第6話 戦闘開始

 いつの間にさきまわりしていたのだろうか。


 いやそれよりも、どうやって先回りしていたのだろうか。


 男はうでを組んで木にりかかり、にやりとてきな笑みを浮かべてこちらを見る。


「そいつが重くて走れなかったか?」


「わたしはそんな重くないわよ!」


「そうだよ! この前つかまえたクマよりも軽いんだから!」


「だからクマとくらべんな!」


「はっはっは。まぁどうでもいいわなぁ、そんなこと」


 警戒けいかいしながらも緊張感きんちょうかんのないやり取りに笑うと、チラリと少年たちのはいに目をやる。


 そこには男の仲間がいた。


 追いかけてきていた二人の男だ。


 きょを一定にたもっていたのは、障害しょうがいの少ない外でかこむためだったか。


「さて、あんまし時間をかけたくねぇんだ。大人しくそいつをわたさねぇってんなら、やりあうことになるぜ?」


 男は不敵に笑ったまま、スッとするどく目を光らせる。


 二人の男もそれにあわせてかまえ、


「あはは……こりゃ、最悪だわ」


 三対一。


 かりに自分を戦力せんりょくかぞえたとしても、相手の方が多い。


 あと少しでげ切れると思ったのに、その少しがあまりに遠い。


 少女は絶望感に空笑いを浮かべ、


「逃げなさい、おじょうさん」


 少年が言った。


 少年はかばうように少女の前に立ち、目の前の男をしっかりと見え、


「この悪党あくとうどもは、ぼくが相手をしよう」


 その顔にだんはない。


 慢心まんしんもない。


 けれど、てきゆうと緊張がある。


 まさしく、すきがなかった。


 それに男は楽しげに口元をゆがめ、


「へぇ、まだそれを続けんのか。おもしれぇガキじゃねぇか」


「ただのガキじゃない。未来の勇者さ」


 それは少年とは思えないほどに、精悍せいかんな顔つきだった。


 逆境ぎゃっきょうに立たされながらもさわやかに笑うその姿は、勇者という二文字を彷彿ほうふつさせ……


「……ごめん。ありがとう」


 少女は小さく、少年にぎりぎり聞こえるぐらいの声で言うと、表情を真剣しんけんなものに変え、少年の後ろで逃げるタイミングを見はからい始める。


 男は組んでいた腕をほどき、寄りかかっていた木から身をはなすと、獰猛どうもうな笑みを浮かべながら言う。


「いいじゃねぇか。しんの通ったやつは好きだぜ? 名前を教えてくれよ、ヒヨッコ勇者」


「ふっ、あいにくとるほどの者ではなくてね」


「そうかい。そいつぁ残念ざんねん……ん?」


 と、男はなにかに気づいたように片眉かたまゆをあげ、目だけで少年の背後を見る。


 少年の背後にいる男たちのそのまた背後。


 その空を見ながら、男は言う。


「お前ら、後ろあぶねぇぞ」


「後ろ?」


 男たちがその言葉にり返って確認してみると、そこにはなにやら黒いかげかんでいて……


 それはどんどんと大きくなり、というか、こちらに向かって飛んできていて……


 それが人だと気づいたときにはすでに目前もくぜん


 その人物はまっすぐ男たちめがけてせまり、


「だらっしゃあ!」


 せいのいいかけ声と同時にりをはなった。


「うわぁ!?」


「なんですかこいつは!?」


 空中での動きとは思えないほど鋭い一撃をとっさにけつつ、困惑こんわく混じりのめいをあげる二人。


 蹴りを放った人物は地面をね転がるように着地すると、もうもうと立ち込める土煙つちけむりのなかでほぐすようにすじばす。


 徐々じょじょに煙が晴れ、影だったその姿があらわになり……


 それは少年だった。


 ところどころ跳ねた茶色のかみに、さかる炎のようなれんひとみ


 少し日にけた褐色かっしょくはだような笑顔が健康的な印象いんしょうを与えるが、背中にった巨大な剣がどこかしつふんをかもす。


 ったこしほどまでの短いローブと足元をおお頑丈がんじょうそうなブーツは、少女をまもっていた少年とおそろいのようで、まさしく同じようなかっこうをしていた。


 そんな少年は、じつかいそうにせいてきな笑みを浮かべて言う。


「おいおいな~に一人で楽しそうなことしてんだよフレ~イ」


「ちょお!? なに名前呼んでくれてんだよこの!」


「んあ? なんかマズかった?」


「せっかく僕が名乗らずにいたってのにさぁ……まぁいいや、あの大きい人は僕がやるから」


「えー、そいつが一番強そうなのに~。でもま、見つけたもん勝ちだわな。いいぜ、この二人はが相手する。負けんなよ」


「負けないよ、勇者だもん」


「だな」


 なんて流れるように会話を終わらせ微笑ほほえむと、茶髪の少年はビッと自分のむねに親指をきつけ、


「俺はあいつと……うん? あいつどこ行った? ……まぁいいや、フレイたちの幼馴染おさななじけん親友しんゆうのカイル。いずれ勇者になる男だ。よろしくたのむぜ? あくとう


 キョロキョロとあたりを見回し首をかしげるも、別に問題はないだろうとりきり、ニヤリと笑って男たちを挑発ちょうはつする。


 それに軽薄けいはくそうな男が強くこぶしにぎり、頭から煙を出さんばかりに憤慨ふんがいしてさけんだ。


だれが小悪党っすか! オイラにはキロテラって名前があるんすよ!」


「なにを乗せられてるんですか、まったく……第一ツッコミどころもずれてますし、なにを名乗ってるんですか」


 となりにいたてきな男は、やれやれとあきれたように首を振り、


「名乗りには名乗りで返すのがれいっすよクリュトス」


「ああそうですか」


 当然とばかりに言ってのけるキロテラに、クリュトスは「なに勝手に名前をバラしてくれてるんだ」といやそうに顔をゆがめてため息をこぼすと、ギラリともののように鋭く瞳を光らせる。


「あの身のこなし、ただ者ではありません。気を引きめていきますよ」


「ああ。オイラたちにかったこと、後悔こうかいさせてやるっすよ」


 二人の男が構え、それを見たカイルは不敵に笑いながら剣をく。


 それは身のたけえるほどもある、長大ちょうだい幅広はばひろの大剣。


 子供には到底とうていあつかえないだろうそれを、カイルは悠々ゆうゆうと片手で持ち上げ、


「勇者祭の準備運動に、フィオレりゅうけんをみせてやるよ」


「ガキが、なめんじゃねぇっすよ!」


「身のほどというのを教えてあげます!」


 叫びけだし、戦闘せんとうが始まった。


 そんな彼らをながめつつ……


「向こうはり上がってんなぁ。こっちもそろそろ、楽しむとしようぜ?」


 男は首をならして、どこか上機嫌じょうきげんに笑いかける。


 敗北はいぼくなどまるで考えていない余裕の顔だ。


 それだけの自信と確かな実力が、男にはあるのだろう。


 少年はしばし沈黙ちんもくし、ボリボリと頭をかくと、


「……名前言われたし、別にいいか」


 ため息混じりにつぶやき、っ切れたように顔をあげた。


「僕はフレイ。カイルと同じく、勇者をこころざすフィオレ流のけん、フレイ=フィオレ」


「俺はループスだ。しがない傭兵ようへいをやってる」


「ループスね。おぼえとくよ」


 言いながら、腰のベルトに取りつけたさやから二本の剣を抜く。


 普通の剣より若干じゃっかん短いそれを、両手でそれぞれ一本ずつ。


 はんで立ち、左の剣先を男の目に向け、右はさかで腰の横辺りに持つ。


 まるで正眼せいがん脇構わきがまえを融合ゆうごうしたような構えを取り、フレイは細く息を吐いて、言う。


「それじゃ、正々堂々せいせいどうどう、始めようか」

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