円卓での確認

 連れていかれた偽りの庭ヌーフ邸の円卓団欒だんらん室。セリムは穏やかで元気なヌーフに面食らった。アシタカが黙ってヌーフの向かい側に座りその隣にシュナ、ティダと着席した。ヌーフの右隣に裁判長ハンネル、左側の隣席にはブラフマー長官、ヤン長官と続いた。


 セリムはアシタカの隣へ着席してラステルも頭にアピを乗せたまま隣に来たが、パズーはおろおろ迷ってティダの隣へと移動した。


「ほっほっほっ。子らよ英断良くやった」


 ヌーフが柔らかく微笑んだ。


「どっから何処までが誰の陰謀だ?話せ。計画とまるで違え」


 ティダは足を組んで背もたれに寄りかかるようにしてアシタカとシュナに向かって鼻を鳴らした。


「事前に約束していたように会見の場で君達に発言の場を設ける予定だった。なのに僕は撃たれ、父上にははかられた」


 アシタカがヌーフを睨み、ティダが目を細めてヌーフを見つめた。


「そうなのか?アシタカと共に考えたと言っておったぞ。我が姪っ子は」


 アシタカとティダが同時にシュナへ視線を向けた。


「ヌーフ殿に死ぬ振りをしてくれと頼みました。誰かがアシタカ殿を祭り上げると思いましたから。そして予想通り、アシタカ殿が自己賞賛するまでもなく事は済んだ。嘘偽りのない信頼はアシタカ殿の人徳の結果です。全ては吉人天相きちじんてんそう


 涼しい表情でシュナが優雅にティーカップに口を付けた。


「きちじん……?」


 ラステルがセリムの腕の服を引っ張った。


「善い人は天から助けてもらえるって事だよ」


 小声で耳打ちするとラステルがその通りだというようにアシタカへにこりと微笑みかけた。アシタカは気がつかずにヌーフを睨んでいる。裁判長ハンネルやブラフマー長官、ヤン長官は驚いたようにシュナを見つめていた。


「何処まで何を予測していやがったシュナ」


 獣が牙を剥き出しにするかのようにティダがシュナへ怒りを露わにした。


「土壇場で本性が現れる。大技師暗殺後にアシタカ殿やセリム殿なら凛然と振る舞うと考えた。予想外の騒動になり、お前達は脅迫や民衆扇動に嫌悪を抱いたみたいだが良いではないか。これまでの功績や対人評価により望むものを手にした。この世は生き様こそ全て也」


 シュナはティダに微笑みかけたあとにセリム、アシタカへもニコリと笑みを向けた。アシタカが渋い顔をした。セリムも大総統ネルを陥れたような形なのが気に入らなかった。ティダは「掌の上だったのが気に食わねえ」と呟いて舌打ちした。


「言っておくが死んだフリをした以外は何もしておらん。アシタカが撃たれた時はヒヤッとした。自ら信頼を勝ち取ったのだ。高望みするでない。大総統関連に目を光らせておいて良かったのお。死んだ振りの前に殺されていたかもしれん」


 ヌーフがアシタカを諭すように視線を投げ、その後にセリムをジッと見つめた。アシタカとセリムは二人揃って小さく頷いた。押し付けられたのではなく自分達で選択し、決意したことだ。


〈我が友である蟲の王レークスに頼んだがそれは秘密じゃ。後で話そう〉


 セリムの胸に直接言葉が送られてきた。セリムは心の中だけで返事をした。


「正にそうです!私と部下は崖の国の方々が蟲の怒りを鎮めたのをこの目で見てました!彼等をティダ皇子が救出したのも!彼等をこの地へ導き、反対を押し切って尽力されたのはアシタカ様です!報復なんてすれば今度こそペジテは滅びます!」


 ヤン長官が叫んでアシタカを尊敬の眼差しで見つめた。


〈怖いよセリム!怒鳴ってる!姫と逃げよう!〉


 アピがラステルの頭の上でいきり立って目を赤くした。ヤン長官の顔が引きつる。


「ヤン長官、この子は大きい声が苦手なのです」


 ヤンが糸のように細いめを大きく見開いた。


「それは申し訳ありません」


 ヤンは柔らかく静かに告げて頭を軽く下げた。


〈何か言ってる。怖くないか確かめる〉


 アピが机に飛び降りてテテテテテっとヤンまで歩いていった。それから顔を上げたヤン長官の机上の手に触覚で触れるてピューっと引き返してきた。ヤンの表情は強張っている。


「怖くないだろう?」


〈怖いのに撃たなかったへんてこりんの匂い。でも嫌な匂い。ホルフルアピスは近寄りたくない匂い。怖い怖い。でも偉い子だから我慢する〉


 アピはラステルの前に体を丸めて座った。ふるふる震えながら黄色い瞳でヤンを見つめている。


〈ほほっ。勇猛で優しい子じゃ。蟲はペジテ人が嫌いなのにのう〉


 ヌーフに褒められたからかアピの目は青く戻っていった。


「ヤン長官。貴方の誠意伝わりましたよ」


 セリムが伝えるとヤン長官がほっと胸をなでおろした。


「ヌーフ様と同じで不思議な方だ……崖の国は蟲と交流する国なのですか?アスベル医師はそのようなことは言っておりませんでしたが」


 ブラフマー長官がポロリと零した。


「違いますよ!こいつだけ!セリムだけですよ!絶対ペジテ中に誤解された。お前のせいだぞセリム!」


 パズーが勢いよく立ち上がった。


「あら私とパズーもよ」


 ラステルが嗜めるようにパズーの腕を軽く叩いた。


「僕はその小蟲君だけ!蟲なんておっかないじゃないか!むしろこいつもまだ怖いよ」


 うへぇと顔をしかめたパズーにラステルが不服そうな表情になった。


〈バムバムが呼んだ。遊んでくれるのか?〉


 自分に向かってくるアピに驚いてパズーが椅子から落ちた。それから円卓の周りを追いかけっこしはじめる。


「その辺りは僕が誤解ないように市民へ伝えよう。記事にでもしてもらって」


 楽しそうに笑いながらアシタカがパズーを視線で追う。ティダがパズーの足を引っ掛け、アピを掴んで転んだパズーの背中にポーンと投げた。くるくる回ってアピがパズーの背中に着地する。


「ティダお前、何する……ひいいい!小蟲君、慣れるまでは近寄らないで!」


 酷く怯えるパズーにティダが大爆笑した。


〈バムバムはおバカ!偉い子は襲ったりしない!ヘトムもう一回!くるくる楽しーい!〉


「おいティダ。くるくる楽しいからもっと遊んでくれってさ。あはは」


 ティダの周りを旋回しはじめたアピの代弁をするとティダが面倒くさそうにアピを掴んでパズーの顔に下手投げした。


「セリムと遊べよ小蟲君!ひいいっ!」


 アピを避けたパズーがセリムの背後へ移動してきた。アピは回転して床に着地して「楽しーい」と体を左右に揺らした。


「遊んでばっかりいると世話役の役目が果たせないぞアピ」


〈ここは安全。遊ぶんだ!〉


 断固拒否、遊ぶんだとまたアピがティダの頭上をぐるぐると飛んだ。


「あー、本題を戻そう。崖の国は自然豊かな小国。蟲の民では無い。僕が確認している」


 アシタカは騒ぐアピを無視してブラフマー長官に告げた。ティダが鬱陶しそうにアピを手で払ったのでセリムはもう一度同じ台詞を心の中で告げた。アピがしぶしぶラステルの元へ戻ってきた。


「さて、ワシはもう二度と偽りの庭から出ない。子らよ自らで未来を切り開きなさい。苦しく暗い世が待っているが絆を繋ぐのだ。明るく美しく楽しい未来を自分達で掴むが良いアシタカ、蟲の王は未熟なお前に大技師は早いという。しかしいずれはお前だと認めていた。しばし自由に飛びなさい」


 ヌーフがぐるりと全体を見渡して満面の笑みを浮かべた。


〈セリム君、夜にルルと迎えに行く。古い話をしよう〉


 背中を向けてセリムの心に告げるとヌーフは返事を聞かずに歩き出した。


「父上!父上には何が視えているんですか⁈」


 アシタカの問いかけにヌーフは振り返らずに首を横に振って円卓団欒だんらん室を後にした。


「食えない老人だな。シュナが提案しなくても同じ結果だったんだろう」


 ヌーフが閉めた扉をティダは眩しそうに見つめていた。


「で?これからどうするんだ?アシタカ大技師名代様よ。俺がこの国を食っても知らないからな」


 ティダが頬杖ついてアシタカににやにや笑いを向けた。


「お前はそういうことが出来ない。僕は大技師の掟を破り一般市民と同じように仕事に就き、議会議員となった。そして国さえ飛び出した。こうなれば僕はとことんやる。民が僕を裁くと声をあげ嘆願するまでは先頭に立つ」


「ッハ!お坊っちゃんは卒業か!ちったあマシになったな。行き先を踏み間違えたら俺が殴り殺してやるよ」


 ティダが真顔に鋭い眼光でアシタカを見据えた。アシタカは少し青ざめた表情ながらグッと胸を張った。


「その前に是非止めてくれ。新大技師就任、そして大技師名代について諸外国へ親書を送る。公の場でドメキア王国、エルバ連合への和平を結ぶ。大陸一のペジテ、二のドメキア王国で西は強固。そして東側への支援提示。ベルセルグ皇国やグルド帝国は手を出しにくくなるだろう」


「アシタカ様!我らは手助けします!」


「アシタカ様についていきます!」


 ヤン長官とブラフマー長官が声を揃えた。


「なら私は一歩引いて見定めます。アシタカ様、ヌーフ様に自立を促され貴方に忠告できる者はもういない。議会議員と私達はこれまで通りにさせてもらいます。勿論、良い案はどんどん可決させましょう」


 裁判長ハンネルもアシタカと同じくらい胸を張った。


「連日会議になるな。第四軍及び第二軍の捕虜への説明はシュナ姫とティダに一旦任せる。明日にでも祖国をどうしたいのか話し合ってきて欲しい。ヤン長官、後で彼等を案内してくれ」


 ヤン長官が頷くとシュナがゆっくりと立ち上がった。


「話し合い?兵には私についてきてもらう。命令だ。話し合いで決めたように、手配と支度が済んだら第四軍は凱旋帰国。強欲蛇王アバリーティアの驚く顔が楽しみだ。明日と言わずすぐ行こう。もう二日も経過している。兵が不安で暴走しては困る」


 シュナに続いてティダも立った。


「ベルセルグ皇国へは皇帝と別に第二皇子テュールに親書を送る。俺がな。勝手にやるなよアシタカ。とりあえず第四軍と第二軍残党兵だな。おいヤン、モタモタしてんじゃねえ。案内しろ」


 ろくに話もしておらず、更にはどう見ても年下のティダに顎で指示されてヤン長官は戸惑っていた。勝手に部屋を出て行ったティダとシュナの後を困ったように追っていく。


「アシタカ様、一応彼等はまだ捕虜なんですが……」


 裁判長ハンネルが苦笑した。


「捕虜関連をヤン長官に全任したということにする」


 アシタカは頭が痛いというようにこめかみを指で撫でた。


「セリム、一度帰国して王へ話を頼む。国内一速い飛行機を貸そう。半日もなくて着く筈だ。」


「なら急いで帰ろう!今なら夜までに着くよセリム!」


 パズーが嬉しそうにセリムの肩を叩いた。


「まだ傷が痛む。明日出国し明後日戻ってくる。それで良いか?」


 全員が心配そうにしてくれたので嘘をついたことに胸が痛んだ。ヌーフが夜訪ねてくるので今日ペジテ大工房を発つ訳にはいかない。


「分かった。手配しよう。従者をつけるがパズーに操作関係の説明をしておこう。ブラフマー長官、誰か長官を見繕って手配とパズーへの案内及び説明を頼んでくれ」


 アシタカがパズーに笑いかけるとパズーは神妙そうに唇を真一文字にして小さく頷いた。しかし唇の端が震えているのはペジテの飛行機を見れるのが嬉しくてたまらないからだろう。


「見繕ってとはアンリ長官が可哀想ですよ。あれだけアシタカ様と崖の国へ行くと張り切っていましたのに置いてきぼりでしたから」


 アシタカはバツが悪そうだった。


「えらく怒ってたからな。アンリによろしく伝えてくれ。一応君が決めたって建前が必要だからそこら辺も頼む」


「お任せください。ではセリム様と奥様を部屋へと送りその後パズー様を格納庫へご案内しましょう」


 ブラフマーが立ち上がるとパズーが素っ頓狂な声をあげた。


⁈呼び捨てにしてください!」


 懇願の目をブラフマー長官に向けた後にパズーがすがるようにセリムを見た。しかしセリムが口を開く前にパズーはブラフマー長官に向き直った。


「王子はもう少し療養が必要です。肩書きも何もない平民で申し訳ないですがご指南よろしくお願いします」

 

 セリムは思わず「へえ」と声を漏らしていた。どちらかというと人見知り、そして怖がりのパズーが素直に一人で行くとは予想していなかった。ティダと打ち解けている事といい、パズーの新たな一面に面食らう。


「セリム大丈夫?」


 セリムがゆっくり立ち上がるとラステルも席を立ってアピを抱っこしながら顔を覗き込んできた。


「大丈夫だ。ブラフマー長官よろしくお願いします。アシタカ、また後で。ハンネルさん彼をよろしくお願いします」


 ブラフマー長官がアシタカへ敬礼してから「さあ参りましょう」とセリム達を促した。


***


 円卓団欒だんらん室にアシタカと裁判長ハンネルだけが残された。


「議会は大忙しですねアシタカ様。短気は直してくださいよ。我らも行きましょう」


「いつも済まないハンネル裁判長。より一層努力する。さて、課題が山積みだ。よろしく頼む」


 この日のペジテ大工房緊急緊急総会議は深夜まで続いた。


 



 

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