それぞれの思惑と崖の国の兄達

【グルド帝国飛行船内】


 グルド帝国帝弟ていていタルウィは両手を叩きながら大爆笑した。四体の木偶人形パストュムにそれぞれ手足を取り押さえられ床に押さえられている美麗なドメキア女。空色の瞳が獄炎のようにタルウィを見据える。


「これで二度目だぞ!鬼だなお前!お前ら、この女に木偶人形パストュム以外近寄らせるな!あははははは!グルグル巻きにして牢の床に転がしておけ!本国に着くまで餌はいらんし糞尿もそのままでいいからなあ」


 タルウィが腰を下ろして顔やや覗き込むとドメキア女が唾を吐き、タルウィの全面兜フルヘルメットにべちゃりとついた。


「殺してやる!」


「無理ムーリ!あはははは!前から欲しかったんだよペジテの実験体。ひっく。いやあ楽しみだ。次の祭りは俺が起こす。もう一人のドメキア人の大男と共に特等席で見せてやろう。ひっく」


 タルウィは握っていた酒瓶をドメキア女の頭に叩きつけて木偶人形パストュムへ顎で指示を出した。羽交い締めにされ口を塞がれたドメキア女が部屋から連れ出されていった。


「ザリチュを躍らせて失脚させたら覇王ペジテから必ず天下を奪ってやる。王に生まれたなら覇権を目指してなんぼってな!あはははは!」


 タルウィはまた新しい酒瓶の蓋を開けた。


***


 カールは泥のような人形に連れて行かれながらタルウィと呼ばれるグルド兵を睨み続けた。酒臭い野蛮なグルド人。鎧義手義足アルフィシャルアーマーを気に入り祖国への手土産にするつもりのようだが必ず逃げる。


 ドメキア本国へ帰国し革命を起こすシュナと共に戦う。それこそがカールの生きる道。


 邪魔する者は全員首をねる。


 陰謀を胸に秘める狼、ドームの中の偽善者、そして手足を食い千切った蟲。


 全員血塗れにしてやる。


***

 

【ドメキア王国玉座の間】


 ドメキア王グスタフは伝令を睨みつけた。


「そんな内容では分からん!蟲が帰り空が七色に染まった⁈それよりペジテだ!あの国の古代遺跡を奪取するのに蟲が有効か調べるのが今回の戦の目的!」


 伝令がビクビクと口を開く。


「ぺ、ペジテは無傷です。いえ、外装の一部が蟲で破れたとの事です。ジョン皇子とシュナ姫が捕虜となって……」


「ジョンにはベルセルグ軍と秘術を奪えと言っていたのに……。あの馬鹿息子は腰抜けだからな。さてさて聡慧そうけいな醜い娘の手土産は何だろうな。ククククク。和平を結んでくりゃあ密偵を送れるだろ。小娘は目的が小さ過ぎる」


 グスタフは優雅な手付きで葡萄酒ワインのグラスを傾けて伝令に投げつけた。


「また毒か!関連者を全員拷問して首謀者をここへ連れてこい!褒賞を与える!」


 王の広間に並ぶ王親衛隊が揃って大きな肯定の返事をした。


「我が国に伝わる蟲関連の話を洗い出せ!それからアシタバ蟲森を狩り人を探させろ!ベルセルグ皇国なんぞにペジテを渡すな!我が国が楽園を作り、私こそが覇王となる!人の世界を取り戻すのだ!」


 グスタフは短剣を護衛兵の一人に勢いよく投げた。避けられたが隣の護衛兵が取り押さえた。


「裏切り者の首をねよ。毒の匂いがプンプンする」


 護衛兵の首がゴトリと床に落ちた。


***


【ベルセルグ皇国皇居祭宴の間】


「テュール様どちらへ?」


 帰還兵達の乱痴気騒ぎには正直うんざりだった。


「月見酒だ。風にも当たりたい」


 ベルセルグ皇国第二皇子テュールは徳利とっくり一つと盃二つを手に持って廊下へ出た。手摺てすりをお盆がわりに酒をくむ。ぼんやりと空を眺めた。薄月に不穏な印象しか受けない。


「ペジテへ侵入したか……何を考えているのかティダの奴は……」


 独り言が冷えた風にさらわれて霧散していく。心を隠し口から出まかせばかりの孤高の大狼兵士。志はナルガ山脈の岩峰よりも遥か高い。


「共に背負わせてくれても良いものの。最終的には私に全部負わせるつもりなのだろうに。なあ?ソアレ」


 口をつける者のいない盃へテュールは微笑みかけた。それから盃の酒に懐から出した多色に輝く金緑石アレキサンドライトを入れた。ソアレの命日に必ず墓に供えられてきた種々の希少な宝石と花。今年は大狼らしき毛が沢山落ちていたのでティダと大狼が共に戻ってきたか、彼が頼んだのだろう。


 ティダと次に会う時は激動の中であろうとテュールはグッと酒を飲み干した。


***


 ベルセルグ皇帝レオンは報告書の束に目を通しながら計略に思いを馳せた。


 岩窟に閉じ込められて大陸の最弱の国と揶揄やゆされてきたのももうすぐ終わる。


 覇王ペジテが隠匿いんとくし続けている古代の超技術を必ずや奪取して天下統一という歴代皇帝の野望を自分が果たす。


 大狼兵士に蟲を操る一族。


 天が岩窟に味方し追い風が巻き起こっている。


***

 

【崖の国レストニア城塔屋上】


「今日も見えないなユパ兄よ」


 クワトロがメルテ山脈をのんびりと眺めて悲しそうにぼやいた。月明かりと星明かりがいつもより強く山々や森の木々がよく見える。


「まだ二週間も経っていない。そんなすぐに帰国しないだろう」


 ユパはクワトロの肩を叩いて握っていた親書をクワトロに渡した。


「クワトロ、セリムが帰国するまではこの件お前に託す。アスベルさんと共にこのイブンという男を見定めよ」


「へいへい。ったく我が弟ながらとんでもない奴だ。こんな外交問題ほっぽってもっと難儀な道へ進むなんてな。それも新婚早々」


 言葉とは裏腹にクワトロはセリムに託されたということに満足しているらしく、やる気にみなぎる様子だ。


「おい!あれは何だ?鳥にしては大きくないか……」


 シュナの森の上空に現れた灰色の点が徐々に大きくなっていく。クワトロが屋上の備品入れから望遠鏡を出して覗き込む。クワトロの顔からさあっと血の気が引いていって真っ青になった。


「ユパ兄、蟲だ!砂漠を超えて大群が押し寄せるなんてどういう事だ!」


「何だと⁈貸せ!何だこの蟲の大群は⁈……妙だな」


 一様に新緑と藍色に目を点滅させている飛行蟲の大群は何かを崖の国の方へと投げている。迷い蟲なら黄色か赤い目をしているはず。それにゆったりとした飛行で威圧感が全くない。


 何よりシュナの森よりこちらへ進んでこない。


 月夜にキラキラと流れ星のような煌めきが

風に乗ってヤヤル盆地へと降り注いだ。輝きは蟲が投げる何かのようで、次々と蟲が崖の国へ背を向けて去っていく。


 光を崖の国へ向けて放ち、優雅な飛行で遠ざかっていく。


 ユパの中に恐怖ではなく歓喜が込み上げてきた。


「綺麗だなユパ兄。まるで何か祝福のようだ」


 クワトロの瞳が少し潤んでいた。


 ユパの目尻からも自然と一筋の涙が零れ落ちた。


 翌朝、防護服姿でクワトロ、アスベル、そして衛兵達と共にヤヤル盆地へ向かうと金平糖のような形の透明な結晶が大量に落ちていた。その中にセリムの兜が埋もれていた。眉間の位置、国紋のエンブレムの場所に穴を修復した跡がついていた。


 貫通した様子で大きさは銃弾程でゾワリと鳥肌がだったが、血の痕跡は見当たらなかった。ユパがクワトロに兜を渡すと小さく悲鳴を上げた。


 それを見ていた衛兵が口々にセリムの心配をしたがユパは理解した。


「昔から生き物に好かれる子だったが異形の化物さえも……」


 アスベルの声色は複雑そうだった。


「いやアスベルさん。化物では無いに違いない。当人不在の国へ何かしらの恩を返しにくる事が出来る生物は決して化物では無い筈ですよ。セリムならこう言うだろう」


 ユパは後半の台詞を衛兵に聞こえるように大声で放った。クワトロが小脇に抱えた兜をそっと撫でた。


「何を成したのか。我達の可愛くて我儘な弟

は。俺も負けませんよ」


 クワトロの発言にユパはマスクの下で口を綻ばせた。


「この贈り物は保管する!来たる日まで口はつぐむように!セリムが帰国したら問いただす!」


 ユパが手ですくった得体の知れない結晶は陽の光を乱反射して宝石のような光を放った。


 その美しさにその場にいる一同は思わず息を飲んだ。


 

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