第3話 瓦礫
黄色い道は落ち葉に半ば埋もれながら続いている。森の木々はほとんどが照葉樹に見えた。実りの季節なのかあちこちに果実がなり、私がいた世界とそんなに変わりはないように思えるが、ものは見た目通りと限らない。
「あれ、なんだろう」
ライナルが指差した先に、鈍色の瓦礫の塊のようなものがあった。黄色い道をふさいでいる。近づいてみると瓦礫の傍らに奇妙なドーム型の容器がある。直径は三十センチ前後か。ガラスでできているのか中が透けて、濁った液体がいっぱいに入っているのが見えた。
「あまり触らないほうがいいかもしれないね。こんなもん、またいでいけば…」
言いながら容器をまたごうとして、ライナルは立ち止まった。
「なにしてんのライナル」
「声がした。なんか喋った」
ライナルは瓦礫の近くにしゃがみこみ、眉根を寄せた。
「確かになにか喋ったんだ」
「瓦礫はふつう喋らないと思うよ…?」
「絶対に聞こえた」
「虫かなんかじゃないの」
「違う。虫ではない。瓦礫でもない」
低い声が響いた。私とライナルは顔を見合わせた。今の声は確かにライナルのものではない。
「俺はヤールク、木樵だ。あやしいものじゃない。助けてくれないか、頼む」
声は瓦礫の中から聞こえてくる。
「助けるってどうやって」
ライナルが訊ねた。助ける気があるらしい。あやしくない者が自分で「あやしいものじゃない」と言うだろうか。よくわかんないものはほっとけばいいと私は思うのだが。
「そこに箱があるだろう、透明な、水の入った容器だ。裏側に赤いボタンがあるから音がするまで押してくれ。落としても壊れんが落とすなよ」
ライナルは容器を拾い上げ、ボタンを押した。その途端、容器の中の液体が透明に変わりだした。少しずつ見えてきたのは何かの肉塊、ではなく、脳髄だ。
「ありがとう、これでまともに操作できる。容器を下において、ちょっと離れてくれ」
言われた通りに瓦礫から離れる。ガシャンガシャンとひどい金属音を響かせて瓦礫が蠢き始めた。瓦礫と見えたものから金属製の腕が突き出され、金属製の脚が突き出され、続いて金属製の頭部を乗せた胴体が持ち上がった。ロボットというには無様な姿に見える。脚や腕は空き缶をつなげたみたいだし、円筒形の胴体は細めのドラム缶、同じく円筒形の頭部はペンキの缶にしか見えない。おまけにあちこち錆びている。
「ありがとう。助かった」
ロボットみたいなものは腕に脳髄入りの容器を抱えて頭を下げた。頭部の缶の中身がからっぽだ。
「しかしメンテナンスしないといけないな、これは」
動くたびにギリギリと軋む音がする。
「あんたなんなの、ロボット?」
「ロボットってなんだ。俺は人間だ。ヤールクと呼んで欲しい」
ヤールクは、脳髄入り容器を頭部に収めて、ジョウゴにしか見えないもので蓋をした。こいつが人間だと仮定して、こいつの人間的なところはあの容器の中身だけなのではないか。だとしたらアンドロイドだろうか。しかしこの世界にそんな技術があるとは思えない。缶は存在するようだが。
「君すごいよすごい。動く缶詰?」
ライナルはなぜか大喜びで手を叩いた。
「缶詰はひどいな。果物も肉も詰まってないぞ。頭以外からっぽだ」
この世界には、少なくとも缶詰が存在するようだ。缶切りも存在していて欲しい。ナイフで開けるのはめんどくさい。
ヤールクの提案で、国境近く、黄色い道沿いにあるヤールクの住まいを目指すことになった。黄色い道を進んで適当なところで野宿する予定だったので、屋根があるだけでもありがたいとは思うが、日が傾いてきた。
「まだ遠いのか?」
「いや、ハルック、もうすぐだ」
「君、さっきもそう言ったよね」
「いや、ライナル、今度こそもうすぐだ。というか、そこだ」
黄色い道の東側、正確には東といっていいのかわからないが、太陽が登ってくる側を東と呼んでおこう、道の東側に、トタンで作った掘っ立て小屋のような小さな建物があった。
「まさか、これ?」
「そう、これだ。騙されたと思って開けてみろ」
顔をしかめたライナルが汚いドアを開ける。明るい光が内部から漏れてライナルの顔を照らした。ライナルの目が丸く大きくなった。
「すごいよすごい。なんだこれ。ハルックもおいでよ。宮殿みたいだ」
言われて覗き込んで驚いた。外見からは想像できないようなだだっ広い空間があった。ヤールクに促されて中に入る。天井には大きな明かりがいくつか、壁にはいくつものドア。宮殿みたいだとライナルは言ったが、特に装飾があるわけでない。家具は簡素な椅子とソファだけで、ものを置いてない倉庫みたいに見える。
「俺の家はここだ。正確にいうと居候してるんだがね。ノシム博士はあんたらが来ても文句は言わんと思う。まあとりあえず座れ」
私とライナルはソファに座った。ヤールクは座らずに奥のドアの前まで行き、ノックした。返事はない。
「おかしいな、いないのかな、博士! ノシム博士!」
「そうがなんないでよ、缶詰のくせに」
ノックしたのと違うドアから誰か出てきた。スカートがふわりと広がる。おさげの髪が軽やかに跳ねる。しかしこちらを向いた顔には何条もの縫い跡が走り、耳まで裂けた口から覗く歯は牙のようにぎざぎざだ。
「やい、つぎはぎ女、博士はどこだ」
「それが、博士ったら、いなくなっちゃったの。あんた長いこといなかったでしょ。博士もいなくなっちゃって。あたししばらく一人で暮らしてた」
「困ったなあ。メンテしてほしかったんだが」
「道具はあるよ。人手も、あるんじゃない?」
つぎはぎの顔の大きな瞳がこちらを見つめた。
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