同船者の挨拶と小さな宴5

 一気に人が集まったばかりか、一斉に喋るので聞き取れない。強さを見せつけたセリムへの賞賛、質問、批難。叱責されたパズーへの同情。種々細々のようだが、揉みくちゃで何が何だか良く分からない。


「耳は一対しかない!一人一人話してくれ!あと騒いでる場合じゃない!戻ってくる前に作戦会議が必要だ!」


 ありったけの声でパズーは叫んだ。静かになった。


「作戦会議?どういうことだ?あー、えっとパズー君だったよな?」


 パズーの真向かいにいるシッダルタが首を傾げた。


「どういうこと?セリ……じゃなくてヴァルが戻ってきたら全員説教です。戻ってきたらティダが増えてるかも」


 顔を見合わせる兵士達。


「何故だ?あのヴァルという彼は、ティダ皇子に文句を言いにいったようなのに、どうしてそうなる?」


 人が多すぎて名前も分からない。見渡す限りパズーやセリムが一番年下だろう。


「ヴァルがそういう奴だからです!やる気満々のゼロースさんの闘志を折って連れてって、恥をかかされたヤン長官も腑に落ちなさそうなのに追っていった。無自覚だけどあいつはいつも世界の中心にいるんだ」


 確かにと兵士達が不思議そうな表情を浮かべた。誰かが「ある意味ティダ皇子と同じだな」と口にした。ティダは自覚して世界の中心に居座る男だ。結果は同じだけど、過程は別。むしろ真逆だ。


「手合わせしたくてウズウズしてたゼロース様へあの笑顔。何て表現していいか分からない目。信頼とか尊敬が詰まったあの不思議な目。あのゼロース様があそこまで驚愕して、おまけにお前のいう通り。基本的には上官にしか従わないのに」


 ビアーが眉間に皺を寄せた。ゼロースの上官とは、今はティダとシュナだけだ。ピアーの隣でドメキア王国兵の一人が「ゼロース様がシュナ様以外に素直に従うなんて」と呟いた。


「そうだ。セリムはあの調子でティダを連れてくる。というか、ティダがセリムより自分の方が上だと示しにくる。間違えた、ヴァルって呼ぶんだった。難しいな。ティダは俺が知る限りそういう性格。違います?」


 パズーはシッダルタの腕を掴んだ。


「良く知ってるな。かなり交流が途絶えていたが、ティダの性格はあまり変化なさそうだ。パズー君の言う通りになると思う」


 シッダルタが嫌そうに顔を歪めた。


「ヴァル、ゼロースさん、ヤン長官、ティダと四人揃って戻ってくるかもしれない。そんなことになったら絶対に面倒。俺からの作戦は四つです」

 

 パズーが"面倒"と口にした時、それぞれがそれぞれの主を思い浮かべたらしい。シッダルタ同様に皆が嫌そうな表情になった。


「一つは話し合ってもう反省したということにする。それから他国と交流して、互いに高め合いはじめたって示す。あと龍だ。他でもいいんだけど、何か珍しい話とか生き物とか伝説。そういうのでヴァルの興味を逸らす。最後はもしティダが一緒にきたら、ヴァルよりもティダを持ち上げる」


 パズーの案には誰も賛同しなかった。というより理解されていないようだ。


「ヴァルとは十年以上の付き合いだ。信じて……うへー、もう戻ってきた」


 王狼ヴィトニルとティダを脇に従えるように、こちらへ向かってくるセリム。かなり雰囲気が柔らかくなっている。ゼロースとヤン長官はいない。


「パズー!僕の誤解だった。ティダはやはりとても偉大な男だ」


 笑顔で右手を挙げるセリムからパズーは逃げ出したかった。ティダがセリムを丸め込んだのか、セリムがティダを無意識に懐柔したのか。少し苛々してそうなティダの様子からすると後者だろう。


「お前らの上官を煽り過ぎて誤解させた。悪かったな。よく言って聞かせる」


 ティダが肩を竦めた。どこからどうみても、悪かったという顔をしている。嘘だろうが、嘘が巧み過ぎる。そしてさり気なくゼロースとヤン長官を自分の下に置いた。抜け目ない。


「いざという時にどの程度なら任せられるのか。助けがいるのかを把握して欲しかったらしい。それに国柄の違いも分かるだろうと。全くもってその通りだ。些細な事でイラついて申し訳ない」


 お前が怒るのは相当な時だけじゃないか、パズーはその言葉を飲み込んだ。まだどう転ぶか分からないので軽口は禁物。


「そりゃあそうだ。ティダは俺とラステルの命の恩人。そしてヴァルやラステルと同じ平穏を望んでいるんだろう?価値観とか表現方法がすれ違っただけだ。国が違うから上手く伝わらないだけ。あー、ヴァルって言いにくいんだけど俺もこの名で呼ばないとダメ?」


 斜め後ろでティダがセリムをジッと観察している。何を考えているのだろう?


「セリム・ヴァナルガンドということにしよう。この船の仲間以外には崖の国との接点を消しておきたいんだ。だから国の名前さえ言わなければいい。それにしてもパズー、早速彼等ときちんと交流しているとは感心するよ」


 心底嬉しそうなセリムにパズーは言葉を詰まらせた。この状況、この気まずそうな雰囲気を何故読み間違える。怒り過ぎておかしくなっている。


「なら俺はもういいなヴァナルガンド」


 神妙な顔付きだったのに、ティダが一瞬だけパズーにしたり顔を向けた。セリムを押し付けられる。タイミングを見計らっていたのか。


 セリムが突然目を大きく見開いた。


「ティダ、そう言えば先程のボードゲームは何だ?ラステルの座っていた椅子の隣にある机に乗っていたやつだ。龍の民ってどういう事なんだ?ティダ、君が短旋棍トンファーを扱うところも見たい。この場はパズーが取り仕切ってくれるから色々教えてくれ」


 セリムが船長室を見た。怒りがおさまって、何故何なぜなに王子が顔を出してきたらしい。海岸での王狼ヴィトニルへの質問責めを思い浮かべたのか、ティダが僅かに笑顔を強張らせた。


「俺は部屋に戻ってゼロースとヤンにお前が伝えたかった話の続きをする。さっきのは将棋。俺に指南したのはシッダルタだから、船長室から持ってきてこいつに教わるといい」


 ティダがシッダルタを顎で示した。セリムか嫌そうに顔をしかめる。


「龍の民ということは、君達王族が龍なんだろう?その話を聞きたいんだ。それに以前から短旋棍トンファーが気になっていたんだ。将棋と共に君に教わりたい。あと僕だけ話を聞かないのはおかしい。僕は怒りを自制するべきだった。ゼロースさんやヤン長官、それに君も人生の先輩で恥をかかせるような行動をしてはいけなかった」


 反省会がはじまるのか。そこに更に"あれは何、これ何、教えて欲しい"もはじまったようだ。こうなるとセリムは引かないなとパズーはティダとセリムを見守ることにした。余計な事を言って巻き添えは御免だ。ティダが渋い顔をしている。


「俺も省みる時間が欲しい。ゼロースやヤンもそうだろう。お前はそんなすぐに答えが出るのか?急がば回れといってな、明日にしよう」


 セリムが少し考えてから、納得いかないというように眉根を寄せた。ティダの"明日にしよう"を信じていないのだろう。下手すると発言全てを疑われている。


「君の言う通りだ。何事も急げば良いという訳ではない。しかし僕は……」


「気遣い出来る妻と少しゆっくりするといい。俺達よりも早く皆の交流を願ったラステルを労うのが最優先じゃないか?」


 必殺、セリムの大好きなラステル。案の定、ピクリとセリムの眉根が動いて皺が減った。本当にラステル馬鹿で情けないなとパズーは口を開きたかったが、必死に無言を貫いた。


「そうだ。ラステルは中々皆が歩み寄らなくてきっと落ち込んでいる。シュナ姫やアンリ長官も君と何か話をしていて疲れている様子だった。休んでもらおう」


 セリムがティダへ大きく頷いた。


「こいつらと話が足りないだろう?聞きたいことが山程あるはずだ。俺はいつでも手が空いているが、こいつらは船の仕事、鍛錬、勉強とやるべきことが沢山ある。落ち着いて話が出来るのは今のうちだ」


 流れ弾が飛んできた。ティダの奴、俺達にセリムを押し付けるつもりだ。ティダがセリムの前に立って、一同を狡猾な笑みで見渡した。面倒事を起こしてタダで済むなよ、と言わんばかりだ。


「いや、パズーが僕の代わりになってくれているようだから必要ない。僕の目付なだけある。もう色々考えて初めてくれてる。やはりティダやヤン長官、ゼロースさんと話し合いが必要だ。船上生活を効率的かつ有意義に過ごす方法を決めよう。それにシッダルタさんには悪いが、短旋棍トンファーも将棋もきっと君の方が手練れなんだろう?教わるなら達人からの方が良い」


 こいつじゃないと嫌だという末っ子王子の駄々は、ユパ王やクイでさえ御せない。セリムがティダの腕を掴んで歩き出した。ティダは意外にもあっさり諦めたらしく、セリムの手を払ってから鼻を鳴らしさっと歩き出した。


 何もしてないが、二人とも居なくなってくれるらしい。助かった。


 そう思ったらセリムに睨みつけられた。


「パズー、お前はもっとアピを知った方が良い。彼等と交流しようとしている行動力は素晴らしいが、それをアピにも向けてくれ。いつまで経っても怯えているのは感心しない」


 きびすを返してセリムが離れていった。全身から変な汗がブワッと出てきた。この船の誰もがセリムの怒りから逃れたが、パズーだけは許されていないようだ。


「あー、なんていうか大変だな?パズー君」


 ビアーがパズーの肩を慰めるように叩いた。


「そうなんです!あいつ本当に変なんだ!単に人が集まっていただけなのに、俺が交流を促しているように見えるっておかしい!」


 パズーは思わずビアーの前にへたり込んだ。


「目付になるなんて言わなきゃよかった。お前ならやってくれる、出来る、信じてるってあの視線に笑顔。前より酷くなった。うへー」


 パズーは呻いた。


「ティダ皇子が屈した……」


「いやいや、あの人は必要があれば平気でそういう態度を取る。心の中でほくそ笑みながら。さっきのも演技だ」


 ベルセルグ皇国兵が小声でティダについて感想を述べている。


「ティダが背中を見せている……」


 シッダルタがセリムの前を歩くティダを愕然とした様子で見つめている。他のベルセルグ皇国兵とドメキア王国兵士も次々と驚きを口にした。パズーはティダの背後に立った時に蹴りで威嚇されたことを思い出した。


「パズー君、ヴァル様は強いな。ヤン長官は長官の中でも腕が立つ方なのに。失礼、俺はフォンだ」


 護衛人に声を掛けられた。誰だっけ?と顔に出ていたようだ。恥ずかしい。フォンがビールを差し出してくれた。


「俺も知らなかったです」


「ゼロース様との対決を見てみたかったな」


 ビアーがパズーの隣に腰を下ろした。


「海岸でのティダとのやりとりでは、そんなに強くなさそうに見えたのに。手加減されて悔しい」


 シッダルタがビアーの横に座ってため息を吐いた。


「おいマーク、ゼロース様より強いと思うか?」


「いえビアー様。それは無いでしょう。良い勝負にはなるかもしれませんが」


 どんどん周りに人が座っていく。共通の話題が増えたのとセリムへの好奇心。珍しい態度に見えるティダへの考察。話が弾んでいく。


 正直、精神的に疲れたから部屋に行って眠りたい。背中のアピのようにすやすや睡眠を貪りたい。ゼロースと相部屋らしいが、セリムとティダに捕まっていてゼロースはいない。休むなら今のうち、なのに。ビアーがパズーの顔を覗き込んできた。


「セリムが一番得意なのは剣術です。教えた人が物凄く強いんです。でもその人を越えてる。あー、でもきっとゼロースさんより……」


「それってアスベル様ですか?あの方より?」


 護衛人がパズーに詰め寄った。そういえばペジテ大工房に滞在していたんだっけ。


「アスベル?死神アスベルの事か?」


 死神?


「死神って言えばカール様から逃げ切った……」


 ドメキア王国兵達が護衛人達に尋ねた。


「あの堅牢なヤムムメルダ砦を破った死神の弟子?」


 シッダルタがパズーに近寄った。ヤムムメルダ砦ってどこの事だ?次から次へとセリムに対する質問が巻き起こる。それが崖の国への疑問に変わり、パズーがどんな立場なのかへ興味が移った。パズーは散々恥をかかされたのに腹が立っていたので、ひたすらセリムへの文句を告げた。


 アシタカと崖の国を発った苦労話に花が咲き、護衛人達が次々とアシタカへの賛辞と文句を言いはじめた。ヤン長官の好戦的さへの批難が混じる。それを受けてドメキア王国兵がティダがどう第四軍を我が物顔で占拠したのか、行方不明のカールとの激しい喧嘩を語り出す。ゼロースが間に挟まれ、右往左往していて情けなかったと暴露された。


 晴れていた空は曇りはじめ、セリムの予報通り雨が降りそうな湿気の匂いが風に混じっていた。


 酒を飲みながらそれぞれが、それぞれの主への不平不満を漏らしているうちに結束感が生まれたような気がした。


「今までこんなに気持ちを分かってもらえたと思えた事はないです。自分達こそ正しいっていうあいつらを上手くあしらう方法を考えましょう。セリムにはラステルです!そして好奇心を刺激するもの!」


 ポロリと出たパズーの本音に一同が強く賛同してくれた。


「ティダは案外褒められると弱い!それから勝負というと絶対乗ってくる!運があまり良く無いから運任せのゲームなら勝てる!」


 少々ビールを飲みすぎた様子のシッダルタがパズーの肩に腕を回した。


「ヤン長官はアンリ長官に惚れている。間違いなくそうだ。何かあったらアンリ長官をダシにする。あとアシタカ様に心酔しているからそこも利用出来る」


 フォンがビールをあおった。


「ヴァル様にラステル様ならゼロース様にはシュナ様だ!あと卑怯者、愚か者って言葉に滅法弱い。それから下戸だ」


 シッダルタが持つ器にビアーが自分のビールを注いだ。それから隣のベルセルグ皇国兵からビールを奪った。


 やるのか?と痴話喧嘩がはじまりかけて「お前の名前は?」とビアーが止まった。「全員自己紹介をするか?」と誰かが促した。


 結束力というのは共通の敵により作られるのかもしれない。尊敬出来るが我が強過ぎる主たちへの愚痴を肴に、パズー達は自己紹介をし、雨が降り始めると同室同士で移動する事にした。


 パズーはゼロースと二人が嫌だったのでシッダルタを誘ってビアー達の部屋へと向かうことにした。


 パズー達が各部屋で盛り上がっている間、雨がやがて嵐に変化し、ヤン長官と護衛人と共に張り切ったセリムが船を守った。


 翌朝セリムが高熱を出して、看病に指定されたティダが八つ当たりのように船上生活の掟、仕事と班、それに時間配分を発表した。相当嫌そうな、怒りを滲ませた顔付きで吠えた。


「なんでたった五日の為にここまで決めなきゃなんねえんだ!それに何で俺が野郎の看病なんてしなきゃなんねえんだ!てめえらがなってなさ過ぎるからだ!」


 縮こまるようなゼロースにヤン長官。それより更に小さくなっているパズー達。


 一つ、喧嘩禁止。

 二つ、他国への侮辱禁止。

 三つ、勤労。

 四つ、時間厳守。

 五つ、妃を敬う。


 五つ目は何だ。パズーはこれは全部セリムの案だなと顔をしかめた。ティダがパズーを獰猛な肉食獣のように殺気立った目で睨んだ。


「これより先、ヴァナルガンドに珍しい事を話さない、教えない、聞かせない!あとラステルの扱いを間違えるな!パズー!特にお前だ!これ以上面倒を増やしたら鮫に喰わせるからな!」


 吐き捨てるように告げるとティダは去っていった。隣にいる王狼ヴィトニルは何故か始終楽しそうに見えた。パズー達はゼロースとヤン長官から説教され、それから自己向上の名目の元、こき使われることとなった。

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