忘れ形見の後継者

水沢洸

プロローグ 新たな伝説の幕開け

随分ずいぶん手こずったが、これで終わりだ」


 がい


 男が剣を振り上げる。


 かなり使い込んでいるのだろう、刀身とうしんのところどころにこまかな傷がみえる。


 けれどもそのかがやきには一片いっぺんくもりもなく、天頂てんちょうからの陽光ようこうをまばゆくり返していた。


 それはさながら、どうの中の英雄えいゆうや、勇者ゆうしゃの姿そのものといったところだ。


 ……ただまぁ、それは当然の話だろう。


 これはそういう試合なんだから。


 ルフレイア大陸のフェルバルト国で、四年に一度行われる祭典さいてん


 勇者祭。


 かつて世界を救った者たちが始めたとされる、平和を願う記念の祭り。


 今年はその第七十三回、その決勝戦がいままさに行われていた。


 男は剣を高々とかかげ……


「あはは……さすが、前回のファイナリスト。スッゲェ強いわ」


 と、石畳いしだたみの地面にあおけでたおれている青年がつぶやいた。


 青年は左手を裏向けて目の上に乗せ、かわいた笑いを浮かべる。


「初戦でその前回準優勝者ファイナリストを破った男が何を言っている」


「いやいや、あれはたまたまラッキーだっただけですよ。現に俺はこうして倒れてる」


 倒れた青年に致命傷ちめいしょうはないが、細かな傷はよく目立つ。


 対し男にはかすかな傷一つ付いていない。


 それほど二人の力量には差があった。


 青年は言う。


「そんでやっぱ、俺ってまだまだ全然だなぁ~って思うわけですよ」


 そう言ってつかれたようにため息をつき、


「ほんっと、まだまだなんだよなぁ~……俺達の、物語は」


 青年の口が、ニヤリとゆがんだ。


 ――直後、二つほど向こうのがいで大きな衝撃音しょうげきおん炸裂さくれつした。


 そこを中心として建物がくずれだし、巨大な土煙を上げては大量の破片を飛び散らす。


「……向こうは随分とにやってるな。このままだとここもみ込まれる。悪いがこれ以上話す時間はない」


 男はそれを一瞥いちべつすると、天高く振り上げた剣を真っ直ぐ青年に向けて振り下ろし……キィン! と、その剣は一瞬甲高かんだかい金属音をひびかせ、青年のすぐ上を過ぎ去った。


「ッ、狙撃主スナイパーか……!」


 男は突然剣に振りかかった衝撃にバランスを崩すもすぐに立て直し、くうを切り裂いた勢いそのまま回転すると、再び青年へと斬りかかる。


 しかしその剣閃けんせんも姿をにんできないほど遠くから放たれる銃弾によりどうを変えられ、青年に届くことはなかった。


 なんとも正確げきだ。


 敵ながら称賛しょうさんあたいする。


 しかしこのままでは勝利条件のひとつである『敵チーム大将の撃破』を満たせない。


「カナ! えんを!」


 このままでは勝てないと、男はさけぶ。


 それだけで仲間に通じるからだ。


 彼の仲間にはを扱える魔導師がいる。


 その者が連絡役となり全員をつなげ、それぞれの状況を伝え合いフォローをしあう。


 それが彼らの戦い方だった。


 しかし……


「……応答はなし、か」


 それはつまり、連絡役がやられたことを意味する。


 そしてそいつは『宝玉』と共にカナの結界に護られていたはずだ。


 この宝玉は、もうひとつの勝利条件。


 敵チームの宝玉をこわせば勝ち、壊されればけだ。


 つまりこの瞬間、彼らの敗北が確定した。


 男はあきらめたようにうでから力を抜き、


「ちょっとちょっと、なに諦めた顔してんですか。勝負はまだ終わってないでしょう?」


 と、青年が立ち上がり、さわやかに笑って言った。


 男は何を言っているんだとばかりに眉をひそめ、剣をおさめる。


「ハーゲンがやられた。あいつは宝玉と一緒にいたはずだ。ならばもう、勝負はついてる」


「俺たちが目指すは勇者でしょう。それならどんな逆境ぎゃっきょうだろうと諦めずに立ち向かわなくちゃ」


ようあらそいをけるのも、勇者だと思うがな」


「あ、それいちありますね」


 あるのかよ、と男はげんなりする。


「でもね」


 しかし、それは一理。


 勇者たるはそれだけでないと、青年は続ける。


「昔の話聞いてると、思うんです。あの頃、誰もが諦めてた世界で、ただ勇者の一団だけは諦めなかった。不可能だと、必然ひつぜんだと、国王すら諦めていた世界で、彼らだけは可能性をてた。だから、さ……」


 そこまで言って、青年は男を見る。


 男のひとみを、真っ直ぐにえる。


 それに思わず、ため息をつきそうになった。


 敗けの決まった勝負。


 それでも諦めずに戦えなんて、馬鹿もいいところだ。


 けれど、それが勇者。


 それこそが勇者なのだ。


 かつて世界にきらわれ、わらわれた大馬鹿者こそが、いまは勇者とたたえられているのだから。


 男はため息の代わりに、ほほみをこぼす。


「わかった。諦めないでやるよ。それで? 制限時間はどうするつもりだ?」


「ああ、宝玉は壊さない」


「は……?」


 男はおどろきのあまり口を開けたまま呆然ぼうぜんと固まり、


「宝玉は壊さない。制限時間はなしだ。俺とあんたの一騎いっきち。勝った方が勇者だ」


 それは実にふざけた言葉だった。


 馬鹿げた宣言だった。


 青年は先ほど一騎討ちに破れ、地に伏していた。


 それも、男に一太刀すらもびせられずに。


 確かに見込みはあるし、後半は対応していたが、それでも勝てるとまでは思わない。


 青年は勝ちを目前にして、優勝を目前にして、勇者をてるというのだ。


 男は怒りにこぶしふるわせ、眼光がんこうころすほどにするどくする。


「随分と、められたモンじゃねぇか……!」


「舐めてなんかいませんよ。言ったでしょ? 勇者は逆境をね返すんです」


 青年はさも当然のごとくそう言って、剣をかまえる。


「さっきは負けた。でも今度は負けない。俺はえて、伝説になる!」


 たん、風が吹いた。


 青年の銀髪がなびき、金の瞳が強く輝く。


 そのうるわしく、力強く、まさしく勇者だ、なんて思ってしまった。


 が、男は気の迷いだと一笑いっしょうす。


 しかし、もしも、もしもそうであるならば……と思い、ゆるんだほお獰猛どうもうに引き上げ、さやから剣を抜き放つ。


「……はは。そいつはいい。なら超えてみろや、このをッ!」


 男は叫び、けだした。


 青年もそれに合わせて走りだし……































 ――その戦いはのちに伝説の一戦と呼ばれ、世界中の者たちが魅了みりょうされることとなった。





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