アシタバ蟲森からの復讐蟲1
まだ熱で
「セリムあの蟲達はどうして怒っているの……?」
支えてくれるように抱きついているラステルが不安げにセリムを見上げた。
「今聴いているよ。大丈夫だ」
〈セリムは今上手く閉じたり開いたり出来ない。代わりに話しに行く〉
ラステルの頭の上から飛び立とうとするアピを掴んだ。それからラステルに手渡した。
〈大丈夫だアピ。僕が話す〉
〈ホルフルとアシタバは輪が違う。セリムはホルフルアピスに招かれただけ。さっきからセリムは弾かれてるよ〉
〈ありがとうアピ。僕が頑張ってみたいんだ。無理だったら助けてくれ〉
--家族じゃない!危険な時しか繋がらない!
アピがヌーフと話をしていた時のこの台詞が関連しているのだろう。危険な時なら繋がれる。ということは無理に押し入れる筈。
〈アシタバの民よ、我が名はセリム。ホルフルの民アピスの末蟲を妻とした人である。この船はアシタバを侵さない。何を激昂しているのか教えて欲しい〉
何度か繰り返す。まだ声は響いてこない。セリムの言葉は届いていない。アシタバ蟲森の蟲達の声が聞こえるところまで意識を探るしかない。徐々に蟲達が近づいてきている。飛行蟲の大半は
子は宝だ。一匹はやがて家族を作り、鮮やかな未来が幾多もつくられる。吐きそうだ。何よりも守らねばならないのは子だ。生きる喜びを知る前に、苦痛のみで亡くなっては
カールに殺された子蟲の件で怒っているのか。殺された。殺された。殺された。待ってくれ、話を聞いてくれ。匂いがする。牙には牙だ。償ってもらう。アシタバの民よ、落ち着け。
「セリム⁈」
〈セリムそんなに開いたらダメだよ!その輪は危険な時だけなんだ!」
ラステルに体を揺らされてセリムは意識が飛びかけていたことに気がついた。いつの間にか頭の上に止まっていたアピが髪をぐしゃぐしゃと撫でてくれている。
「大丈夫だラステル、アピ。熱が辛いだけだ」
「私、自分がどうなるか分かったわ。セリムの目が真っ赤だった。今は紫色っぽい……」
キツく抱き締められたのでセリムはラステルの髪をそっと撫でた。蟲の成分を取り込むと人も蟲に似るのだろうか。ペジテ大工房の技術なら調べられるかもしれない。いや、その秘密が地下遺跡に隠されている筈だ。
「ラステル、君の気持ちを知れて嬉しいよ。一つの感情になってしまうというのは大変だな。アシタバの民はカールの匂いで怒っているようだ。怒り過ぎて話が出来ない」
息が切れ、悪寒で声が震えが止まらない。体調管理を怠ったのを嘆いても遅い。
〈アシタバの民よ、我が名はセリム。アピスと共に生きると決めた蟲の民である。この船はアシタバを侵さない。何を激昂しているのか教えて欲しい〉
〈〈〈〈蟲の民〉〉〉〉
〈〈〈〈テルム〉〉〉〉
ブワッと押し寄せてくるテルムの大合唱にセリムは立ちくらみを起こした。ラステルの口の形と表情が「セリム、本当に大丈夫?」と訴えているが、音として捉えられない。
〈約束した。遊ぶんだ!嫌だ嫌だ。ホルフルアピスだけ沢山遊んでズルイ!テルムに楽しーいやつしてもらうんだ!風でくるくるしたい!〉
心の中がアピスの子で埋められていく。怒っているのでは無いのか?
蟲の群から勢いよく飛んできて、一匹だけみるみるうちに大きくなり、
〈我らの子とも繋がるホルフルの蟲の民よ、お前が教え方を間違えたせいだ。子らが巣から勝手に出て、追いかけた民が嫌な匂いに気がついた。見つけたからには牙には牙で
船が大きく揺れてセリムは踏ん張り切れず床に倒れかけた。巻き添えにしそうなラステルを抱え、何とか庇う。
何かが降ってきた。落下してピチャピチャと床に叩きつけられて音を立てたのは魚だった。その間を宙返りするように飛び回る苔の塊。いや、緑色の産毛の生えた
「おいセリム、これって崖の国の時と同じということでいいのか?」
メインマストにしがみついていたパズーが駆け寄ってきて、
「ああ。僕が教え方を間違えたせいで巣から勝手に出て来たようだ」
人の子ならばわーわー、キャーキャーと聞こえてきそうな程無邪気に、そして縦横無尽に飛び回る幼生達。
〈ホルフルアピスの子はお祝いした〉
〈アシタバアピスの子もお祝いする〉
〈姫はお魚欲しい。アピスは食べないのに
〈テ、テ、テ、テ、テ、テルム。へんてこりん。ヘンテコ人間テルムと遊ぶんだ〉
〈
わらわらとセリムの周りに集まってくる
〈掟破りは輪から外し巣から追放するぞ!!子らよ今すぐ戻れ!最終勧告だ!〉
親の言葉は崖の国の時と全く同じだった。
〈ホルフルアピスの子も怒られた。セリムの教えは難しい。巣に帰らないと追放されちゃうよ〉
黄色い産毛のアピが、一番近い緑色の産毛の
〈こないだは良くて今度はダメだって〉
〈テルムはセリム。アピスはガン。ガンは多羽蟲。名前が違うけどみんな同じ。セリムはヘンテコすぎて教えが難しすぎる〉
〈ご機嫌な姫と遊びたかった。流星になりたかった。花火っていうのになりたかった〉
〈ホルフルアピスの子だけずるいけど仕方ない。繋がってるから大丈夫〉
〈ゴヤアピスも怒られちゃう。教えてあげたいけど輪が違くて遠い〉
幼生達が次々とセリムへ向かってきて額に触覚をそっと当てて去っていく。海水で濡れて上手く飛べない
「綺麗ねセリム。こんなに魚をくれてお祝いに来てくれたのね。でも向こうの蟲は怒っているわ」
〈闇雲に他者の領域に踏み込めばそれなりの代償を払うことになる。無知は時に罪也。そうなんだろう?王と子らの嘆願でペジテを許したのに、子蟲を惑わし巣から出させたから蒸し返しとなった。子蟲につられて巣から出た
一匹残った
〈子蟲殺しとはカールのことだな。彼女はこの船には居ない。行方知れずだ〉
〈我らは知っている。テルムを名乗るのならば納得しない
大きく羽を羽ばたかせて
〈待ってくれ!
〈テルムは若草の祈りを捧げよ。レークスの代理で来た。親の輪に入るのだからもっと教え方を学べ。期待されて望まれている。励めよテルム。誤ればこの船は沈む〉
セリムに背を向けて、
「何だったんだよ。どう言うことだセリム?」
セリムは首を小さく横に振った。教えて欲しいのはセリムの方だ。船が再び大きく揺れた。先程よりも激しい。
「おいヴァナルガンド!巨大な海蛇様の生き物に取り囲まれてる!大陸側で止まっていた蟲も来るぞ!何の話をしたんだ!」
メインマストの
ティダの問いに答えたいが具合が悪くて声を出したくない。というより立っていられない。ラステルとパズーに抱えられながら船べりに寄りかかった。ティダがロープを使って飛び降りてきた。
「大丈夫じゃねえな、その様子」
片膝ついたティダがセリムの顔を覗き込んだ。
「セリム、私があの蟲達と話をしてみるわ」
セリムの前にしゃがんでいたラステルが立ち上がろうとした。セリムは繋いでいる手を強く握り、首を大きく横に振った。
〈人もどきでいたいなら姫は閉じていないといけないって言ってた。どうするセリム?おこりんぼに巻き込まれそうで嫌だよ〉
アピがラステルの頭に張り付いた。
「ラステルは僕から離れないでくれ……。子蟲殺しのカールが居ると誤解されている。おそらく匂いだ。彼女の装備品や武器なんか……シュナ姫とゼロースさんを……。それか……」
熱と迫り来る蟲の怒りの感情で意識が無くなりそうなのを必死に堪える。セリムはティダの胸元の服を掴んで引き寄せた。
「丸腰で静かに語りかけるんだ……。こちらの声は届く。相手の気持ちが分からなくても……。はなし……。ラステルは離れないで……く……」
目の前が真っ白になって、セリムは崩れるように倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます