第470話

 姉弟子を売ったアホな弟子に正座をさせて、懇々と言って聞かせた朝倉。

 ここを追い出されたとなると、彼女が向かう場所はだいたい見当がつく。


「師匠。クローデットです、お邪魔しますよぉ」


 二人の共通の師匠であるパラケルススの場所であろう。

 案の定、郊外どころか辺境にある彼の工房へと出向くと、その机の上につっぷして、さめざめと泣く姉弟子に朝倉は遭遇した。


 まぁ、誰だって困った時に頼るのは、親か師匠かというものである。


「クローデット。そろそろ来る頃かのうとは思っておったぞ」


 そう言って、趣味の盆栽を手にして家の奥から顔を出したのはパラケルスス。

 もはや弟子を取るどころか魔導書の執筆すらしなくなった、この半隠居の老魔法使いは、苦い顔の不肖の弟子二人を眺めてケタケタと笑った。


「大変じゃのう、おんしらも」


「いや、俺は大変じゃないですよ。大変なのは南条だけ」


「そうですわよ。こんなことになるんなら、出すのではありませんでしたわ」


「まぁ、魔導書造りは、書くことより売ることのが難しい。そんなご時世に、これだけ売れたのだ、もっと喜ばんかい」


 そう言うパラケルススもまた、若い身空で後に魔法学の王道教科書ともいえる、魔導書そ数冊書き上げて苦労をした人間である。

 逃げるように山奥に隠遁し、大陸最強の肩書を持ちながらも、密かに朝倉や南条といった弟子を育てていただけに、その言葉は少しばかり重たかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る