最悪なデート

デート前日。


初めてのデートということもあり、どんな服を着たらいいか分からなかった渚は母親に相談したのだが、母親の方は娘のデートであり自分のデートでもないのに、渚と服を選びながらどこか嬉しそうだった。


「こっちはどう?」

とワンピースを見せると

「それはちょっと薄いから、これとこれの組合せは?」

なんてスタイリストみたいだ。


「お母さん嬉しそうだね。お母さんのデートじゃなくてあたしのデートなのに…」

と呆れ気味に言う娘に対して母親は

「だって嬉しいんだもん。中学の頃のあんたって、毎日のように辛いよなんて泣いては学校に行きたくないなんて言ってたでしょう?そんなあんたがデートなんて成長したなぁって思って。最近何だか楽しそうだし」

とニコニコしながら言う。


渚は自分でも気づかないうちに、口に出してはいないが、学校を楽しいと思うようになっていたようだ。


中学の頃に比べると成長した娘の姿を見て嬉しそうな母親に、渚もまた嬉しい気持ちになるのだった。


次の日。


待ち合わせ場所に30分も前に着いた渚。

ちょっと張り切りすぎたかな?とつぶやきながら大和を待つ。


…pipipi pipipi…


ちょうど12時半になった頃に携帯の着信音が鳴った。

画面を見ると表示は…桑原大和


「もしもし」

「ごめん。今電車が遅れてて、そっちにはあと15分くらい遅れる」

と慌てた大和の声だった。


電話を切ったあと渚は

「完全に張り切りすぎたな…」

と自分で自分に苦笑するのだった。


あと15分どうしようかな?と考えながらボーッと待っていた渚。


大和の携帯が鳴った。


「もしもし、青野渚さんですか?初めまして、大和の先輩の柏崎かしわざき真人まことです」

「初めまして」

渚は、なぜ大和くんの携帯に先輩が…?と思いながらもあいさつをした。


「今日…大和と…デートなんですよね?純の携帯に電話したら、今日は大和とデートなのにって…驚いてたから。実は…待ち合わせ場所に向かう途中で…だと思うんですけど、大和が…事故に遭ってケガしたんです」

震えているのか、言葉を詰まらせながら言う先輩。


「今どこにいますか?」

「三宮駅にいます」

「じゃあ、今から車で迎えに行きますね」


そしてすぐに先輩が車で迎えに来てくれた。


しかし、車に乗り込んだ瞬間突然、何者かにハンカチのようなもので口を押さえられ、そのまま意識を失うのだった。


ゆっくりと目を覚ます渚。


周りを見渡すと、そこは病院…ではなく、床や壁がコンクリートで覆われた倉庫のようだった。


ようだった…ではなく倉庫なのだが、意識が朦朧とした状態の渚はハッキリと場所が分からなかった。


しばらくしてやっと意識がハッキリとし始めた頃


…コツンコツン…

とヒールのような音が倉庫中に響き、渚が振り返るとそこにいたのは女子3人組。


渚がゆっくりと

「…ここは…どこ?」

と聞くと真由が

「ようこそ!あ・お・の・な・ぎ・さ・さん。ここは倉庫ですよー」

と言い、3人は顔を見合わせるとクスクスと笑い合った。


「なんで……?なんで…?」

訳が分からず、なんで?なんで?と繰り返す渚に美香が

「もうそろそろ分かるんじゃない?」

と言うと、そこに現れたのは大和だった。


「…どうして…?なんで…?」

「ごめん。渚ちゃん」

「事故に遭ってケガしたって…ケガは?」

という渚に

「事故には遭ってないし、ケガはしてないよ」

と答える大和。


ロープで手と足を縛られていて身動きできない渚に、大和はもう1度

「ごめん。渚ちゃん」

と言った。


ショックで呆然となる渚。


そんな渚に真由が

「青野さんって、大和があんたのこと本気で好きだとでも思ってたわけ?」

と言い、ショックで何も言えずにいる渚に

「うぬぼれるのもいい加減にしな!大和があんたのこと本気で好きになるわけないじゃん」

と言うのだった。


「…言ってくれたのに…」

「はぁ!?」


「…大和くん言ってくれた。あたしといて迷惑じゃないの?って聞いたら、好きだから迷惑なわけないじゃん!って。中学のとき、あたしがイジメられるようになった途端それまで一緒にいた友達が、自分も悪口言われるんじゃないかってビクビクしながらあたしといるようになった。終いには無視するようになった。だからあたしがいると迷惑なんだってずっと思ってきた。だから大和くんの言葉はすごく嬉しかった。あの言葉は嘘なの?」


「超迷惑やった。あり得ないぐらい迷惑やった」

大和の言葉をニヤニヤしながら聞いている3人。


「…あの時までは…」


それまでニヤニヤしながら聞いていた3人が、えっ!?という表情になる。


「あの時って?」

「一人っ子の話しで盛り上がったとき。あのときは何でか分からんけど、楽しかった」

「ちょっと!話しと違うんだけど」

と大和の言葉にそうキレる真由。


「でもごめんね。渚ちゃんには辛い思いを今から味わってもらうから。もうそろそろ来るんじゃないかな?」

「誰が来るの?」

「純。渚ちゃんも知ってるよね?純とオレが中学から一緒なの。純の携帯番号知ってるから呼んどいた。」

「…ヒドイ!…純くんは何も悪くない。関係ないのに!」

少し震えながら言う渚に大和は

「関係ないよ。だけど今頃きっと、渚ちゃんが辛い目に合うって思って慌てて駆けつけてるんじゃないかな?渚ちゃんには純がいれば大丈夫だしね」

と言った。


横にいた3人が一瞬怪訝な表情になった。


そのときだった…


「渚ちゃん!」

慌てて来たのだろう。

息を切らした純がやって来た。


「…純くん…」


純が来た瞬間、今にも泣きそうな渚の隣の大和が、なぜかホッとした顔をした。

大和のホッとした表情に女子3人と純は気づいていない。


「オマエッ…!何やってんだよ!」

今にも殴りかかりそうな勢いで、大和の胸ぐらを掴む純。

しかし純は、殴りそうになった手を引っ込めた。

そんな純の姿に大和はまたホッとする。


「大和お前、今日デートだろ?何でこんなこと…」

「これが今日のデートだよ」

純の言葉にしれっと答える大和。


「お前渚ちゃんのこと好きだって。本気で好きだって言ってたじゃん。付き合うことになったってときも、オレに嬉しそうに報告してきて。あの気持ちは嘘だったのか?」

純の言葉に思いきり笑った大和は

「純ってバカなの?渚ちゃんのこと本気で好きなわけないじゃん!」

と言うと、横で聞いていた女子3人がクスクスと笑った。


真由が

「青野さんって、大和くんが本気で青野さんのこと好きだと思ってたわけ?バッカじゃないの。青野さんのこと好きになる人なんているわけないじゃん。青野さんのこと好きになるなんて立岡くんぐらいだよ」

とさっき言ったことと同じようなことを言って笑う。


渚自身最初は大和のことを疑っていた。

本気で自分のことが好きなのだろうか?と…

しかし、本気で想いを伝えてくれる大和に最後は信じようと決めたのだ。

だから最初は断っていた告白の返事も、OKしたのに…


さっきよりもショックな気持ちになり、涙が出そうになる渚。


美香が

「泣きそうになってるー!」

とケラケラ笑うと、今度はつぐみが

「泣きたいなら泣けばー?」

と笑った。


すると真由が、渚の足を踏み始めた。

踏まれた渚の足はジリジリと痛み、渚は顔を歪める。

そんな渚の反応を楽しむ3人。


真由が

「もっと踏んであげようか?」

と言い、渚の足をさっきよりも強く踏む。


そんな3人を、一緒に渚をイジメていたはずの大和が

「ちょ…!それはやりすぎ…」

と言って止めに入った。


仲間であるはずの大和に止められて驚いた顔をする3人。


そして真由が大和を睨み付け

「何で止めるの?こんな奴庇う必要なんてないんだよ!」

と言うと何も言えなくなる大和。


そんな大和の姿を3人は、小馬鹿にしたようにフッと鼻で笑った。


そのとき…


誰か来たのだろうか?

ガチャガチャという音が倉庫に響いた。

誰か来た!と察した女子3人が、慌てて真っ先に逃げた。


そのあとに逃げようとした大和が、ふと立ち止まり渚の方に振り返ると、渚に近づいた。


そして渚の耳元で

「渚ちゃんの優しさ、嬉しかったよ」

と囁いた。


そして逃げ去って行った。


渚の元へ駆け寄った純は、渚の手足に縛られているロープをほどいた。

さっきのガチャガチャという音は空耳だったのか人の来る気配はなかった。


ロープがほどけた瞬間、純に思いきり抱きついた渚は

「…怖かった…怖かった…」

と言って泣いた。


そんな弱々しい渚を純は優しく抱きしめ

「守ってあげられなくてごめんな…」

と言って謝った。


そしてようやく落ち着いた渚に純は

「帰ろうか!」

と言った。


しかし、立とうとした渚は

「イタッ!…」

さっき足を踏まれたせいで、足に鈍い痛みが走った。

渚は痛みでヘタり込んだ。


純は渚に背を向けると

「乗れよ!」

と自分の肩の辺りを軽く叩きながら言った。


「恥ずかしいからいいよ」

と言って再び立とうとした渚だが、やはり立てずにヘタり込んだ。


やっぱりな…って顔をする純。


「恥ずかしいとか言ってる場合じゃないだろう…なんならお姫様抱っこしようか?」

「もっと恥ずかしいからいい」

そう言って純の背中に乗っかった。


おんぶされた状態の渚は

「重くない?大丈夫?」

と申し訳なさそうに聞いたのだが

「大丈夫!気にするな」

と純が言ったので、渚は純の背中に委ねた。


純くんの背中って大きくて温かいな…と思う渚と、渚ちゃんのことをしっかり守ろう…と改めて決意する純。


そんな2人の姿を夕日が眩しく照らすのだった。

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