第13話 「冬」「黒」「ケチャップ」

 とんとん、とんとん。

 子供の頃からこの音が好きで、憧れていて、いつかは自分にもできるようになりたいと、ずっと願っていた。

 とんとん、とんとん。

「さて、次は玉ねぎ」

 小さく切った鶏もも肉をボウルに移して、軽く塩コショウを振りながら私は宣言する。

 やるべきこと。やりたいこと。

 タスクが積み重なって、それを一つずつこなしていく。

 それはまるで道筋を立てて物語を作っているようでもあって、気持ちがいい。

 ころころとボールのように転がる玉ねぎを抑え込み、まず真っ二つに切る。ごろん、と抑えてなかった片方がまな板の上で揺れた。

 そのまま取り上げて皮を剥き、再びまな板へ。縦に切れ目をまず入れてから、十字になるように切っていく。そうすると簡単にみじん切りが出来上がる。

「うぅー」

 玉ねぎが染みたのか、私の目から涙が垂れた。ひりひりと痛みもある。

 そういえば、初めてキッチンに立ったときも同じだった。

 小学校の三年生ぐらいの時、慣れない包丁を使って、今思えば一生懸命に玉ねぎを切って切って切り刻んで、その挙句に玉ねぎの復讐にあって泣かされた。お母さんに教わってその通りに切ったはずなのに、出来上がった不揃いの玉ねぎたちを見て口を尖らせたのも記憶に残っている。

 そんなことを考えているうちに、丸々としていた玉ねぎは小さなさいころ状に変わっていた。それらをすべて別のボウルに移して、次に。

「とはいっても、ここらはちょっと手抜きでっと」

 取り出したのは、凍ったジップロックの袋だ。中にはわずかに霜を帯びた、緑と赤と黄色が絡まっている。ピーマンと赤黄それぞれのパプリカだ。小さく切っておいて冷凍しておくと使いたいときにこうしてすぐ出せるので、重宝している。

 袋の中から一つかみ程砕くと、そのまま水にさらして氷を解かす。ほんのり柔らかくなってきたところでキッチンペーパーで水気を取り、まな板に転がしてようやく細かく切っていく。

 そういえば、よく「ピーマンが苦手」という子供の話を聞くが、私はそうではなかった。好き嫌いは多い方ではあったのだけれど、ピーマンは特に苦手意識を持つことはなかった。お弁当に入っているピーマンの肉詰めなんて、一番と言っていいぐらいの好物だった。

「あ、そだそだ」

 そう考えたところで思い出し、忘れないうちにとピーマンたちを小皿に放り込んですぐに冷蔵庫へと向かう。

「ケチャップを出しておくのを忘れてたよ」

 半分ほど使ったケチャップのチューブを取り出して、テーブルの上に並べておく。そこまで焦らなくとも後の段階になればどうせ思い出さざるを得ないものではあるのだけれど、料理はスピードとスムーズ感が重要だと自負している以上、下手にレイテンシ(意味あってるっけ?)をかける必要はない。

「さてっと。これで準備も整いましたし」

 言って、私はようやくフライパンに火をかける。ガスに炙られるちょっと大きめのフライパンへ、オリーブオイルを適当に注ぐ。サラダ油でもいいのだろうけど、これは私のちょっとした贅沢、というか懐の贅肉的なものだ。少しぐらいはモノで豪勢な気分になりたい。

 温まってきたらそこへ玉ねぎを放り込む。じゅうじゅうと気持ちのいい音がフライパンから上がった。

 私のこだわりポイントはここだった。どうしても、玉ねぎの生の触感が残っているのが嫌で、じっくりと柔らかく、いっそのこと溶けるぐらいまで私は炒めるようにしている。

 かたかた、かたかた。

 木べらで混ぜながら十分すぎるほど玉ねぎが飴色になったところで、鶏もも肉とピーマンを入れる。玉ねぎを炒めた勢いでそれらも混ぜこぜにしていく。

 肉の色が変わって、十分に火が通ったと思ったところでケチャップを入れる。チューブの残りを全部入れるぐらい御勢いで絞って、具材をひたひたにしていく。

 これは、料理番組で見て覚えた方法だった。

 もともと、ご飯を入れてからケチャップを混ぜていたのだけれど、料理番組曰く、先にケチャップで具材を炒めておくと、ケチャップの水分が飛んで、ご飯と混ぜた時にべちゃっとしなくなるとか。試してみると確かにその通りで、今まで感じていたべっちゃり感がなくなっていた。それ以来、この方法を使うようにしている。

「と、いうことで、ラストの主役さんを投入っ」

 お茶碗に山盛り気味に盛っていたご飯をフライパンの中に放り込む。ちなみにこのご飯は昨日の残り物だ。

 切るように混ぜていく。次第に白かったご飯が、ケチャップの赤色に染まっていく。

「んー。おいしそう」

 そう呟くと、心なしか木べらを扱う手が早くなる。というよりは、お腹がすいているので、一刻も早く作り上げたい。

 だけど、焦りは禁物。ここで適当にしてしまうとおいしくなくなってしまう。

 そんな風に落ち着かせながら、丁寧にご飯と具材たちを混ぜ込み、味の調整に塩糊料を振っていく。そのまま、かたかた、かたかたと木べらを振るい、フライパンも振るう。

「よっし、できたっ」

 額をぬぐいながら、宣言する。

 赤、というよりはオレンジ色に染まったご飯は、見るからに食欲をそそる。その中からちょこちょこと顔をのぞかせる、ぷるんとした鶏肉や、鮮やかなピーマンは見た目にも綺麗だ。

「――じゃあ、最後」

 出来上がったチキンライスを形を整えて皿に移し、再びフライパンへ。

 水でさっと洗ったフライパンを火にかけて、オリーブオイルを垂らす。広がったところで、用意していた溶き卵を入れる。

 じゅう、と音を立てながら卵は固まりつつ広がっていく。よくテレビで見るような、ナイフを入れてとろっと広がるオムレツは作れないので、フライパンをくるりと回して円形の薄焼き卵を作っていく。できるだけ大きく、ご飯が完全に隠れるぐらい。

 初めて料理を――オムライスを作ったとき、私は失敗した。

 単純な失敗だった。ご飯を炒めすぎたのだ。火が強かったのも原因で、フライパンにはこびりつくわ、ご飯の一部はおこげみたいに黒くなっちゃうわで、悲惨なものだった。

 そんな私に、お母さんがこう言ったのだ。

「卵で隠しちゃえば分からないからいいのよ」

 今思えば、雑というか乱暴というか、大雑把で私が失敗したこと自体はフォローしてくれてもいないのに、その時の私は少しだけ救われた気がした。

 そして、お母さんに見守られながら、フライパンの上に大きな薄焼き卵を作った。

「ふふ。懐かしいなぁ」

 薄焼き卵を滑らせるようにして、皿の上で待機していたチキンライスに乗せる。ふわりと、滑らかな曲線を描いた卵は、もうこれが何なのかを一目見ただけで分からせる存在感がある。

「オムライス完成っ。って、あ……」

 皿を持ち上げようとして、気づく。

「あー……ケチャップ使い切ったんだった。ま、いっか」

 思えばパセリのことも忘れていたが、合わせてあえて忘れてままにしておくことにする。何より、お腹がすいているのだ。

 皿を小さな食卓へ。飲み物と、スプーンを添える。

「さて、いただきます」

 今日のオムライスは、上手くできているだろうか?


fin


「冬」「黒」「ケチャップ」

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