にけしかけるものだ。見え見えで、バレバレ。おまけに、とは何という評価。


『私、頑張れるわ!姉様の隣でいつもアリア婆達の話も聞いていたもの。シュナ姫、朝から晩まで頑張るわ!』


 アシタカはソファから落ちそうになった。そういえばラステルという娘は、思慮が浅い。忘れていた。シュナの反応が無いということは、ティダの命令が想定内の発言なのだろう。


『変更は以上。シュナ、言い忘れていたが俺の邪魔をしても許す。ヴァナルガンドとよく話をし、アシタカと三人で好きにしろ。アンリ、少しだけきてくれ。城内見取り図と俺が知る限りの隠し通路を説明しておく』


『私は貴方の部下ではないわ。シュナ姫とラステルの護衛。それが正式任務よ』


 断固拒否というアンリに対して、ティダが鼻を鳴らすのが聞こえた。文書偽造をして国を飛び出したアンリに、文句を言う資格は無い。しかしティダの命令の真意も読めない。


『適材適所、かつ実力不足。正式任務?説明を聞こう』


『ちょっと。待って!ここで話すわよ!』


 動揺するようなアンリの声が遠ざかっていった。状況も表情も見えない分、不安と心配しかない。


『アシタカ殿、見取り図を持って隣室に移動しただけだから心配しなくて大丈夫です。ティダは泥被りの決意を益々固めたようだ。私もアシタカ殿も扱い方を間違えたようですね』


 心の底から不安だというようなシュナの声にアシタカは首を傾げた。とりあえず、シュナがアンリとティダを放置したのなら二人の心配は要らないだろう。


『泥被り?』


『多分、そういう男です。好き勝手させてたまるか。探り合いの化かし合い、大いに結構。明日、また報告します。こちらはあまり気にせずと言っても気にするでしょうが、私達の手助けをして欲しいのでご自愛を』


 シュナが持っている通信機の電源が切られた。途端に部屋が静まり返る。


「……想定される事を上げてみるか。時間が足りないな。これでは眠れな……」


 アシタカは目頭を押さえ、働くかと立ち上がろうとした。


ーー私達の手助けをして欲しいのでご自愛を


 春先の微風のような心地良さを感じる台詞が蘇った。声が綺麗というのもあるが、話し方に品があり労いがストンと胸に落ちた。耳の奥でくすぶる。アシタカは立つのをやめて、そのままソファに横になった。しばらく何も考えずにいて、それから寝台ベッドへと移動した。


 布団で眠るのは幾日ぶりだろうか。


ーー私達の手助けをして欲しいので


 頼られている。しかしそれだけではない。


ーーご自愛を


 どうして、こんな当たり前のことに気付かなかったのだろう。自分が崩れたら誰も助けられない。アシタカに対していつも誰かが口にしていた筈なのに、どうしてだか胸にみたのは初めてだった。

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