誓わせる女達と新しい太陽
夜明け
***
シュナの隣で、ラステルは朝日により姿を表したアシタバ半島に目を奪われた。
「出てこないわねアンリ」
「信じたのだが、やはり信じるとは難しいな」
寂しげな眼差しのシュナの手をラステルはそっと手を握った。昨晩、セリムとティダが酒を飲んで何かを語り合った。だからラステルもシュナに料理を共に作ろうと提案して、引っ張り出した。ティダの腕の負傷を自分のせいだと随分塞ぎ込んでいたので、元気付けたかった。
心配されてるのにティダは酒に酔ってアンリを連れ出した。ペジテ大工房とアシタカの件で相談と言っていたが、全くもって腑に落ちない。
「浮気は男の甲斐性っていうでしょう?でも何それって思うの。酷いわよ。セリムはこんなことしないわ。でも、アンリは強いからコテンパンにして説教しているだけかもしれない。やっぱりセリムに頼みましょう?乗り込むのよ!」
夜明けなのに部屋に帰ってこないアンリ。シュナは寝ようとしなかった。なのに一言もその件に触れない。それが一転、朝焼けを見ようと誘われた。ここなら船長室がよく見える。
シュナが目を大きく見開いて大笑いし始めた。
「済まない。話をしていなかったから勘違いさせたな。仮初めの夫婦。互いに休戦の為の人身御供。浮気だと思いもしない。私が心配しているのはアンリ殿だ」
「聞いたことあるわよ!でも仲良しそうだったし……人身御供?アンリも心配だけど……」
そういえば政略結婚だという話はした。
「ドメキア王国とベルセルグ皇国の休戦の誓いの象徴として結婚した。早々に
殺されそうになった、好きでもない人と結婚、想像してもしきれないのに胸が詰まって涙が溢れそうだった。仲の悪い夫婦だ、そのくらいにしか思っていなかった。
「シュナ姫……あの……」
「そうだな。ティダで良かった」
心の底からそう思っているというように、シュナが微笑んだ。
「そうよ。あんな風だけどとても優しいわ。ティダ皇子は貴方のことを気に入っているわ 。見てれば分かるもの」
「大狼は誓いを破らないらしい。平和という安らぎの為に愛を誓うと高らかに声を上げた。しかし目がな、訴えてきていた。お前のような化物娘を誰よりも人として扱う。愛情に賞賛、地位に名誉が欲しいだろう?代わりに権力を寄越せ」
何だそれ、ラステルはティダの考えに怒りが燃え上がった。そんなのシュナも嫌がるはずだ。
「推測に怒るな。七変化の表情変化はそなたの長所であるが欠点でもある。私も屈辱に嫌悪が先行した。ティダの良いところに気がついた時には一線引かれた」
「美しいな。明けない夜はない。愚かな振りをして仮面を被り、地下室で本を読み続ける人生だと思っていたんだがな。ティダが連れ出して大切なものをくれた」
シュナが繋いでいる手に力を込めた。それからラステルを見据えた。
「誓いは誓い。嘘でも誓いの期間は幸せにしてやろう。なんだ思っていたより良い女だな、ならば自分の嘘ではこの女に相応しい幸福は与えられんから他の男をあてがおう。自信家だと思っていたが、とんだ臆病者。そして実に難儀な性格の男だ」
予想外の発言にラステルは固まった。シュナはティダのことを理解している。
「これも推測だ。私の心を引っ掻き回して、逆に傷つけたというのにまだ分からないらしい。おまけに私の為にアシタカ殿とアンリ殿を引き離そうとしている。全く見当違いの押し付けだ。迷惑極まりない男。私はそなたと魚を
可憐な笑みにラステルはポロリと涙を流した。自分なんかが男に好かれるとは思えない。そう言われているような気がした。
「そんなことないわ。それとこれとは話がべ……。うーん、私も似たようなことを思っていたわ。セリムと会えて、話せれば十分って。でも違ったわ。もっと沢山望むと、沢山手に入るの。諦めたら何も掴めないわ」
何か思い出しているように、考え込むようにシュナが前方を見据える。凛とした横顔に艶やかな髪、そしてラステルが知る限り一番美しい声。どうしてここまで自分を悪くいうのかラステルには理解出来る。自分の価値観というのは中々揺るがない。
「蟲の姫よ、毒蛇の姫も似たような怯えを持っている。私はそなたを理解出来ると思う。今そなたが察してくれたように。まさに大親友と呼ばれるのに相応しいだろう?」
柔らかく微笑まれて、ラステルは返事に困った。とてつもなく嬉しい。勝手に大親友と呼んでみたのも、シュナと仲良くなりたかったからだ。しかし今シュナを肯定すると、彼女は色々な希望を失う。そんな気がした。
「駄目よ。私はそんな理由でシュナ姫と仲良くなりたいと思った訳ではないわ。それなら大親友なんて呼ばない。もっと色々なところが好きなのよ?えっと……そうだわ!パズーが言っていたの。自分の価値を決めるのは相手だって。崖の国流よ」
流石ラステルの大親友だ。いざという時に役に立つ、とても良い教えを教えてもらった。突然、シュナが掌で海の向こうの大陸を示した。
「ラステル、あのエメラルドグリーンの森がアシタバ蟲森。そしてその周りがドメキア王国領土を毒胞子から守るシュナの森と
あからさまに話をはぐらかされたらもう何も言えない。
明るい緑の胞子様の森がアシタバ蟲森。徐々に土地の位置が高くなり、深く暗い色の緑外界の森へと変化する。境界は不明瞭だが、アシタバ蟲森の中心部とシュナの森の最外側はまるで異なる景色。
「ホルフル蟲森は空から見ると、セリムの瞳みたいに青いのよ。崖の国の近くにもシュナの森があるの。でも全く違う光景だわ。何て美しいのかしら」
ラステルが知る崖の国のシュナの森は木の集合体。しかしこのシュナの森は木だけではなく、岩山と無数の滝と湖で出来ている。崖の国の段々畑を、水と木で彩ったような美麗な景色に目が奪われる。
「崖の国はかつて我が国から去った一族が建国したらしい。厄災を遠ざけ、ドメキア一族にこの地を与えた女神の名前がシュナ。故に我が王家の子には、良くこの名が付けられる。シュナの森を囲うのは紅の宝石と呼ばれるエリニース
シュナの森の周りだけ赤い大地。徐々に薄くなり、やがて白となり森が点在して、茶色い茶となり丘に変わる。遠くの方に、崖の国の砦を巨大にしたような建造物や丘や森が広がっている。紅の宝石というのは、赤い土地のことだろう。確かに、朝日によりキラキラ光って宝石のように見える。
「シュナ・エリニュスって名前はこの景色からきているの?」
「そうだ。我が名前の語源にして、第四軍の旗の紅の由来。珍しい赤い塩の結晶があのような景色を作っている」
「あの迫り上がる台地に
岩山を半分に切ったような台のような土地の上に灰色っぽい建造物が見える。殆ど壁しか見えない。崖の国の砦をとても大きくしたものかもしれない。丘にもドメキア城と比べると随分小さい建造物が点々としている。ドメキア王国は崖の国など比較にならない程、広大な国。シュナの横顔は険しかった。
「帰りたくないならまだ間に合うわ……」
シュナの手のあまりの冷たさに慌てそうになる。シュナがラステルの方へ顔を向けた。
「シュナ・エリニュス。女神に宝石の名。醜き容姿に相応しくない名前であろう。しかし、母によって毒から人や自身を守れるようにと願いが込められている。忠臣もそれを信じて守ってくれてきた。今尚そうだな。だから私は帰りたくないなど口が裂けても言わん。傾国と共に滅びるか、国を立て直すか二つに一つ。逃げたら死んでも死にきれん」
言いたくても言えないのだろう。期待されて、信じられている。彼女は酷く怯えているし、心細いに違いない。シュナが繋いでいるラステルの手を更に強く握った。冷たい上に、微かに震えている。
「私も怖いの……。セリムは私を誇りだと言ってくれるけれど、そんな所見つからないの。でもセリムはいつも正しいし、とても人を見る目がある。だから私は胸を張るわ」
ラステルを見つめるシュナの瞳はセリムに良く似ていた。パズーがアシタカとセリムの雰囲気が似ていると言っていたが、ラステルにはシュナとセリムの方が似ていると感じる。三人とも似通ったところがあるのかもしれない。
「いや。セリム殿も誤る。正しい人間などこの世にはいない。誰もが悩み、苦しみ、もがき、それでも何かしらの信念を抱いて進む。そなたはセリム殿と蟲というところかな。セリム殿は国と妻、そして今は蟲もか。アシタカ殿は国と祖先。我が父は自己と権力。そんな風に、全ての命は愛に燃える。身を焦がして時に破滅することもある。だからこそ、美しく綺麗な炎を胸に灯しなさい。それが母の口癖だった」
朝日を眩しそうに眺めるシュナの微笑は絵画のようだ。口調はキツイが物腰柔らかで、身振り手振りも優雅。語る言葉も一粒一粒身に染みてくる。数年経って同じ年になった時に、ラステルは少しでも近づきたいと感じた。
「美しく綺麗な炎……」
「そなたが羨ましい。セリム殿のような方は大陸中探しても中々見つからないだろう。まあ、そなたのような者も中々いないがな。互いに慕い合っている。家族でも、昔からの仲でもない。異国で、異文化の二人。私には奇跡だとしか思えない」
寂しそうな横顔を、明るくなっていく世界が照らす。眩しそうな目線。ラステルと握る手が少し温かくなった気がする。
「シュナ姫には……」
「違う。
シュナが左手の薬指から太い蛇の形をした指輪を外して太陽に掲げた。
「私……そんな大した……」
「他人が価値を決めるのが崖の国流なんだろう?私はティダをそう評し、そなたをとても素敵な女性で見習いたいと思う。そなたを手本にし、愛嬌を覚えれば私にもセリム殿のような方が現れるかもしれない。今はまだ変わらないが、いつか変われるだろう。私に親愛を寄せてくれてありがとうラステル」
突然
「シュナ姫!ラステル!こんな寒い所で二人きりでどうされたんですか⁉︎」
振り返るとアンリが走ってきていた。シュナとラステルの前まで来ると、すぐさま深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんシュナ姫。旦那様と朝まで二人など……それに……」
シュナとラステルは顔を見合わせて首を傾げた。
「頭を上げてくれ。何があった?そなたを心配していたんだ。アシタカ殿に小細工するつもりだと。私とティダは政略結婚で一刻も早くその地位を降りたい。妻とか旦那とか不本意にも程がある。互いに地位が必要だから使っているだけだ」
シュナが
「そうなのよ。さっきまでその話をしていたの」
そろそろと頭を上げたアンリがへたり込んだ。
「誰も彼もがアシタカ、アシタカと。あんな男は要らないと捨てたのは私なのに……。私とアシタカは今や親しき友人です。シュナ姫、隠し事はしたくありませんので包み隠さず話します」
赤い顔で泣きそうなアンリが額に掌を当てた。それから何故か腰の短剣をシュナに差し出した。ラステルはシュナと共にしゃがんだ。
「何があった?」
「密航を
真っ赤になったアンリが、シュナに短剣を握らせてまた頭を下げた。シュナが短剣を放り投げた。ボチャンという音でアンリが頭を上げた。
「それは困る。そなたとはラステル同様仲良くやっていけると思っているんだ。それをティダの奴、何かに利用しようとしているから抗議したのに。ふむ、そなたは自分で身を守ったか。誓いとは余程気に入られたのだろう?」
シュナは満足そうだった。ラステルもピンときた。今さっき話していたばかりの相手が目の前にいる。シュナはそう思ったに違いない。
「あー、アンリ?切腹ってよく分からないけどシュナ姫は手を下さないわ。むしろ褒め称えるかも。その、誓いって何かしら?」
アンリが何があったのかしどろもどろ、口ごもりながら話した。護衛人として生涯尽くすと宣言し、ティダが名をくれたこと。さめざめと泣いてアンリを抱きしめて朝まで眠ってしまったこと。気負っていることと、弱音を吐かれたことに心揺れたとアンリはまた頭を下げた。
「まるで愛の誓いね。だってグレイプニルってヴィトニルさんの奥さんの名前よ。我が愛妻グレイプニルって言っていたもの」
我が友に認められたら真の意味を知る。それならアンリは今日からティダの奥様だ。
勝手に。
しばらくアンリとシュナが茫然としていた。ラステルも信じ難くてぼんやりとしていた。ティダが泣いて、抱きついてそのまま朝まで無防備に寝るなど想像がつかない。
「まさか。単に主従関係の話です。……グレイプニルが妻?」
シュナが一筋だけ涙を流して、それから心底嬉しそうに微笑を浮かべた。アンリの両手をそっと取った。
「セリム殿と二人、生涯支えてやってくれ。永遠につきまとってくるぞ。大狼は誓いを破らない。私と違う、本物の誓いだ。嫌なら返してこい。手遅れだと思うがな」
アンリの掌にシュナの指輪が置かれた。シュナとティダが揃いで薬指に嵌めていた結婚指輪。
「一目惚れじゃなくて五日目惚れというのかしら。でも二人ともほとんど話していなかったから一目惚れなのかしら。相当気に入られたのねアンリ」
「二人揃って……何もかも分かりません。どう言うことです?そうよラステル、殆ど話していない。昨夜だっていきなり……」
シュナがアンリに無理やり指輪を握らせた。高らかに
「ひっ……」
アンリが小さな悲鳴を上げた。
「どう思うシュナ姫?大丈夫なのかしら、アンリ」
「さあ、やはり私にはあの男はさっぱり理解できん」
シュナがアンリを庇うようにアンリの前に仁王立ちした。ラステルも
「女はペラペラお喋りだからな。それで?何の話をして、俺にどう嚙みつこうという?」
ティダが大きくため息を吐いた。
「誓いを破らないのだろう?それがどうだ、他所の女にグレイプニルなどという名を与えた。その名が何かはラステルから聞いた」
ティダが無防備に髪を掻いて、床に座った。胡座をかいて頭を軽く下げた。
「そうだ誓い破りだ。酔いに任せて自制を失った。ついでだから曇った
極端すぎることにティダは死ぬつもりらしい。こんな男全く理解出来ない。シュナはティダの意図を汲んでいるようだ。ゆっくり頭を横に振って、ティダの前にしゃがんで左手を掲げた。指輪が無いと見せつけるように手をヒラヒラさせた。
「昨晩申し入れたように毒蛇の姫は消滅した。故に我が名は新たにシュナ・エリニュス・ベルセルグとなった。休戦の為の養子だ。残念ながら永遠に続く誓いと永久の平和への誓いである。それにしてもやっと思い出したのか、ラステルへの侮辱の数々に頭を下げてくれてありがとう」
「何て女だ。俺に矜持を曲げさせようというのか。おいヴィトニル、俺の頭を噛み砕け」
「愛娘として生涯尽くしてもらわないとならない。そして友はグレイプニルとして尽くされないとならない。我が大親友のラステルは永遠に警護されないとならない。実に大変だと思うが、まあ大狼は誓いを守るから問題ないだろう」
ラステルはヴィトニルとシュナの意図を察した。このままでは本当に自死しそうなので、ティダの心意気を逆手にとって死なせないつもりだ。何で誓い破りだ、死ぬだと言っているのか理解が及ばないがティダは相当頑固者だ。完膚なきまでに鼻をへし折るしかない。
「そうよ!私を守ると約束したわ!崖の国ではお互いの薬指を絡ませたら、心臓に誓うと言う事なの。私が約束を守る限り、貴方の心臓は私が握っているのよ!」
自分でも屁理屈だと思ったら、案の定ティダに恐ろしい程睨まれた。
「何をしている⁉︎」
「セリム!」
ラステルは駆け寄ってくるセリムの姿に胸を撫で下ろした。その瞬間、ティダが立ち上がって船べりへ飛んだ。さらに足を浮かした。
「何の真似だ⁉︎」
「ヴィトニル!だから人里なんて嫌だと言ったんだ!俺は進みたい訳じゃねえ!一人に気を許したらこの様だ!畜生、お前を無下にすれば良かったがそんなの出来ねえ!今止めても無駄だからな!」
床に叩きつけられたティダが座ったま全員を睨んだ。まるで子どもの駄々のように見える。そう思った途端に怖くなくなった。
「ラステル?何があったんだ?落ち着けティダ。二日酔いならラステルにスープを作ってもらおう」
あまりにものんびりとしたセリムの発言にアンリが噴き出した。
「なんて小難しい男なのかしら。全く分からないけど、シュナ姫、ラステル、つまりこういうことよね?」
アンリがティダの前に立ち膝になった。シュナに渡された指輪を左手の薬指に
「ティダ皇子、いえティダ。酔っていて覚えてないかもしれないけれど私は貴方に誓いました。生涯何があろうと何をされようと尽くして護衛する。私は護衛人長官、そして女に二言は無い。今止めても無駄なら四六時中見張らないとならないので、それは勘弁して」
アンリがティダの左手を取った。
「私は約束は大切にする。だって自分が信じた人は信じたいもの。私は私に誇りを抱いているから。でも絶対なんて言わない。言えないわ。嫌になったら逃げるし、貴方も逃げれば良い。口約束なんてそんなものよ。破ったって構わないもの。だって人は変わる。変わらない人なんていない」
ティダがアンリの手を軽く握った。一瞬無表情になってから、思いっきり顔をしかめた。アンリの手を払い、それから両手を挙げた。
「降参だヴィトニル。何がまた愛せとは言わないだ。人里で生きてやる。俺には不相応だと大鷲を振り切ろうとしたらとんだ猛毒を飲むはめになった。何もかも自業自得だ」
シュナが目を丸めた。それから悲しそうにまばらな眉毛を下げたが、すぐに微笑んだ。ティダはセリムを睨みつけていて気がついていない。
「猛毒大狼グレイプニルよ、昨晩の誓いは酔いではない。地獄の果てまで付き合え。間抜けなくらいお人好しそうな目に言動。俺はヴァナルガンド同様お前が相当気に入った。ここまでしてシュナが許し、誓い破りなどないというのなら不本意だが死なん。畜生。俺はあんなの二度と御免なのに!」
立ち上がったティダが左手の薬指から指輪を外して海に放り投げた。それからアンリの指からも指輪を抜いて同じように海へ投げた。
「最悪だ。破壊なんて名前を付けたのが間違いだ。お前とお前の妻が俺の人生を無茶苦茶にしやがった。ヴァナルガンド、お前を受け入れなかったらアンリの事も素知らぬ顔でかわしたというのに……。やはりお前は破壊神だ。俺は男を見る目はあるんだ。女に関してはてんで目が悪い」
「何を言っているんだティダ?何をこんなに怒っている。何があった?」
ティダがセリムを突き飛ばそうとした。しかしセリムは華麗に避けた。
「ッチ!この速度ならドメキア城近海まで半日後ってところだろう。ヴァナルガンド、シュナの森影に一度停泊させろ。それから
ティダがセリムを蹴り飛ばそうとしたが、セリムがひらりと避けた。ティダが舌打ちしてから
「何があったかは後でゆっくり聞くラステル。先に作戦の話をしよう」
セリムが癖毛をワシャワシャと掻きあげてラステルの手を取った。
「セリム?移動って?」
「ペジテ大工房にティダが乗り込もうとした方法と同じだ。白旗降って見定める。但し、今度はこの船は単に囮。そんなこと考えていたなら先に教えてくれれば良いものを。こんないきなり」
ラステルはセリムにしがみついた。
「ラステルは僕と……」
「大丈夫よセリム!私、前はセリムしか居なかったけど、今は部屋で寝ている世話役がいるの。それから大親友が二人。頼もしい護衛が二頭。あとセリムの親友の奥様も強いし優しいの。私は平気だけど、セリムが死ぬと家族の蟲達みんなが怒るから危ないことはしないでね!すぐ逃げるのよ!」
「親友の奥様とは私の事かな?困ったな……どういう誤解なんだ?セリム様、安心して下さい。お二人は私……」
アンリが途中で口を閉ざした。
「出過ぎた真似でしたね。約束通り私はティダの護衛をします。変な方ですが頼られているなら力になります。あんなに寂しそうなのは放っておけません。それから、グレイプニルについては誤解かもしれないので聞いてきます」
アンリが爽やかな笑顔で駆け出した。
「寂しそうに見えたか?ラステル」
「全然」
アンリにも勝るとも劣らない爽やかな笑みをたたえたシュナがアンリの背中を見つめる。ラステルはシュナの手を握った。もう冷たくなくて温かかった。
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