第2話
「僕は生まれた時、この貧民街でへその緒の付いたままで泣いてるのを今の義両親に見付けてもらいました。すぐに病院に入れられて、命に別状はなかったけれど、そんな不潔な環境下で産婦がどうなったのかは解らないそうです。もしも実両親が何か事情があって僕をそこに置いて行ったのだとしたら、その理由が知りたい。僕は義両親に恵まれましたけれど、実両親の事だって知りたいんです。もしも苦境にあるなら助けたい。それが僕の、動機です」
一気にそこまで言って緊張が解れたのか、ハリー君はふうっと息を吐いた。そして紅茶に口を付ける。氷をひとかけ入れておいたから、熱すぎはしなかったみたいで、こくこく飲んでくれた。
「君は」
ラベルちゃんが目を細め、口元を隠すようにしながらハリー君を見る。その眼差しはどこか冷たい物だった。子供には基本的に甘い、彼女らしくない視線。
「実両親の元に戻りたいのかな? 今まで育ててくれた義両親を捨てて」
「違いますッ。ただ、僕はどちらも両親だから、困っているのなら――」
「ハリー!」
ばん、と音がして。
老夫婦が、応接間のドアを開けた。
ハリー君を抱き締めて離さない老夫婦は、ハリー君の義両親なんだろうと簡単に想像はついた。と言う事はラベルちゃんが目を伏せてやっていた事は義両親の誘導なのだろう。自家発電で使える誘導ランプがビル内には設えられている。って言うか僕が付けたんだけど。『タワー』型コンピュータである時間旅行機がビルの内部を複雑にしているからだ。かと言って中途半端に縮小すれば隙間が出来てそれも危ない。困ったものだ、なんて思いながら、僕は両親の対面を見る。
自分に親が居ないからこういう時にどういう反応をするのが普通なのかよく解らないんだよね。ラベルちゃんは僕らの『お母さん』だけど、一般的でないことは解っているし。なんてったって彼女は十七歳、一般的には思春期と呼ばれる時期だ。もっともラベルちゃんは滅多に怒らないから、忘れ気味になってしまうけれど。
初老の男性は顔を上げ、相変わらずデスクチェアに踏ん反り返っているラベルちゃんを見る。
「取り乱して失礼しました、社長さん……で、よろしいのですかな?」
「ええ、私がタイムトラベルカンパニーの社長、ラベルです。そっちはエンジニアのタイム。無事に辿り着けて良かったですね、最近は寒さから服を剥ぎ取る強盗も出ていますから、ここに来る時は気を付けた方が良いですよ。ご子息共々」
びく、とする義父氏。そりゃこんな貧民街が蔓延ってるのなんてこの辺だけだしね、周囲百キロぐらいは。必然治安も悪い。先日こなしたスート氏への仕事のお陰で幾許かの寄付で秩序は保たれ気味だけれど、それもいつまで持つやらって所だし。まあ、炊き出しには感謝してる。餓死する子供が減るのはいいことだ。大人もだけれど。
「それで――氏がこちらにいらした用件はなんでしょう。ハリー君は時間の遡行をお望みのようですが、貴方達はそれを阻止しにいらしたのですか? それとも共に見届けようと?」
ラベルちゃんはじっとその眼を見る。ハリー君は義母氏に抱き締められて、窮屈そうだった。でも彼女が本当に泣いているから、そうも言えないんだろう。時間で二時間の距離、よくも辿り着けたものだ。書置きでも残して行ったのだろう。いきなりいなくなっちゃ、心配されちゃうもんね。
心配。
心配してくれる相手が二人も居て、何が不満だって言うんだろう、この子は。
「私達は――六年、ハリーを育ててきました。ハリーが自分の両親を知りたいと言う意向に、制限するつもりはありません」
「タイムマシンを動かすのは巨額の費用が要ると言っても?」
「私達に賄える範囲ならば。それがハリーの、望みであるなら」
ふう、とラベルちゃんは息を吐く。
「それではこれらの書類にサインをお願いします。それと小切手にも。こちらはあくまで前金になりますので、ご注意を」
「はい――解りました」
「それと、ハリー君を見付けた日と場所と時間を覚えている限り正確に教えて下さい。演算をするには必須項目ですので」
「はい。社長」
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