第576話 サバイバルの師匠

 魔法使いであると同時に格闘家であり、同時に冒険家でもある朝倉。

 以前、山籠もりをした時のように、時々彼女は武闘家そして冒険家としての血を騒がせて、あえて危険とされる場所に足を運んだりする。


「師匠、そんな剣山みたいな山を登って――おっこちたらどうするんですかぁっ!?」


「馬鹿野郎、ノエル話しかけるな。いいか、山羊はこんな断崖絶壁を、あの硬い蹄で登るんだ。野性の勘で、決して崩れぬ足のかけ先を選んでな」


「だからって、なんで師匠がそんなことする必要があるんですか!!」


「俺の中の野性を研ぎ澄ましているんじゃないか」


 崖を前にして命綱もなしに、指先だけでよじ登っていく朝倉。

 それを下から心配そうに見上げるノエル。


 はらはらと神妙な顔をしてそれを眺める弟子の額に汗が流れたその時――。


 朝倉の伸ばした右手が岩を滑り、つるりと、彼女の体が宙を舞った。


「し、師匠ぉおおおおっ!!!」


 と、叫ぶ弟子の声と裏腹、ふわりその場に浮く朝倉。


「あー、やっぱ、命綱代わりに、浮遊魔法使えると、山登りの時便利でいいわ」


 嘘くさい野性もあったものである。

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