王の間での家族会議1

 ユパは王の間に戻ると玉座に腰掛けて即座にジークへセリムの帰国を告げた。末の息子を見送ってから、子を全員育てあげたと満足したのか日に日に元気を無くしているようだったジーク。ゆっくりと辛そうに体を起こしてユパへ顔を向けた。


「クイとケチャ、ドーラとカイにも声を掛けるようにと城爺に伝えました。クワトロとセリムは察してすぐに来るでしょう」


「そうか無事だったか。争いの火種は消せたのか」


 あからさまに安堵を見せてジークがため息を吐いた。ユパ同様違うと気がついていそうだ。いや、ユパの気持ちがジークへと伝達されているのだろう。


「元気でした」


 ユパは念の為セリムが蟲を連れてきたことも話をした。ホルフル蟲森の村とやらから連れてきたのだろうか?セリムは毎度毎度奇天烈な問題ばかり持ち込んでくる。行動範囲が広がるほどそれが大きくなっている。


「来たな」


 重厚な扉が開いて現れたのはクイだった。城塔内の家事全般を取り仕切ってくれているクイが一番乗りというのは至極当然だった。


「父上、兄上、セリムは?まだですのね」


 クイは既に泣きそうだ。エプロンをつけたままジークへと駆け寄った。「良かったですね父上」とジークの手を取って頬に寄せた。ジークがクイの頭を優しく撫でた。しばらくして再び扉が開いた。


「只今戻りました父上!王の間へ入る事をお許しいただけますか?」


 凛然とした声を発したのはセリムだった。ラステルの腰に手を回している。異国の豪華な民族衣装はラステルによく似合っている。セリムもそこまで豪奢ではないが揃いの服を身に纏う。この国を発つ前の日、似たように着飾っていた二人が手を取り合って誓いを立てた事をありありと思い出した。


 あの時は呆然としたが、置き手紙に記された旅立つ理由と覚悟。そして託された異生活との外交問題。まだ二十歳にも満たない幼い夫婦こそが誰よりも不安だっただろう。堂々とあろうとするセリムは少し震えて見える。隣のラステルはそれを支えるように胸を張っているがかなり緊張して強張っている。


 ジークやユパが口を開く前にクイがツカツカとセリムに近寄ってエプロンを外すと投げつけた。


「手紙を読みましたよセリム!戦地となる可能性がある場所へ誰にも支援を頼まずに!しかもラステルさんに故郷を捨てさせて嘘までつかせて!健気な新妻になんて扱いをするのです!恥を知りなさい!」


 パァァァァァンと平手打ちの音が王の間に響いた。セリムは当然のように受け入れたが隣のラステルがあたふたとしている。そこにケチャが現れた。丁度クイがセリムの頬をぶった時だった。


「セリム!何て勝手な真似を!私達が役立たずだなんてぞんざいな扱いをしてくれたわね!それに新しい妹を危険に晒して男らしくないわよ!」


 今度はケチャがセリムの腕を引っ張ってセリムの頬をぶとうとした。ユパは止めるか迷ったがラステルがセリムの前に立ちはだかった。


「帰国したら叱ってくださいと頼みました!セリムを叩くのなら私もお願いします!」


 クイとケチャが顔を見合わせた。


「ははははは!ラステルさん、二人は君たちを見送った日は真実を知らなかった。娘達に部屋中を荒らされて食事抜きの恐喝をされて口が滑ったがの。すまんなセリム。全部話してしまった」


 ジークがセリムに優しく視線を送った。


「父上……それは約束が違い……」


「約束⁈一方的に押し付けよってどの口が!勝手ばかりの愚息が!今度ばかりは腹に据えかねるぞ!王族追放も覚悟の上だな!」


 ジークに吠えられたがセリムは怯まなかった。そこに今度はクワトロとカイが現れた。


「信じてくれると思いました。勝手な振る舞いは謝罪します。しかし成した事を誇ります。そしてそれを共に背負って下さい」


 クワトロがセリムの首根っこを掴んで王の間へ放り投げた。


「通行の邪魔だ。可愛い妹をいつまで立たせておくつもりだ姉上、兄上方。父上やカイも新しい娘と話したいでしょうに。さあこちらへどうぞ」


 クワトロがラステルの手を取ろうとしたのを後ろから現れたドーラの腕がクワトロの首に回った。その瞬間クイとケチャがラステルの両側に立って彼女を部屋へと招いた。


「私は?収穫祭は床に伏せていたからまだ一度もお目にかかれてなかったのよ。おイタをしていないのか確認しますからね」


 恐妻ドーラに引きずられるようにクワトロがユパの隣に腰を下ろした。その隣に状況を飲み込めていないカイが座り、ケチャ、セリムと続いた。クイがセリムの隣にクッションを置いてラステルを促した。それからクイがジークの寝台脇の椅子へと腰掛けた。


***


 王の間で今一番権力があるのはジークだが王を退きユパヘと国を託した。ジークはユパに目配せしただけで何も言わなかった。セリムが居心地悪そうに唇を少しだけ尖らせてジークを見ている。


「さてセリム。蟲森の民という異文化から勝手に客を招いた。嘘をついて。何故王にまで偽った」


 ユパの質問にセリムが背筋を伸ばした。


「父上とユパ兄には彼女達の帰郷日に相談するつもりでした。先入観なく人柄や人格を見定めて貰いたかったのです。それから両文明の歩み寄りを話し合いしたかった」


 隣のラステルは驚いたようにしていた。


「ラファエさんとの約束だった。アシタカが来て色々予定が狂ったけど」


 セリムが小声でラステルへ囁いたが丸聞こえだった。おそらくわざとだろう。


「ではペジテ大工房へ来訪の件。戦の密告について調べ戦を止めると書いたな」


 ユパが口を開くとクイとケチャがキッとセリムを睨んだ。二人の気持ちも分かるがユパはセリムに共感できる。末弟の性格も踏まえると仕方がないといえば仕方ない。むしろよく全て背負って飛んでいった。


「父上と兄上ならば同じことをしたと思っています。事を成せれば国の誉れ、命を失えば自分勝手に国を出た愚息愚弟と切り捨てられる。エルバ連合の戦士として出征するよりももっと価値があると考えたんです。僕の代わりにクワトロ兄が戦地へ行くのへ予想しましたが争い自体を消せばそんな事も無くなります」


 帰国したから事を成したということだ。ユパが次の台詞を選んでいるとクイが先に発言した。


よりもラステルさんよ!」


「そうよ!」


 ケチャが続いた。ラステルが真っ青になったがクイとケチャはセリムを睨んで気がついていない。


「民に嘘をつくのは構いませんが何故自分がしなかったの!異国へ婿入りというから見送ったのに戦地ですって?女を戦に連れて行く夫がいますか!」


「そうよ!それも結婚早々!そんな情けない男に育てた覚えはありません!」


 セリムは黙って聞き入れている。叱責され批難される覚悟はしていたのだろう。おずおずとラステルが手を挙げた。


「ごめんなさい。私が勝手に嘘をつきました。その、その方が皆さん安心かなと。それに離れたくなかったのです」


 クイとケチャが今度はラステルを睨みつけた。


「そんな事は分かっています!真実を知ってから、貴方の勇気ある決断はとても胸に響きましたよ!しかし家を守らず戦へ行く女がいますか!それも異文化ならと納得しますがセリムは別です!セリム!先に妻に謝罪させるとはどういうことです!」


 激怒したクイにセリムが首をすくめた。ラステルが泣きそうになっている。


「姉上、他にも怒られる事があるので後でまとめてで良いですか?ラステルは僕には身に余る偉大な娘でした」


 セリムがユパに助けを求めるような情けない目線を送った。後で妹達と雷を落とすつもりだ。セリムもそれを理解しているのに今は救いを求めている。毎度ながらこの目には弱い。


「クイ姉上、ケチャ、いきなりそのような醜態を晒して妹が怯えておりますよ」


 先にたしなめたのはドーラだった。セリムがドーラに向かってお礼の笑みを浮かべた。


「後でまとめて、の時には私も参加しますからね。姉上とケチャの叱責は至極当然」


 ユパはクワトロと目を合わせて肩を揺らした。崖の国の女達は豪胆すぎる。


「ではセリム。国を出て何を成した。お前を送りに来たのはアシタカ殿ではなかったな。その辺りも洗いざらい話せ」


 ユパの発言に王の間は静寂に包まれた。セリムがラステルの手を握って背筋を伸ばした。


 無鉄砲だった幼くて危なげだった弟の精悍な顔付き。


 身勝手に誓いを立てたセリムがラステルを横抱きにして去って行く時、ようやく安心出来ると感じたのは正解だったようだ。彼女がいなければセリムはきっと二度とこの国へ戻らなかった。そんな気がした。


 

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