混沌の嵐の終わり
ティダは倒れそうになるセリムの襟首を掴んで持ち上げた。同時に雪に埋もれたセリムの機体を引っこ抜く。
「ったく何なんだよお前ら夫婦は!意味不明な大馬鹿野郎共め!」
血の匂いがして今にも気絶しそうな
「パズーさっさと速度出せ!ヴィトニル頼む!」
離陸しはじめた戦闘機に向かって走る。
「ティダ・ベルセルグ!僕も行く!」
後方からアシタカの声がした。逆方向から走ってきたヴィトニルがティダの服を噛んで空へ、パズーが乗る戦闘機目掛けてぶん投げる。
「ヴィトニルそいつも投げてやれ!勝手にしろ!」
「いいいいい!二人ともそういう乗り方なの⁈」
すくうようにパズーが戦闘機をティダの体の下に滑り込ませた。ティダはパズーが座る操縦席に足を突っ込んで仁王立ちした。離陸して速度を上げ始めている戦闘機の左翼にアシタカがしがみついていた。
「パズーありがとう!」
アシタカが素早く後方座席に乗り込んだ。
「全力で追え!」
パズーが戦闘機の速度を上げはじめた時、脇を弾丸のようにセリムの機体が通り過ぎていった。
「セリム!あんな状態で!」
アシタカの悲痛な叫びが
「あいつ、立てるとは思わなかったな」
セリムは死の匂いが濃かった。相当血を流していただろう。それなのにセリムの機体が真っ直ぐラステルを奪っていった飛行機目掛けて飛んで行く。泥のような人の形をした奇妙な生物がラステルを
「オルゴー!!セリム!!」
パズーの体が浮いて戦闘機が揺れた。
「何だこの旧式!しかもこっちの舵はきかないじゃないか!」
吠えたアシタカを無視してティダはセリムの
「オルゴーね!誇りとはまた大層な名前を付けた機体だな!しっかり飛ばせパズー!」
ティダはパズーの背中を蹴り飛ばした。
「っ痛!分かってるよ!」
「さっさと進め!」
一瞬抗議の視線を投げたパズーを無視してティダは操縦席内に残しておいた機関銃を引っ張り出した。戦闘機が速度を上げてセリムのオルゴーを追い越す。去り際にセリムの様子を確認するとゴーグルだけで身を守る物は何もない。おまけにセリムの焦点は定まっていなかった。それでも飛ぶ、敵を追うという気持ちは理解できるので無視した。惚れた女が奪われてジッとしているなど死ぬより恥。パズーも止められないと諦めているのか一瞬セリムを見た後は前方の飛行機を見据えている。
「俺はこいつをブッ放す!機関砲での狙撃は任せるぞパズー!」
立ち上がって機関銃の安全装置を解除するとラステルを掴んでいるグルド兵に狙いを定めた。まだ遠すぎる。
「いい⁈そんなの使った……っ痛!痛いって!」
パズーの背中をもう一度蹴るとティダは揺れる機体に負けるかと力を込めて機関銃を固定した。
「それは僕がやろう!こっちにも引き金がある!任せろ!」
「アシタカーーー!席も代わってくれよ!」
「もう無理だろ!操縦は任せたぞパズー!」
アシタカに応援されてパズーが項垂れたのでティダは軽くパズーの背中を蹴り上げた。
「情けない声出すんじゃねえパズー!テメーら役に立たなかったらぶっ飛ばすからな!」
機関銃の引き金に指をかけいつでも撃てるように準備した。
「パズーなるだけ機体を揺らすな!……おいおい嘘だろ……」
グルド兵の手からラステルが逃げた。捕らわれの身から逃れそのまま宙へ体を投げる。グルドの飛行機が離れて、ラステルが吸い込まれるように落下していく。ラステルが落下していくのは本日二度目だ。なんなんだよ、とティダは舌打ちした。
「化物娘!俺達に気づいてなかったのか!」
「ラステルさん!」
グルド兵に
「ラステル死ぬ気だ!短剣持ってるよ!」
パズーが操縦ハンドルを切ろうとしたのをティダは上から手で抑えて止めさせた。
「進め!俺達はあっちの相手だ!」
セリムのオルゴーがラステルへ向かって飛んでいくのが見える。パズーに睨まれたが無視した。
「あんな状態のセリ……っ痛!」
「狙い撃ちされてまとめて死ぬ訳には行かないだろう!囮だ!」
「分かったよ!痛いから蹴るなよ馬鹿力!!」
蹴り飛ばしたパズーが叫んだ瞬間にティダ引き金の指に力を込めた。グルドの飛行機が旋回したのを合図に機関銃の弾を撃ち込む。まだ遠くて届かないが距離が縮めば蜂の巣だ。
「パズー少し左だ!機関砲も撃つ!振動で振り落とされるなよティダ!」
アシタカが叫ぶと同時にティダも弾を装填し直して再び引き金を引いた。機関銃に機関砲、どちらの銃弾も揺れる機体のせいで一発もグルドの飛行機に当たらなかった。狙いを変えて撃ち続けるが、避けられていく。互いに激突しないようにと戦闘機とグルドの飛行機がすれ違う際、パズーが悲鳴をあげながら機体を華麗に回転させた。
「良くやったパズー!」
「よしパズー!そのままケツから離れんなよ!」
逃げるだけでなく隙をついて有利に立とうとするグルドの飛行機の背後にピッタリとくっついていく。機関銃の弾があっという間に切れたのでティダは機関銃をグルド兵に向かってぶん投げた。グルド兵の兜を掠めたが命中しない。兜のいくつもの目が一斉にティダを睨んだ。
「ひいいいいい!何だよあの兜!それに後ろに乗ってる変なやつ!」
「多分グルドの
「グルド⁈何か知っているのかティダ⁈」
パズーはティダが命令する前に戦闘機を動かしていて、ひらりと敵の銃弾を避けた。パズーは中々良い腕前をしているようだ。正直アシタカの方が腕は立ちそうだがもう変更出来る状態じゃない。最悪スレ違いざまに向こうの飛行機に乗り込むかとティダは
「やるじゃねえかパズー!」
「パストっ!!ひいいいいい!」
しっかりと敵の射撃を避けているのにパズーはずっと悲鳴をあげている。耳障りだがこれ以上発破をかけても無駄かとティダは無視した。
「そのまま右へ機体を反らせパズー!後は僕に任せろ!」
突っ込んでくるグルドの飛行機に向かってアシタカが機関砲を撃った。連続した銃弾が右翼に命中してグルドの飛行機が衝撃で揺れる。
「ティダ!撃墜するか⁈」
アシタカが吠えた。
「当たり前だ!しろ!」
ティダも叫んだ。しかしパズーが飛行機の進行方向を変えた。みるみるグルドの飛行機が遠ざかって行くのでティダは舌打ちしてパズーの首根っこを掴んだ。
「おいテメー!……なんだあれ?」
「あれ見ろよティダ!アシタカ!」
パズーに促されて見た、眼前の光景にティダは絶句した。
「神話だ……やはり僕達は神話を生きている……」
アシタカの独り言のような震え声がティダの耳の奥に木霊した。
晴れ上がったノアグレス平野が虹色に輝いていた。
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