第10話 「卒業式」「犠牲」「最高の時の流れ」
――思えば、色んなものを無駄に、そして犠牲にしてきた。
「ねぇねぇ、きみ。いい表情してるよね。写真撮っていい?」
きっと始まりはそこだ。
高校の入学式。講堂でながったるい挨拶を、教室で無駄に暑苦しい熱意を受け、ようやく解放された時だった。
大きなカメラ――そのころは一眼レフの存在を知らなかった――を首からぶら下げた女子が、突如そう声をかけてきた。顔には見覚えがあった。先ほど、自己紹介を聞いたばかりだったからだ。
その言葉の意味を俺はほとんど理解できず、理解する間も与えられず、あいつはシャッターを切っていた。そこから全てが動き出した。
「きみさ。部活は? 良かったら、あたしの手伝いしてくれない?」
もちろん、その後に言われたこの言葉も、俺は反論もできずに従うことになった。まぁ今となって思えば、強気で突っぱねて距離を取ろうと思えば取れたのだろうが、当時はそこまでしようとは思わなかった。元々入ろうと思っていた陸上部も、人数が少なかったりして雰囲気が微妙そうだったのもあったのかもしれない。
それから、俺は連れまわされることになった。
目的は写真撮影。被写体は基本的にその時々の気分。
だから、当日にならなければ行き先が分からないというのはざらで、酷いときは集合場所に到着して「じゃあどこに行こうか」と尋ねられたりもした。この話のミソは、俺が例としていくつか挙げると「そこは面白くなさそう」とほとんど却下されるところである。なんだかんだ言って最終的にはあいつが気分で「じゃああっちに行こう」などと決めるのだ。
そんな時間が長く続いた。
本当に長かった。
季節も問わず、場所も問わず、時間を過ごした。
だからか、少なからずハプニングもあった。
一番酷いものは、俺があいつのカメラを落として壊した時だ。
いつもにこにこ元気そうにしているあいつも、その時ばかりは顔を真っ赤にして、涙まで浮かべて怒っていた。でも、仕方ないことだと、俺はそれを受け入れた。そりゃそうだ。俺が落として壊したのだから、言い逃れなんてできない。
どうしたかと言えば、俺はバイトを始めた。
あれだけ毎日のように絡んできていたあいつが口をきいてくれなくなったのも丁度よかったと言えばよかったのかもしれない。高校生でできるバイトなんて限られているが、それでも時給のいいところを探して、必死で働いた。
そして、壊してしまったカメラを、買って返した。
でも、それで許してもらえるほど単純じゃなかった。それは俺もわかっていた。あいつのカメラは、あいつの叔父さんから譲ってもらった大事なものだって知っていたからだ。
それでも、俺は最低限、そうすることしかできなかった。ひたすら謝って、本音を伝えて。
結論から言えば、あいつは許してくれた。決め手になったのは、弁償のカメラだけじゃなくて、俺の分もカメラを買ったことだったようだ。
元はと言えば、俺もカメラに多少興味が出てきたところだった。だから壊してしまった時もあいつのカメラを触ってみたくて、お願いした時だった。
それからは、俺はあいつにカメラの使い方を教えてもらうようになった。
まぁ、なんだ。
楽しかった。
つまらないことで喧嘩はよくする。
勉強なんてまともにできるほど時間に余裕はない。
やろうと思っていたことがほとんどつぶされていく。
それでも。
今思えば、楽しかったと言い切れる――
「何、カメラ構えて固まってんの?」
ファインダー越しにあいつが言う。
さらさらと風にあいつの長い髪と、胸元のチープなリボンが揺れる。
あいつは何かに気づいたように、わざとらしく笑って口元に手を当てた。
「もしかして、あたしに見惚れてた?」
俺はそこでようやくファインダーから目を離す。ピントはもう合わせてあるし、カメラは三脚に固定してある。
「馬鹿。何言ってんだ――って、まぁ、そうか。あながち間違っちゃいねえか」
ピンク色の水玉模様のように、空が彩られている。
あちらこちらで楽しそうな声や、涙ながらの声が上がっている。
「ふぅん。まぁ、見惚れたんなら、ちゃんと写真を撮ってよね。今は今しか撮れないんだから」
「分かってるよ」
「それで、また、同じように感じることがあったら、すぐに写真を撮るの。そうして――」
「いいから、シャッター切るぞ」
俺の言葉に、あいつはらしくなくきりっとした、どこか愁いを帯びた表情を浮かべる。TPOを分かってるじゃないか、と思ってにやりとしてしまう。
シャッターを押しながら思う。
あいつの言いたいことは分かる。
卒業。そして卒業式。
ここは終わりじゃない。
まだまだ続いていく、俺が選択した結果の始まりだ。
fin
「卒業式」「犠牲」「最高の時の流れ」
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