第4話 逃亡

 外は店内以上にさわがしかった。


 辺りは人で混み合い、空から差し込むの光もあいまって、かなりの熱気に包まれている。


 ぼうにはみせまで立ちならんでいて、まだまつりの一週間前だというのにずいぶんな混みようだ。


 それほどまでに四年前のあいが印象的だったのだろう。


 それもそのはず、あの試合はまさしく、あらたな伝説でんせつまくけといってもごんではなかった。


 初戦で前大会準優勝者を、決勝で前大会しゃを一対一で打ち破り、さらには二十歳という、大会至上しじょう最強とかたがれる初代勇者の初優勝時と同い年というせき


 これはまさしく伝説の再来さいらいだと、世界中が興奮こうふんうずみ込まれていた。


 その証拠しょうこに、がやがやとそこかしこでり広げられる楽しげな会話に耳をかたむけてみれば……


「今年も出るらしいな、白銀はくぎんせいセシル=クライス」


「なんでもパーティ含め、全員おうについてるらしいぜ」


「へぇ、あの人らもうまちに着いてんのかい」


「ってことは、ガイ様をぢかで見られるチャンスね!」


黒鎧こくがいよりも紅玉こうぎょくだろ。またバカみてぇな魔法ぶっぱなしてくれるの期待だわ」


「ばっかおめぇ、女で言うならシルヴィアさんよりユウナさんだろ。一度でいいからあの冷たいまなしにかれたいもんだぜぇ~」


「射貫くといったらゼファー様よね。正確げきするど眼光がんこう淡々たんたんと仕事をこなすあのしぶいところがまたたまらないわ」


職人気質しょくにんきしつってやつか、あいそうなジジイだわな」


「そのなさも魅力みりょくなのよ」


「職人気質といやぁサニーちゃんもだよな。あの子がいるからこそ全員が全力で戦えるってもんよ」


「ああ、今度はどんな伝説をみせてくれるか楽しみでしょうがねぇぜ」


 なんて、勇者パーティのだいで持ちきりになっていて……


「おお、セシルさんたちの話でいっぱいだ……!」


 その話題に混ざりたいのか、うずうずと身体からだきざみにふるわせひとみかがやかせる少年。


 なかには勇者パーティのそうをしている人までいてこれはぜひとも会話してみたいと突撃とつげきしようとしたが、となりに立つ少女に服のえりを引っ張られてされた。


 少年はその少女をうらみがましく見つめるも、とうの少女は仏頂面ぶっちょうづらでにらみ返してきて……


「…………」


 そのすごみにされ、少年は声を失いちぢこまる。


 それを半眼はんがんながめると、少女はつまらなそうにため息をつき、


「目立つことしないでって言ったでしょ? ……っていうか、あいわらずざつあつわれてるわねあの人。これだけの人がいるのに名前すら聞かないわ」


「グリードさん?」


 と、少年がつぶやいた言葉に、少女は目を丸くした。


「あら、よく知ってるわね」


 意外そうに言う少女に少年はかたをすくめると、少しだけな顔に変わり、


「そりゃあね。透徹とうてつどう、グリード=ギルティ。てきに回したら一番こわいよ、あの人は」


「へぇ」


 少女はどこかうれしそうに相づちを打つと、ゆっくり店の前から歩きだし、


「……あれ? 外に出るのって危ないんじゃなかった?」


 ふと、思い出したように少年が言った。


 少女は先ほど、に動き回るのはけんだと話していたはず。


 なのになぜ外に出たのかと、あふれる人混みに押されつつ、少年はいぶかるように先を歩く少女を見る。


 少女もまた人に流され、鬱陶うっとうしそうにまゆをひそめながら振り向き、


「ん~? まぁ、そうなんだけどね。でも確かめとかないと、いざというときこまるしね」


「ん? 確かめるってなにおぉぉぉぉ!?」


 なんて、少年はまたたく間に人に呑み込まれていって……


 少女はあきれたような顔で人混みにもぐり、ぐいっと少年の手を引いて言う。


「まったく、なにりくおぼれてんのよ」


「ご、ごめん。ありがと……こんなに人がいるとこ初めてで……」


 少年はったように青白い表情を浮かべて言う。


 少女はこれからのことを考えてか面倒めんどうそうにため息をつくと、はぐれないよう少年の手を強くにぎった。


 それから人の波にまれること十数分。


 二人は表通おもてどおりのすぐ横にあるへとなんするように入っていき……


「さて……じゃあ、わたしをかつげる?」


 しばらく路地を進み、喧騒けんそうがある程度遠ざかったところで、り向きざまに少女が言った。


「え? ……まぁ、いけると思うよ」


「その間が少し気になるけど、ちょっとやってみて」


 少し考え込むようにして答えた少年にうなずくと、少女はその場で両手を広げる。


 少年はそのわきに潜り込んで少女を担ぎ上げ、


「あ、君けっこう軽いね 」


「え、そ、そう? まぁ、たまに運動みたいなことしてるし当然かしらね」


 担ぐってほんとにもつみたいに担ぐんだなぁなんて思いながら、少女はれつつもまんげに言い、


「うん。この前ったクマより軽いよ」


「クマなんかとくらべないでくれる!? ……っていうか捕ったってなに!? そういうこと!?」


 クマと重さを比べられたことに対する憤然ふんぜんと、クマをめたのかという驚愕きょうがくに勢いよく振り返るも、かいにはその背中とこうとうしかうつらなくて思ったように問いただせない。


 変にムシャクシャとしてなんともいえない顔を浮かべる少女に気づくこともなく、少年は首だけで振り向き、


「それで? 確かめたかったのってこれのこと?」


 振り向いたところで表情は見えないためか、少年は平然へいぜんと問いかける。


 少女はどこか釈然しゃくぜんとしなかったが、ひとつ大きく深呼吸をして気持ちを切りえると、


「……まぁ、これも知っときたかったけど、肝心かんじんなのはその先よ。……この状態じょうたいで、どれだけ動ける?」


 少し真剣しんけんこわで言う少女に、少年は困ったようにあいた方の手で頭をかき、


「んー、どれだけって言われても……」


「建物の上、走れたりする?」


「え~? どうだろ、ちょっとやってみる」


 とげた次の瞬間しゅんかん、ダンッ! と強く地をみしめる音がした。


 気づけば少女はかかえられたままちゅうにいて。


 ゆうかんを感じ始めたときには少年が建物のかべってはび、蹴っては跳びを繰り返していて。


 そしてあっという間に少年はの上へとり立った。


 少年はふぅ、と小さくひとつ呼吸すると、ふむ、となにかを確認するように足を踏みしめ、キョロキョロと辺りを見回し……


「……ちょっと」


「ん?」


 と、その声にしきもどすと、少女はなにやらブルブル震えていた。


 少年はどうしたのかとげんな表情を浮かべて少女を降ろし、


「確かに建物の上走れるかって聞いたけどねぇ……いきなりこんな恐怖体験きょうふたいけんするになるとはじんも思わなかったわよ!」


「ええ!?」


 建物の上を走るには建物の上にのぼらないといけないじゃないか。


 確かになにも言わずにけ上がってちょびっとだけあぶないと感じた部分はあったけど、それでも彼女の言う通りにしたじゃないかと、少年は少女のじんいかりに動揺どうようする。


 少女はすう深呼吸を繰り返して呼吸を整えると、ジトッとした目を少年に向ける。


 そしてこしに手をやりながら、あきれたようにため息をつき、


「……でもまぁ、こんだけ動けるなら結構けっこう簡単に外に出れそうね。問題はこの移動法は目立つってとこかしら」


「そうだね。こんなことしてたらすぐに見つかっちゃうよ」


「こんなふうにか?」


「そうそう、こんな風に…………え?」


 声の方に振り向けば、男が立っていた。


 こちらと同じように、男たちが建物の上に立っていた。


 それはおよそ一時間前にあったばかりの三人組。


 そいつらは一様いちように、とってもいい笑顔を浮かべていて……


「って、もう見つかっちゃってるじゃない!」


 少女はあわてたように少年に飛びつき、そのさっした少年もまた慌てたように担ぎ上げる。


「早く走って! げるわよ!」


「逃げるってどこへ!?」


 バシバシと背中をたたくのは息しづらいからやめてほしいなとか思いながら少女に問うと、少女はキョロキョロと街を見わたし、


「えーと……門の方は人が多いから……あっち!」


了解りょうかいです姫様ひめさま!」


「姫様言うなッ!」


 さけぶようにこうする少女を抱えて、少年は力強く地を蹴った。


 少年は人ひとりをっているとは思えないほどの速度で走りっていく。


 やはりただ者ではなかったと確信し、男はてき口元くちもとをゆがめてそれを見え、


「……姫様、ね」


「どうするっすか?」


「追うに決まってるでしょう。ですよね?」


「ああ、けいがいは出すなよ」


『了解っす(です)』


 二人同時に言うと、そろって勢いよく駆けだしていく。


 しかし、指示を出した男はその場から動くことなく、どんどんと遠ざかっていく二人を眺めていて……


 そしてふと、その背中からせんをはずし、


「……にしても、こいつは少し目立ちすぎか」


 通りの方から、結構な数の視線を感じる。


 見下ろせばすぐにでも目が合うだろう。


 なかには知ってるやつやいやな感じがするやつもあって、男は厄介やっかいそうに顔をしかめる。


「祭り前のイベントだと思ってくれりゃあいいんだが……」


 そうでなければ思わぬ面倒ごとを引きせる可能性がある。


 男はダルそうに頭をかき、


「とりあえず、急がねぇとな」


 ため息混じりに呟くと、屋上おくじょうから姿すがたを消した。

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