第4話 言わないほうがいいお肉
ヤールクのメンテはフライパン磨きと大差なかった。ガリガリ錆を落として磨いて油を塗る。作業中、なんでこんなことしてるのだろうという疑問が頭をよぎったが、深く考えるとそもそも私はなんでここにいるのだろうという疑問が浮かんでくるから、考えないことにした。私に長所はあまりないが、深く考えないことだけは長所だと思う。
「ヤールク、きれいになったね!」
ライナルは満足そうだ。おめでたい性格なのだろう。
「うむ。だいぶまともになった」
「じゃあこのサビサビは外に捨ててくるね」
つぎはぎの女の子が錆をチリトリにまとめて外に捨てに行った。それでいいのかとふと思ったが、この家の外見はずいぶん汚かったし、まわりにはよくわからないゴミもあった気がする。住人がいいというのならいいのか。
「じゃあそろそろ暗くなったことだし、晩ごはん食べようよ。ところで、ヤールクってごはん食べるの?」
「食べない。俺は脳髄保存液を交換するだけだ」
「そっかー。じゃあ、さっきのつぎはぎの女の子は?」
「マーシか。あいつは食べるぞ。ものすごく食べる」
「私、食べ物持ってないんだけど」
「あ、ぼくは燻製とビスケット持ってるよ」
「心配いらん。備蓄はたくさんあるはずだ」
「…それが…あんまりないんだよね…」
戻ってきたつぎはぎの女の子、マーシが言った。
「ソバの実と、ちょっと言いにくいお肉しかない」
言いにくいお肉とはなんだろう。気になる。非常に気になる。
「言いにくいお肉ってなに」
聞かないほうがいいかもしれないが、聞いてみた。
「聞かないほうがいいと思う」
やっぱり、聞かないほうがいいらしい。
「ソバがあるならいいじゃない、ぼく、おかゆ作るよ」
ライナルが微笑んで言った。こいつ、なかなか役立つやつかもしれない。
ライナルの料理の腕は確かで、ソバ粥と燻製肉でだしをとったスープはなかなかおいしかった。ほかほかのソバ粥を噛むと口のなかでぷちっと弾けて、なんだか懐かしい味がひろがる。
「うまそうだな。食べられないのが悲しい」
本当に残念そうな声でヤールクが言う。
「食べないんなら食堂にこなくてもいいじゃない」
「そう言うな、マーシ。一人でいても退屈だし、話したいこともあるしな」
「なに話すのよ」
「たとえば、あれだ」
ヤールクはいきなりこちらを向いて、私を指差した。
「な、なんだよ」
「リーリールウを連れてるな」
「う、うん」
「俺の身体は鉄製だからリーリールウがなにしようと関係ない。マーシも実は問題ない。しかしおまえらは、なんでそんな危ないもん連れていて平気なんだ」
「ぼく、獣人だから」
どう答えるべきか迷っているとライナルが先に答えた。
「獣人か。そんなら話がわかる。しかしハルック、おまえは?」
「んーと…実は私にもよくわからない…ていうか…えーと…」
「それと、だ。助けてもらっておいて言うのもなんだが、なぜこんな辺境の国境地帯にいるんだ?」
こういう反応が普通なのかもしれない。なんにも聞かないでついてきたライナルはいいやつだな、ほんとにいいやつだなと思った。
「話せば長いんだけど…秘密にするつもりは特にないから、話すよ。でもさ、とりあえず、ここにいるみんな、自己紹介したほうがいいんじゃないかな。聞いちゃいけないのかもしれないけど、ヤールクはどうして鉄でできてんの。マーシはどうしてつぎはぎなの」
私は考え考え喋った。こっちの手の内を見せるなら向こうの手の内も知りたい。
「俺のはともかくとして、マーシのは食事時に向かん話だ」
「いいよもう食べ終わったから。ごちそうさま。ライナルって料理うまいね」
「おいしかったよー。なんか飲む?」
マーシは立ち上がると戸棚から瓶を出してきた。紫色の液体がマグに注がれる。
「なにこれ」
「カクトの酒だよん。酸っぱいけどおいしいよ」
「やめとく」
私は断ったが、ライナルは嬉しそうに飲み始めた。
「じゃあぼくから話すよ」
酒が入って気分がよくなったのか、ライナルはぺらぺらと喋りだした。だいたい私に話したのと似たような話である。どこにいるかわからない、もしかしたらいないかもしれない自分の同族を探す話。おめでたいというか、ロマンティックすぎるというか、もしかしたらこの世でひとりだけの猫人かもしれないのに、やたらポジティヴなのが不思議だ。
「ずいぶん楽観的だなあ」
ヤールクが私とほぼ同じ感想を述べた。
「すてきな話じゃない。私にも同族いないかなあ」
「おまえの同族なんかいてたまるか。というか、おまえの同族は倉庫にいるだろ、マーシ」
「あれは同族っていうか、うーん。お肉だね、あれは」
いったいどういう意味だろうか。
「さっき言った、言わないほうがいいお肉、ね。ノシム博士が作ったものなの。材料は人間の身体。あたしはそのお肉をつぎはぎして作った人形みたいなもの、かな」
さすがに引いた。材料は人間の身体。つまりマーシはフランケンシュタインの怪物みたいなものなのか? というか、マーシは人間だった肉を食料にしているのか?
「どうせならもっとかわいく作ってほしかったなあ。この口とか、ひどくない?」
「目は大きくてかわいいよ」
ライナルがお世辞を言った。
「そーお? ありがと」
にんまりと笑ったマーシの口は、やっぱり耳まで裂けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます