第1話 紅い少女

 アイネリアれき八三二年。


 あの伝説と呼ばれる試合から四年がち、再び勇者祭が近づいてきた。


 前回の影響か、一週間後に差しせまった祭りをひとようと街はあふれんばかりの人でごった返し、ざわざわとした喧騒けんそうと、楽しげな活気に満ちている。


 そんなにぎわいに包まれた街の片隅かたすみ


「はぁ……はぁ……」


 表通りとは打って変わった静かで薄暗うすぐらを、一人の少女がけていた。


 しんかみり乱し、息を切らしながらも懸命けんめいに走る。


 時折ときおりサファイアのようにきらめくひとみをきょろきょろと動かしてはサッと路地の小道へ身をかすし、めいのように入り組んだ路地をスルスルと駆け抜ける。


 どれだけそれを続けたのか。


 少女はつかれが限界に達したように、ふらふらと足をふらつかせてかべへともたれかかり、


「鬼ごっこは終わりか?」


 突然男の声が降ってきた。


 少女はビクリと全身を硬直こうちょくさせ、びついたかのようにぎこちなく、声の方へと首を回す。


 すると、目を向けた路地の間から男が現れた。


 三人組の男。


 一人は自信気な剛健ごうけん


 一人は軽薄けいはくそうな中肉中背ちゅうにくちゅうぜい


 一人は知的な痩身長躯そうしんちょうく


 そいつらは一様いちようににやにやといやらしく口をゆがめながら、少女へと歩み寄る。


「別にがいを加えるつもりなんかねぇんだぜぇ? 俺達はよぉ~?」


「そうっすよ~? あんたさえ大人しくしてくれてりゃ、こっちはなんもしねぇんすから~」


「だからな~んも抵抗ていこうしないでくれると、おたがい助かると思うんですよねぇ~?」


 三人組はかたの高さまで上げた両手を半開きにしながら、じりじりと少女との距離をめる。


 少女にとってこの街は庭のようなものだった。


 うら路地の構造だってほとんどあくしていた。


 だからこそかいが悪く、複雑ふくざつに入り組んだここに逃げ込んだのだが……まさか向こうもここまで正確に把握していたとは計算外だった。


 少女は呼吸を整えながら身体からだくようにして後ずさり、勢いよく振り返ってげ出そうと、


「あっ!」


 恐怖きょうふこわってしまったのだろうか、足を思うように動かせずにつまずいて転んでしまった。


 りむいた傷の痛みに顔をしかめながら、それでも少女は逃げようと起き上がり、


「だから逃がさねぇっての」


「いたっ……!」


 そこへ男の手がび、うでつかまれてしまった。


 腕を乱暴らんぼうに引っ張られ、もんの表情を浮かべる少女。


 それを気にも止めず、男たちは顔を合わせて笑いあう。


「さて、これでらい完了かんりょうだな」


「けっこー楽勝らくしょうだったっすね」


「まぁ、僕らにかかればぞうもないことですよ」


「は、はなして!」


 どうにかして振り払おうとじたばたあばれるも、男の身体はどうだにしない。


 少女と男とでは力の差がありすぎるのだ。


 少女のささやかな抵抗を小動物のたわむれとでも感じてるのか、男はそれをどこか微笑ほほえましそうに見つつ、落ち着かせるように言う。


「おいおい、あんま暴れんなって」


「そうっすよ。こんな裏路地、どうせ助けなんか来やしないっす」


「そうですよ。今は祭りでさわがしいですからね、さけんだところで聞こえやしませんよ。ですから抵抗なんて時間と体力の。大人しくしといた方が身のためです」


「ッ……!」


 男の言葉はもっともだ。


 こんな奥まった裏路地にすらかすかな喧騒が聞こえてくるのでは、少女が叫んだところで届きはしないだろう。


 少女はくやしそうにくちびるめ、


「誰か助けてッ!!」


 それでもつかまるわけにはいかないと、できる限りの大声を張り上げる。


 そんな少女に男たちは肩をすくめ……


「君のいたましい心の叫び、僕が確かに聞き届けたァ!」


 いさましくのある声が、裏路地にひびいた。

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