偽りの庭でティータイム2

 アシタカは突然現れた妹達とラステルとシュナ、そしてアピという子蟲に戸惑った。ヌーフの差し金だろうと考えて素直に家に招き入れたが状況が飲み込めなかった。疑惑と警戒が滲んでいるシュナと何からどう話をしようかと考えながら、ラステルと雑談しているとシュナが急に無警戒になった。


 アピがジッとアシタカを見つめている。


〈こいつをトルが怖がらないなら怖くないのか?怖いところで怖い声を出してたのに。撃たないのは知ってるぞ〉


 ラステルの膝の上で、アピの三つ目が薄い青から深い色へと変わっていく。トルとは何なのだろう?セリムなら分かるのだろうか。


「この度は我が国の内乱で多大なご迷惑をお掛けしました。領地内での闘争と巻き添え、大変申し訳ありませんでした」


 頭を下げたシュナの隣で何故かラステルも同じように頭を下げた。自国に囮として使用され背中を刺されるところだったシュナ。ラステルに至ってはペジテ大工房の救世主。謝罪される理由などない。


「ノアグレス平野はペジテ大工房の領地外。今そのように話を進めています。蟲の怒りは古代から今日までの我が国の行いに対する結果だとも。どうか二人とも頭を上げてください」


 嘘が後ろめたくてアシタカは思わず目を背けそうになった。捕虜として拘留しているドメキア王国第二軍残党、そしてアシタカ預かりにして保護下に置いたティダとシュナを筆頭とする第四軍への軍法会議実施の有無。その会議が今日一度終わる。アシタカの提案は圧倒的不利。ドメキア王国およびベルゼルグ皇国への報復準備が水面下で進んでいる。


 そして会議前には全都市、全市民へ向けて大技師一族は記者会見。予想される質問への回答はあらかた考えたがどうなるか分らない。


 ティダからはドメキア王国第四軍解放と革命の援護要請。


 そして今度は突然現れたシュナとラステル。正直処理しきれない。しかし必ず全てを穏便に済ませてみせる。泣き言など吐きたくなかった。アシタカは伝わらないようにと笑みを浮かべた。


「アシタカ殿、嘘や建前はいらない。私は今どのような状況に置かれているか多少は分かっている。それからティダが貴方に何を要求したかもおおよそ見当がついています」


 シュナの瞳が真っ直ぐアシタカを貫く。真実を述べろと訴えている。アシタカが思案する間にシュナが続けた。


「我らは捕虜だろう。至極当然だ。王家直轄の国ではないから話し合いをしている。ティダは第四軍だけでいいから逃亡させろと要求している。図々しく支援もしろと話ししていますか?」


 ここまで的確に指摘されたら口をつぐむ必要はない。ラステルは理解出来ないようでシュナとアシタカを見比べている。


「その通りです。しかし安心……」


「此度の戦について民へ説明してありますか?」


 言葉を遮られてアシタカは口を開いたまま固まった。何もかも見透かされるのではないかという気がしてくる。


「これからです」


「ならば釈明の場をいただきたい。その後ならば公開処刑していただいて構いません」


 アシタカは顔をしかめた。何を企んでいる?


「公開処刑なんて、そんな事は……」


「ティダはペジテへ警鐘を鳴らした。この国の救世主の命を救った。この辺り握りつぶされては困る」


 シュナがすっと立ち上がった。アシタカも腰を上げた。


「民主制おおいに結構。しかし時には扇動も必要だ。アシタカ殿、貴方が思い描く道へと誘いましょう。材料は揃っている。あとは場所と口裏合わせだ。血染めの革命にしろ無血革命にせよ私は帰国せねばならん。その顔、相当風向きが悪そうなので任せておけん」


 すっとダイニングターブルに移動するとシュナが書類を手に取って勝手に読み始めた。


「どういう意味です?」


 アシタカはシュナの手を抑えた。


「蛇は策略が得意だ。第四軍だけ逃してくれるつもりなのだろう?それならば荷物を分けてもらう。そういうことだ」


 自ら公の場で道を切り開くという事なのか?


「具体的には?」


 アシタカはシュナの向かいの椅子に座った。


「我が母死亡の真実。亡命拒否された病気の女の悲劇。それから大狼兵士の警鐘と救世主への支援と救出。蟲を宥めた女神から今後の警告。いや崖の国の王子からの方が良いか」


「僕の口からその辺りは説明済みです。これから市民へも話します。ナーナ様の件は是非教えてください」


 シュナはアシタカを一瞥いちべつすると書類を読み進めた。会議の内容が記されているが、偽るつもりは無いので止めなかった。


「視覚は大事だ。それに閉鎖的な空間ではなく大々的にというのも効果があるでしょう」


 これから記者会見があるという事まで知られているのだろうか。


「父上と何か話をしましたか?」


「父上?大技師ヌーフ殿のことならば私はまだ一度も会っていない。と言って信じますか?」


 意味深にシュナが口角を上げた。


「シュナ姫……」


 またもシュナはアシタカの言葉を遮った。


「ティダはアシタカ殿に期待などしていない。無理難題突きつけてその後にこう言うはずだ。"俺だけを出せ"。すると崖の国の王子はこう言うだろう"僕も行く"。このまま掌で踊るか?」


 鼻を鳴らしたシュナがアシタカに読んでいた書類を投げた。


「大きな要求をした後に小さな要求へと譲歩する。基本だ。あいつが欲しいのは崖の国の王子とラステル妃だけだ」


 ラステルがソファから立ち上がってシュナを不安そうに見下ろした。


「私たち?」


「ベルセルグ皇国を攻め落とせばペジテ大工房から恩赦を賜る。蟲を操る女を手に入れたからベルセルグ皇国を攻め落とそう。まあ口車に乗せる方法はいくらでも思いつく。何せドメキア王国は軍を半分失いペジテ大工房に睨まれた」


 そんなとラステルが呟くとシュナはくすくすと声をたてた。


「お前達でさえも途中で捨てる。口では第四軍を寄越せだの借りを返せと言うが私にコソコソ隠れてアシタカ殿と交渉している時点で察しがつく。迷惑な事に私とドメキア軍を捕虜として安全地帯へ置いていくつもりでしょう」


「安全地帯?」


 アシタカが口を開いて話をしようとしているのにシュナが被せてきた。


「我ら全員まとめて死刑にするのか?ティダはお前のことを多少は信頼している。。違いますか?」


「もちろん僕はそのような非道な真似は……」


 アシタカの言葉をシュナが最後まで聞かないで言葉を発する。


「ティダはドメキア王国へ一人で婿入りしてきた。ペジテ大工房にも一人で乗り込んだ。そういう男だ。背負うものが多い程縛られるからだ。今のお前のように」


 礼儀正しい言葉遣いを完全に捨てさると、シュナがテーブルの上に登って仁王立ちした。


「シュナ姫どういうことです?」


 ラステルがシュナを見上げるとシュナは背を丸めて酷く怯えたように顔を歪めた。


「お母様は無実の罪で殺されました。何度も何度も祖国へ救済を頼んでも無視され続けた……」


 怯えきった様子のシュナにアシタカは絶句した。


「ふふは。あはははは!簡単さ。このような見た目に生まれた!同情などお手の物!それとも何も知らない阿呆を演じるか?」


 シュナはテーブルから飛び降りてくるりと体を回転させると途端に呆けた表情を見せた。それからニタニタと馬鹿そうに笑った。それからまたキリッとした顔付きになった。


「事前にペジテ大工房襲撃の情報を提供し、更には迫り来る第二軍へ攻撃。どれもこれもペジテの至宝アシタカ様との計画!我らがドメキア王国第四軍はこの国を守ろうとした!我らを裁くのか覇王ペジテ大工房の民は!」


 高らかに声を上げるとシュナはアシタカの前まで移動してきた。それからアシタカの胸を指差す。


「このように何とでも言える。そもそも私はお前がどうしたいのか知らん。温和な笑顔で本心を隠す無能力者。そんな男に庇護されるなんて真っ平だ。もし少しでも私を支援したいという気持ちがあるのなら場を設けろ」


 シュナがダイニングテーブルの上の書類を腕で払った。


「元々四面楚歌。長年見捨てられてきたからこの国に何も期待などしていない!背負われる気などない!支援する気がないならとっとと首を刎ねろ!」


 アピがブブブブブとシュナとラステルの間を左右に揺れながら飛行する。


〈トルが何か怒ってる!こいつのせいか!でもトルは変な怒りだ。怒ってるけど怒ってない〉


 アピを抱き寄せたラステルが悲しそうにシュナとアシタカを交互に見つめた。


「シュナ姫、一体どうしてこんな風な……」


 ラステルがシュナを咎めるように近寄るとシュナがニコリと微笑んだ。


「さて毒蛇はこんな女だ。ある程度道は考えてある。さてアシタカ殿、今"僕は貴方を死なせたりはしない"と要求を飲もうとしたな?」


 図星だった。アシタカは唾と一緒に言葉を飲み込んだ。完全にシュナのペースだった。


「全部口から出まかせの大嘘。これが策略というものです。私は毒蛇をやめます。ですからもう一度初めから話をしていただけますか?美味しいお茶を飲みながら」


 なぎ払った書類を集めてダイニングテーブルに乗せるとシュナはソファへ戻って優雅に腰掛けた。


「嘘を、いや不誠実を詫びようシュナ姫」


 アシタカは新しく緑茶を淹れる為にヤカンを手に取った。ラステルとアピがポカンとしいる。


〈セリムがいないと完全には人の声が分からないぞ。騒いだり怒鳴ったりトルは忙しい。こいつのせいなのか?〉


 アピがラステルの腕の中から身をよじって飛び立ってアシタカの周りを旋回した。


「ラステル妃。つまり最初から話をし直そうということだ」


 ラステルは益々分からないとアシタカへ視線を投げた。


「腹を割って嘘偽りなく話をしようということさ。僕の気苦労を共に背負ってくれるそうだ」


 多分そうだと思った。しかし真実は分からない。

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