同船者の挨拶と小さな宴3

 セリムは剣を突きつけてきたゼロースに笑顔を向けて、挑戦状を無視した。


「出航の時といい、ティダは本当に扇動的ですね」


 のせられているゼロースを非難めいた目でも見てみた。しかしセリムの小細工など相手にされないようだ。


「あの調子で婿入り翌日には第四軍で我が物顔。半月でこの有様です」


 一度も会話をしていなかったドメキア王国兵とベルセルグ皇国兵が、共通の話題、ティダについて話しはじめていた。護衛人とパズーも会話に混ざっている。


「ヴァル殿、手合わせ願おう。海岸での我が王とのやりとりには血がたぎった。あの時は引いて見せましたが、本当は若輩に素直に従う気などありません。我が王にここまで言われる貴方を自ら試してみたい。もちろんどちらが上か、です」


 ドメキア王国兵達がゼロースの名を連呼した。面倒な事になった。


 挑発的なゼロースを突如現れたヤン長官が押しのけた。操舵が別人に代わっている。助け舟では無さそうだ。


「アンリ長官の腕は証明されたが、あれは長官の中でも下位士官。お妃様の護衛を任されているのはこのヤンと精鋭の部下。俺の腕前を是非披露したい」


 やる気満々というヤン長官。ゼロースとヤン長官が微笑みながら火花を散らす。上手く誘導すれば、この二人が互いの腕を確認するという方向に持っていけるかもしれない。


 セリムが発言する前に、ベルセルグ皇国兵に押されたシッダルタがヤン長官の隣に立った。


「あー、すみません。お前も行ってこいって言われて。俺もよろしくお願いします」


 シッダルタがセリムに軽く会釈した。ゼロースとヤン長官がセリムに視線を戻した。


 何だこれ、腕自慢大会など避けたい。せめてやる気に満ちたゼロースとヤン長官でやり合ってもらおうと思ったのに。いきなりパズーがセリムの肩に腕を回した。


「崖の国一番の手練れ。三人まとめてでも勝ちますよ!こいつが負けたら明日の朝、うちの可愛い妃が寝巻きで皆を起こしに行きます。中々、可愛いですよ」


 ちらほらと「おお!」という嬉しそうな声が上がった。セリムはパズーを睨みつけた。勝手に何て賭けを持ち出すんだ。おまけに中々とは何だ。


「おいパ……」


「勝ったら全員、目的を果たすまで国なんて肩書きは捨てて一丸の仲間として過ごす!国とかそんなのちっぽけだ!俺たちはこれから大陸一の誇りを背負って進むんだから!セリムじゃなくて……ヴァルならまとめて全員のしますよ」


 したり顔のパズーの足をセリムは軽く踏んだ。こんなこと言われたら逃げられない。


「却下也!それは至極同然の志!こちらが勝ったらパズー君の言う通りラステル妃の艶麗えんれいな姿を楽しもう!負けたら連合軍の長として認めます。我が王がそれを望んでいる!」


 ゼロースが仁王立ちした。ゼロースの目的は正々堂々とこの集団の頂点に立つことだろう。セリムがラステルに弱いのが見透かされている。これはセリムの未熟さのせいだ。


 ドメキア王国兵達がゼロースの名を呼び声援を飛ばした。


「我らが至宝よりヴァル様へ従うように命じられています!しかしゼロース殿のように相応しき者も居るようだ!同じ心根ならば強き男に従う!お妃様ならずヴァル様をも庇護対象とします!」


 ヤン長官がゼロースの顔を見てから腕を組んで脚を広げた。覇王ペジテの名にかけて、帆船の主は自分だと言いたげな表情。護衛人達がゼロースに敬礼してから、手を下ろしてヤン長官へ檄を飛ばした。


 ティダがゼロースとヤン長官をこの船に乗せた理由はこの負けず嫌いさと、各々の主人への強い忠誠心だろう。シュナの為、アシタカの為とメラメラと燃えている。


「ここまで言われて、俺たちの国だけ漢気を見せない訳にはいかないシッダルタ!ハイエナではなく俺たちは龍の民だと見せつけろ!任せたぞ!」


 背中を次々と叩かれたシッダルタが覚悟を決めたというように胸を張った。先程のティダの鼓舞で、すっかり活気づいている。

 

「貴方がティダと対等ならば思いっきりぶつかります。よろしくお願いします」


 すっかり火がついた様子のシッダルタ。


 三者三様だが自国こそ、いや自分こそが一番と闘志に燃えている。ティダの直下、この船の連合軍を束ねるのは自分だという自負。


 同時にお前みたいな若造がティダと横並びなど認めない、と顔に描いてある。元々敵国だったドメキア王国、不信感を募らせていたようなベルセルグ皇国、そして突如乗り込まれたペジテ大工房まですっかりティダの身内。


 それぞれが敬意を払う主がティダを認めているからだ。シュナを恭しく扱い、アシタカと協定を結んだ。過去の遺恨など無いとシッダルタに檄を飛ばし、更には祖国を忘れず帰ると宣言した。


 頭を抑えて下を懐柔。おまけに連合軍をまとめるという餌に共通の敵、セリムの提示。しかもセリムの妻を手懐けている、自分がセリムより上だと見せつけた。


 完全にティダにしてやられた。何が横並びだ!セリムに任せた、ではなく本気で押し付けられた。烏合の衆を統率しろ、セリムがそんな地位に興味がないのを見越して、逃げられないように仕掛けられた。


 この雰囲気、海岸でゼロースと相対した時のように敬意を示して辞退などとても飲んで貰えなそうだ。


 セリムはもう一度パズーを睨んだ。目付なのに背中から刺しやがって!おまけに勝手にラステルを使った!


「あのさ……俺やり過ぎ……」


 頬を痙攣けいれんさせたパズーが口を閉じて、セリムからそっと離れた。セリムは後で覚えていろとパズーをさらに睨んだ。ラステルとベタベタして鼻の下を伸ばしているだけでも腹が立つのに、ラステルの為に我慢していたらこの仕打ち。久々に頭にきた。


「腕自慢など好きではない!僕はいざとなればこの軍を止める役!だから僕が勝ったら君達三人に役目を与える!それに素直に従ってもらうからな!」


 ここで逃げると今後セリムの目的が果たせなさそうだ。味方でもあるが、必要があればティダに噛み付く為についてきた。連合軍の頭など御免。しかしここで負ければ噛み付いた時の説得力が失われる。


 セリムはトンッと跳ねて鞭を握った。


「東の小国の若造と舐めると痛い目に合う!大鷲の一族の名にかけてまとめて床に転がしてやるからな!船に穴をあける銃以外は何でも使え!」


 兵士達が遠ざかり、ぐるりと円形になってセリム達を取り囲んだ。いつの間にか各国入り乱れている。ゼロースの部下ビアーにパズーが肩を抱かれていた。セリムはもう一度パズーを睨んだ。


 "セリムの奴を怒らせた、マズイ"という様子のパズー。その通りだ。


「三人揃って来るか?」


 いきなり連携など取れないだろう。セリムは空いている左手を前に出して指で挑発した。


「俺から行こう!この中では一番下だ」


 背中から短い棒を二本出して構えたシッダルタ。噂に聞く短旋棍トンファーだろう。このような形状で、あのように構えるのか。L字形と少し違う形、前腕を囲うような握り方。


「おい目付パズー!号令と判定をしろ!」


 セリムが叫ぶとパズーが素っ頓狂な声で「開始!」と殆ど悲鳴みたいな声を上げた。


 先手必勝。


 しならせた鞭で腕を狙う。


 状態を反らしたシッダルタの足に、すかさず的を変えた。


 足首に鞭を巻きつけて、シッダルタの体を引っ張り後方、メインマスト目掛けて投げる。流石にこのまま追撃して終わりはつまらないなと、セリムは鞭を腰に戻してのんびり構えた。


「シッダルタが子供かよ!」


 誰かが叫んだ。


 セリムから言うと、とんだ肩透かしだ。


 シッダルタが体を回転させてメインマストを蹴ると、セリムの前に着地した。悔しそうにセリムを睨む。大人しそうだが、根底はセリムと同じで負けず嫌いだろう。ゼロースとヤン長官も同類。まだ二戦あるから手の内は見せてやるものか。


 セリムは鞭、鉈長銃、短剣と携帯している武器をパズーの足元の床に投げた。


短旋棍トンファーが見たい!次はそっちから来い!」


 軽く屈伸した後に、手を組んで腕を挙げ、体をグッと上に伸ばす。体をほぐす意味もあるが、"隙だらけだ、どうぞ"という合図でもある。


「そこまで舐めるな!」


 へえ、握った柄を軸に回して使うのか。間合いを詰めながら短旋棍トンファーで威嚇してくるシッダルタ。徐々に接近してくる。


 折角だし今日見たティダの動きを真似てみるか、とセリムは一気に間合いを詰めた。


「こんな感じだったかな?」


 隙があった顔目掛けて一足飛びに回し蹴り。沈んで避けたシッダルタを下から蹴り上げる。


 左腕と短旋棍トンファーでセリムの足を止めたシッダルタ。


「あれティダ皇子の蹴り方じゃないか⁈」


 誰かが叫んだ。間近で観察したら覚えるに決まってるだろう。短旋棍トンファーを軸に飛んで後ろから床に叩きつけようかと思ったが、セリムはシッダルタから離れた。


 接近戦で武器にも盾にもなりそうな短旋棍トンファー。もう少しだけ見てみたい。


「シッダルタ!遊ばれてるぞ!」


 湧き上がるシッダルタへの声援。ビアーに何やら自慢してそうなパズーが目に入った。セリムは思いっきりパズーを睨んだ。そもそも腕自慢は大嫌いなのにこの状況、イライラする。おまけにセリムをこの状況に後押ししたパズーが今"虎の威を借る狐"なのが気に食わない。パズーがおののいたようで真っ青になった。後で絶対説教してやる。


 やっぱり早々に終わらせるか、とセリムはシッダルタに突っ込んだ。


 踵落としの真似で陽動。まんまと引っかかった。受けようとしていたシッダルタの下半身は隙だらけ。顔がしまったと引きつっている。


 既に足を引っ込めて沈んでいたセリムの方が速い。シッダルタの腰に体当たりして床に倒した。馬乗りになって、すぐに喉に揃えた指を突きつけた。


「本来なら短剣がある。ここを一突き。僕の勝ちだろう?」


 シッダルタが戦意喪失という顔で半笑いして短旋棍トンファーから手を離した。


「パズー!まだ続けた方が良いのか⁈」


 パズーに腹が立ちすぎて、怒りのこもった声になった。どよめきが起きて静まり返る。


「ひいいいいい!そんなに怒るなよ!悪かったって!えっと……」


 セリムはパズーを無視してサッとシッダルタの上からどくと、彼の右前腕を掴んで引っ張った。


「噂で聞いていた短旋棍トンファー、後で是非扱い方を教えて欲しい」


 セリムはお手上げという顔のシッダルタの肩を軽く叩いてから、ベルセルグ皇国兵達へと押し返した。


「強いな」


「まるで歯が立ってなかったなシッダルタ」


「見た目は華奢そうなのに」


 シッダルタへの労いの言葉なら兎も角、セリムへの賞賛にはため息が出た。見せびらかすために鍛えてきた訳ではない。


「多少は腕に自信がある。しかしこういうのは好きではない。ゼロースさん、ヤン長官、引いてくれません?」


 これだけ余裕を見せたらと思ったが、二人揃って好敵手を見つけたとワクワクしたような顔をしている。どちらも好戦的なのか、失敗した。


「先程クジで決めておいた。俺が先に行きますヴァル様。ペジテ大工房、大陸覇王の名にかけて機械や重火器頼りだけではないと教えましょう」


 胴を守る装備なのかと思っていた金属は武器だったらしい。ヤン長官が腹からスルスルと解かれた金属製の平たい鞭。


 シッダルタの雰囲気よりもヤン長官の方が迫力がある。


「それの名前は?」


「古きからある鉄の鞭、ウルミ。危ないので盾を。ダーリ!ヴァル様に盾を渡せ!パズー君、武器を全部ヴァル様に!」


 猿に似た髭の濃い男がセリムに盾を投げた。危ないなら素手で相手をして欲しい。手加減するなと、ヤン長官の細い目が訴えている。パズーがセリムの武器を全部持ってきた。白い顔で顔中に汗をかいている。


「パズー、分かってるんだろうな?僕は久々に腹が立ってる」


 震える手でセリムに武器を渡したパズーがコクコクと頷いた。


「謝るよ。とりあえず後で?うん、土下座する。そうだよな?こういう自慢みたいなの好きじゃないもんな」


 その通りだ。パズーが一番セリムの性格を知っているのに、友を刺しやがって。セリムはパズーから武器をひったくった。


「そうだ。ラステルの手前、デレデレするならまだ我慢するがラステルをダシにしたな⁈何が寝巻きで起こしに行きますだ!目付なのにティダに踊らされて僕を舞台に押し上げやがって!」


 セリムはパズーの体を回して背中を軽く押した。


「一番はティダとゼロースさんだ!ティダの奴はこの後説教してやる!ラステルに気安く触るな!ゼロースさんはティダの真下になりたいなら、名乗り上げるか話し合えばいいんだ!関係ない僕に食って掛かってきやがって!ヤン長官もゼロースさんの尻馬に乗るなんて、男らしくない!」


 口にしたら益々イライラしてきた。


「全員礼節や相手への敬意が感じられない!ラステルがあれだけ君達を交流させようとしたのにあしらって!お前みたいな若造は引っ込んでろって顔をして!僕の何を知ってるんだ!質問を受けると言ったが誰も来ない!アピも怖くないのに嫌な顔ばかりして!全員床に座らせて説教だ!こんな状況にしたティダも引きずってきてやる!」


 セリムはぐるりと全員を睨んで鞭を握った。


 パズーがゼロースの隣で「やっちまった」という口の形をした。


 その通りだ!


 心底腹が立って、セリムの怒りは大噴火した。


 誰も彼もが礼節がなってない!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る