第632話

 つまるところ、そのトチ婆に成り代わった人物が居る。しかも、美人で器量よしでこちらの売り上げもあがったりというもの。

 女の話を要約するとそうであった。


 まぁ、多少の愚痴は仕方ないとして、朝倉が訝しんだのはトチ婆について、誰も行方を知らないことだ。


「こういう仕事してるとね、ときどきそういうのにさらわれる娘も出てくるのよ。そのあたりはあたし達も自己責任、最低限の防衛はしてるんだけどね」


「けど、トチ婆だって、備えはしてたんだろう」


「歳が歳だったからねぇ。正直、愛称じゃなくて本当に婆さんだったから。乱暴な客に当たったら、どうなっちゃうか」


 聞きたくない話ではあった。

 この場に純粋な弟子を連れて来なくてよかったと、心の底から、朝倉はそのことに安堵したくらいだ。


 しかし、女の話はとある思いを朝倉の中に確信させた。

 逆だろう。年老いた夜鷹だからこそ、身を守る術を熟知している。おそらく、半ば脅すような形で、サービスへの対価をせしめるようなこともしたはずだ。

 そんな女がなんの痕跡もなくいなくなる。


 あり得ない。


 おそらく事件のは真相はそこにある。朝倉はそう確信して、女にそのチヨ婆の縄張りにして、新しい女のいる裏路地について尋ねたのだった。


【つづく】

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