第5話 脅威

「ごめんね、ぼくのせいで見つかっちゃって」


「いいわよ別に。最終的にはこうするつもりだったし」


 目をせながら走る少年に、少女はかつがれた状態じょうたい嘆息たんそくじりに答えた。


 本当はまちの周囲にそびえるかべ突破とっぱするときだけたのもうと思っていたが、こうなってはどうしようもない。


 それに人の海にまれておぼれていた時点でりくの移動はきびしかったはず。


 だから結果オーライだと自分に言い聞かせ、風圧ふうあつになびくかみを押さえながら顔をあげる。


 そのせんの先には、二人の男がいた。


 少女をらえようと画策かくさくしているそいつらは、建物のけてはんでをり返し、一直線にこちらへと向かってきていて……


 それをながめつつ、少女は感心したように口を開いた。


「にしても、あなたほんと足速いわね。人をかかえてるってのに、あいつらと全然距離きょりちぢまんないわよ」


「そりゃきたえてますから、って言いたいとこだけど……あいつら、本気で追いかけてないよ」


「え?」


 本気で追いかけていない?


 それは、どういう意味だろうか。


 言葉がうまく飲み込めず、少女はぽかんと口を開ける。


 少女の理解が追いつくのを待たず、少年は続ける。


「理由は知らないし、君をつかまえる気がないわけじゃないんだろうけど……」


「……なんで、そう思うの?」


 やっとしぼり出せたもんの言葉に、少年は担ぎながらもようかたをすくめ、


「そりゃ、さっきから距離が縮まらないどころか、そもそも最初っから変わってないからね」


 その言葉に目を見開き、もう一度二人を眺める。


 そして思い出す。


 こちらが飛び出し、向こうが追い始めたときを。


「…………」


 変わってなかった。


 その距離は、まったく変わってなかった。


 つまりわざと距離を一定にしているのだ。


 しかし、それはいったいなんのため?


 いや、それ以前にもう一人の男はどうした?


「…………」


 これは、気を抜いてはダメだ。


 全力で、確実に逃げ切らなければ、ダメだ。


 だから少女は表情を引きめる。


 するどく目を細めて、言う。


「わたしを抱えたままで、あの壁からりれる?」


 そう言ってしめしたのは、おくよりも一段高い石造いしづくりの壁。


 ぐるりとこの街をかこっている城壁じょうへきだ。


 少年はそれを見えながら、しばし無言で走り、


「……近くに木は?」


「少し離れたとこに森はあったけど……」


「……そう。一応、できなくはないよ」


「ほんと!? なら、壁をえたら森に入って。そっからはわたし一人でげるから」


「わかった」


 少年がうなずいたときには壁は目前。


 少年は屋根を強くみしめて跳び上がり、その壁のふちに勢いよく足をかけ――少女をほうった。


「…………は?」


 突然ちゅうに放られた少女は、わけがわからずけな声を出し、


「ええええええええええ!?」


 自分のかれた状況じょうきょうに気づくと、おどろいたように絶叫ぜっきょうした。


 高さで言えば少女の十倍以上。


 なんなら壁よりも人二人分ぐらい高い。


 そんな高さまで、少女は放られていた。


「ちょっとあのバカいったいなにを! っていうかこれわたし死――ッ!」


 そこで、少女の心臓が大きく跳ねた。


 落下とともに身を包む風が、ひどく冷たく感じた。


 死がせまっているのだ。


 少女のすぐそばまで、死が迫っているのだ。


 正直、ここまで死が迫ったのは初めてだった。


 ここまで死ぬのがこわいと思ったのは、初めてだった。


 突如とつじょ明確めいかくに現れた死という存在に気づき、少女は顔を青くする。


 身体からだふるえ、全身から冷たい汗が吹き出す。


 なぜか目の奥が熱くなり、かいがどんどんにじみだす。


 そして、


「…………え?」


 その身体がかれた。


 ふいに感じたぬくもりに目を向ければ、少年がいた。


 少年は少女を抱きしめるように抱えて、


「口閉じといて」


 短くそうげると、少年はだまりこむ。


 真剣しんけんな表情で地面を見つめる。


 落下まであと一秒もない。


 魔法の発動だって間に合わないだろう。


 少年のひたいに汗が浮かぶ。


 しかしあせることなくその身をよじった。


 ぐりんと身体をひねり、飛び蹴りを繰り返すかのように地を蹴り、くるくると跳ね回る。


 ある程度勢いの落ちたところで、ダンッ! と足を踏ん張った。


 それでも身体は勢いに引っ張られてしまう。


 力強く踏み込まれた足裏あしうらと地面は大きなさつおんをあげ、それと同時に大量の土煙つちけむりき上げる。


 そのまま数秒ほど、その状態をたもち……


「……ふぅ。なんとか無傷でいけたな」


 ようやく止まったのを確認すると、少年はひとごこついたようにあんのため息をもらす。


 そしてすなぼこりでおおわれてしまった視界がれるのを待ち、


「……ちょっと」


「ん?」


 と、少女がブルブルと震えているのに気づいた。


 勢いは殺したし、そのさいに少女の身体も気づかってたはずだが、もしかしたらをさせてしまったかもしれない。


 少年はそう考えて、心配そうに少女をのぞき込み、


「いきなりなにすんのよこのバカぁ!!」


「ぶふぉあ……!」


 渾身こんしんの右ストレートだった。


 突然ほほをおそった衝撃しょうげきに、少年は抱きしめていた両手を離し、そのままゴロゴロと地面を転がっていく。


 それでも怒りがおさまらないとばかりに、少女はズカズカとたおれ伏す少年に近づき、


「ちょっと、別に投げることなかったんじゃないの!?」


「ま、真下に落ちるよりも、勢いを殺しやすいんだよ……」


「むしろこっちが殺されそうになったわ!」


 えるようにさけぶ少女。


 少年はビクリと肩を震わせ、おびえたようにうわづかいで少女を見あげる。


 そのさまはとてもじゃないが勇者とは呼べなかった。


 なんなら子犬とかなんかそんな感じで……とか考えたところで、少女は気づいたように片眉かたまゆをゆがめた。


 奔放ほんぽうで元気いっぱいで落ち着きがなくて突然突拍子とっぴょうしもないことをやらかしたりとかなんだったら食事のときとかまでもう完全に子犬じゃないか。


 そう考えれば自然と怒りがおさまるわけないだろう殺されかけたんだぞ!


 なんてぐるぐると目まぐるしく回るこうがなんだかバカらしくて、少女はひとつ深くため息をつくと、あきれたように言う。


「ああもういいわ。こんなことしてる場合じゃないし、さっさと逃げるわよ」


 そう言って少女は辺りを見回す。


 いまだ道を分断ぶんだんするように砂ぼこりが立ち込めているが、なにも見えないわけではない。


 少女はやや遠くに見える城壁を確認し、頭の中で地図を開く。


 駆けていた方向と投げられた方向は同じだ。


 ならばいま自分がいる場所は……


「……よし、森はむこうね」


 森はちょうど煙の向こうがわのようだ。


 それを確認した少女は急ぐように、


「まって」


 しかし、少年がそれを止めた。


 少年はいつの間にか起き上がっていて、少女の道をふさぐように前にでる。


 少女はいらったように眉をひそめ、


「なに? 煙が晴れるまでのんびり待ってる時間ないわよ」


「そうじゃない」


 しかし、少年はそうではないと、ただ一点を鋭く見据える。


 少女はいぶかしみ、少年の見ている方へ目を向けた。


 しかし、そこにはやはり、巻き上げられた砂煙しかなくて……


 と、そこで徐々じょじょに視界が晴れてきた。


 徐々にうすれる煙の先には、やはり目指していた森があって……


 そして、


「よう、おそかったじゃねぇか」


 姿すがたの見えなくなっていた男が、そこにいた。

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