第3話 交渉

「へぇ、あなた勇者祭に出るんだ」


 料理を口に運び、フォークをぶらぶらとらしながら少女が言う。


 場所はフェルバルト国のはんがいにある、こじゃれたレストラン。


 品数も多く値段も良心的りょうしんてきで、普段から家族連れやカップル客でにぎわう有名店だ。


 現在は勇者祭間近ということでがやがやといつも以上にさわがしいが、だからこそ少女はこの場所を選んだといっていい。


「ゆーひゃになりゅのが……ごくん、僕の夢だからね」


 その向かいの席には、海色のひとみをキラキラとかがかせながら懸命けんめいに料理をほおる少年がいた。


 この少年は先ほど追われていた少女を助け、そのお礼としてこの店に連れてこられたのだ。


 少年は運ばれてくる料理に手をつけては、まぶしいほどのじゃな笑顔でそれを食べ進めていて、


「…………」


 少女は頬杖ほおづえをつきながら、まるで品定しなさだめするかのようにその少年をながめる。


 少年は勇者にあこがれているのか、ときどき無意味にカッコつけたりわざとなぐられたりと、ところどころけてるしなんだかバカっぽい気もする。


 けれど、それでも実力は確かだ。


 自分の十倍はある高さから、無傷で飛び降りれるのだから。


 少女はスッとするどく目を細めて少年を観察かんさつし、


「……にしても、ほんとに好きなだけ食べていいの?」


「ええ、かまわないわよ」


「おお、貴女あなたはまさしく我が女神。ありがとうございまモグモグモグモグ……」


「…………」


 だがそれでも、実力だけは確かなはずなのだ。


 少女は半眼はんがんで自分の料理を口に運び、


「ねぇ」


 と、少年が言った。


 その口にはベッタリと真っ赤なソースがついていてあんたは子供か! なんてツッコミたかったが、なんとかその衝動しょうどうおさえ、少女は言う。


「なに?」


 それに、


「君はなんで追われてたの?」


 真剣しんけんな瞳だった。


 鋭いまなしだった。


 それもそのはず、少年は勇者を目指しているのだ。


 それも一種いっしゅ異常いじょうなまでに。


 そんな彼がもしも悪にたんしたとなれば、なにをしでかすかわからない。


 だが、まずちがいなく面倒めんどうなことになるだろう。


 だからその質問をされた少女は内心、


 ――きた、と思った。


 ようやくその話になった、とよろこんだ。


 お礼なんてただの口実こうじつ


 少女はこの話をするために、少年をここに連れてきたのだ。


 しかしここでへたを打ってはすべてが水のあわ


 おどりしそうになる心を抑え、少女は悲しげに目をせる。


「実はわたし、売られたのよ」


「えっ!?」


 目を丸くしておどろく少年に、少女は内心ほくそ笑む。


 しかしそれをおくびにも出さず、できる限りのそうかんただよわせながら、少女は続ける。


「それで、すきをみてげてきたの。あの人たちは用心棒ようじんぼうみたいなもので、わたしを取り戻そうと躍起やっきになってるのよ」


「…………」


 少年はしばし呆然ぼうぜんと固まり。


 たん、フッと、表情がけわしくなった。


 人身売買じんしんばいばい


 勇者を目指すという彼ならきっと、行動を起こすはずだ。


 その思惑おもわく通り、少年はかくを決めたように顔つきを鋭くする。


 どうするつもりだろうか。


 むか、少女を連れて逃げるか。


 もしかしたら衛兵えいへいに教えて街ぐるみの大騒動だいそうどうなんてのもあるかもしれない。


 少年がどんな選択をするか気になるところだが、あまりに過剰かじょうなことをされてはこちらも困る。


 ここはせんせいするのが吉だ。


 少女は力いっぱいににぎりしめられた少年の手を優しくつつむ。


 それに少年がハッとして目線を上げれば、瞳をうるませた少女がそこにいた。


 少女はおびえたようにフルフルと身体からだふるわせて、


「あなたの実力を見込んでお願いします。わたしを、まちの外へ連れ出してください!」


「もちろんですおじょうさん。貴女は僕がまもりします」


 少女の震える手を優しく握りしめ、少年は力強く答えた。


 少女はとどめとばかりにはかなげに笑い、


「ありがとう、わたしの勇者様」


「そうです貴女の勇者です!」


 少年はかつてないほどに瞳をきらめかせ、勢いよく席を立ち上がり、


「さぁ、そうとなればすぐにでも行動を――」


「待って」


 しかし、それを少女が引き止めた。


 少女は一転いってんしてめた顔に変わり、視線だけで座れとうながす。


 少年はいぶかしそうに首をかしげながらも、それにしたがってゆっくりとこしを下ろした。


 少女が言う。


「あなた、この街にきてまだ日があさいでしょ?」


「はい。先ほど着いたばっかりです」


「……別にけいじゃなくていいわよ。さっきまでそうだったでしょ」


ひめがそっちのがいいって言うなら……」


「姫ってのもやめて」


「えー……」


「えーじゃない。こっそり動こうってのに、子供がそんなガッチガチの敬語で話してたら目立つじゃない。それにとしだってそう変わんない……わよね?」


「ん? 僕はいま十四だけど……」


「なんだ、同い年じゃない。それじゃけいあやしまれるわ。敬語はなしでお願い。もちろん姫も」


「…………わかったよ」


 どれだけ姫と呼びたかったのだろうか。


 少年はとても残念ざんねんそうにうつむき、渋々しぶしぶそれを了承りょうしょうした。


 少女は頭痛を抑えるかのようにこめかみに手をやるも、切り替えるように軽く咳払せきばらいして、


「それで話の続きだけど……相手はかなりこの街に精通せいつうしてるわ。わたしも結構自信あったんだけど、全然けなかったもの。だから来たばかりのあなたとふらふら動けばあっさりつかまって終わり」


「じゃあ、どうすれば……」


「人混みにまぎれるのが一番だけど、それだとこっちも思うように動けなくなるわ。かといってに逃げ込めばさっきのまい


「なにそれすでにんでるじゃん」


「だから引き止めたのよ」


 少女はあきれたようにため息をつく。


 しかしこれは少年が思ってた以上に逃げ場のない状況だった。


 それでもあきらめるわけにはいかない。


 勇者とは、逆境ぎゃっきょうね返す存在なのだから。


 少年は表情を険しくさせ、どうするべきかうでを組んで考え始め……


「けど、ひとつだけ方法がある」


 という少女の言葉に、少年は目線をあわせる。


 姿せいくずさないながらも、目で「その方法は?」と問いかける。


 すると少女はにやっとした微笑びしょうに変わり、ズイッとテーブルに身を乗り出して、


「あなた、かなりがるよね」


「ん? そうなの?」


「あんなアクロバティックに飛び降りといてなんでそんなそうな顔してるのよ」


「いやだって、あれくらい二人もできるし」


「二人?」


 ピクリと片眉かたまゆを動かす。


 少年は思い出したように、


「ん? ああ、僕は三人でこの街に来たんだ。一緒いっしょに祭りに出るんだよ」


「……へぇ、そうだったの」


 三人。


 その人たちの力もりれば、追手おってと一対一で戦わせられる。


 そして自分はその間に街の外へ逃げ出せるかもしれない。


「あ、そうだ! 二人にも協力してもらおうよ! そうすれば簡単に外まで行けるよ!」


 その考えを見かしたかのように、少年が名案めいあんとばかりに口を開く。


 それを受けた少女は内心、なやんでいた。


 少年と同じくあれだけの動きをこなせるのならば、戦力としてはもうぶんないだろう。


 しかし、問題がないわけではない。


 この少年はあつかいやすいが、はたしてほか二人はどうなのだろうか。


 少年が抜けてる分、かなりしっかりしている可能性は十分にある。


 あるいはひねくれてたら非常に面倒だ。


 少女はこのかじ取りを失敗するわけにはいかない。


 おんいんは可能な限り排除はいじょしたい。


 しかし戦力は欲しい。


 悩みに悩んだ末に出した結論は、


「……いや、それはやめときましょ」


 苦渋くじゅうの決断だった。


 戦力は欲しいが争いたいわけではないのだ。


 あの追手と少年レベルの衝突しょうとつなど、街にそこそこのがいが出てしまう。


 場合によっては祭りをにきたお客さんにをさせてしまうかもしれない。


 少女は街の外に出たいだけで、街の評判ひょうばんおとしめたいわけではないのだ。


 いかめしく眉をゆがめる少女に、少年は不思議そうにこてんと首をかしげる。


「え? なんで? 二人ともすっごい強いよ? 三人そろえばできないことなんてないんだから」


 もんはもっともだが、それにしては大した自信だ。


 まぁ、たった三人で祭りに出ようなんて考える時点でおさっしというところか。


 ……と、そこまで考えてから、「あれ? 三人で出場するつもりとか、他二人も案外あんがい抜けてたんじゃない?」なんて思ったけれど、それはもういまさらだ。


 そちらに舵を取ってしまった以上はしょうがない。


 追手に見つからないうちに次に進もう。


 少女はさっさと気持ちを切り替える。


 そしてもじもじと、ずかしそうにほおを赤らめて、


「だって、わたしの勇者はあなただけだもの」


不肖ふしょうながら全力で御護りさせていただきます!」


 なんともれい敬礼けいれいだった。


 チョロいな、なんて思いつつ、少女は言う。


「それじゃあそろそろ出ましょうか。たよりにしてるわよ、勇者様」


よろこんで!」


 どこの元気な店員だ、というツッコミを胸にめつつはらいをませ、二人は店を後にした。

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