第3話 「虫」「見返り」「最強の恩返し」(ギャグコメ)

「きゃっ」

 その短い悲鳴は、まるで針のように鋭く、僕の心臓を貫いていた。

 鼓動はまるで映画を盛り上げるBGMのようで、目の前で繰り広げられる光景にマッシュアップする。

「もーぉ、やだぁ」

 ことの中心は僕の数メートル先。クラスメイトの女の子が、慌てふためきながら首元を払っている。襟元を外の空気を取り入れるかのように広げているためか、太陽光に照らされたブラウスはやや透けて見えていて、それに合わせるかのように白い肩から見えるブラの紐が、なんとも夏らしい清涼感と高揚感を与えてくる。

「うええぇ、どこに行ったのぉ。って、ひゃあっ!?」

 びくり、と彼女は気を付けをするように背筋を伸ばした。

 しかしそれも一瞬、跳ねるように彼女はブラウスの裾を大きく広げて、背中側へ腕を差し入れると、ばたばたと中の空気をかき混ぜていた。

(――――ぐっじょぶ)

 僕は心の中でそうつぶやく。勿論、ガッツポーズも忘れない。

 視線は変わらず件の女子に向けられている。今もなお『何か』と格闘している最中のようで、はためくブラウスからちらちらと白い肌が見えている。

 素晴らしい夏じゃないか。

 そう思わざるを得ない。暑さに負けて女子が薄着になるだけで、これだけのラッキーショット(勿論カメラで撮るわけにはいかないので網膜に焼き付ける)が舞い込んでくるのだ。

「ん、ん」

 わざとわしく咳払いをして僕は視線を逸らす。

 まじまじと見ているわけにはいかない。件の女子の行動は注目を集めてしかるべきものではあるが、それでも醜態に近いそれを注視するのは紳士的ではない。うん。

 それでも、ちらちらと様子をうかがうことはやめない。それもそうだ。紳士であったとしても僕は学生なのだ。リビドーには抗えない。

「うううううぅ~~」

 呻きながら、女の子は未だもぞもぞと四苦八苦しているようだった。

 はっきりとは分からないが、背中に虫が入ったのだろう。そしてそれを取ろうとしているのだろう。だけど、それが上手くいかないのだろう。うん、どう見てもそうとしか思えないね。

 手伝ってあげるのもやぶさかではないが、紳士的には手を出すべきではない。ノータッチの精神である。

 慌てふためく彼女は何とも見ていてかわいらしいものだった。特別な感情を持っているわけではないが、背中越しに自分の背後を確かめようとする姿は、見返り美人のようでどきりとさせられる。

「……あ、取れた」

 ぽとり、と何かが彼女のブラウスから地面へとまっすぐに落ちていった。

「もぉー………………はぁ、なんか疲れた」

 彼女は心底疲れたようにつぶやくと、その場を離れていく。僅かに異物感が残っているのか、歩きながらもブラウスをまだぱたぱたとしていた。

「…………」

 僕は黙ってそこへ歩いていく。

 しゃがみ込めば、落ちたそれを確認することができた。小さなてんとう虫だった。

 まだ生きているようで、もぞもぞと微かながら足を動かして移動しようとしている。

「うむ」

 僕はそのてんとう虫に指を伸ばす。小さなてんとう虫は、コロッとひっくり返ったが、ややあって指に足をくっつけた。そのまま僕は手を上にあげて、手のひらまで誘導する。

「てんとう虫って何を食うんだろう。いいものを見せてもらったし、お礼ぐらいはしないとな」

 そんな風に呟いて、僕もその場を後にした。


fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る