タイムトラベルカンパニーへようこそ!act2
ぜろ
第1話
買い出しから帰って来た所で僕はビルの前に小さな人影を見付ける。服装がきちんとしていることからして、この貧民街の人間ではないだろう。きちんとネクタイまでしたその男の子に、僕は声を掛けるか一瞬迷ってから、彼の前を無視してビルに入ることが出来ないことに気付く。先週の仕事で幸い今月は電気が通っているんだ、今のうちに冷蔵庫が必要なものは買って消費したい。と言う訳で僕は、ねえ、とその子に声ををかけた。
びくんっとした子供は七・八歳ぐらいだろうか。大きな青い眼をしたその子は、怯え混じりに僕に視線を向ける。とは言え生鮮食品の入った紙袋で僕の顔なんてほとんど見えないだろうけれど。ラベルちゃんは買い出しに行かせてもはてなと言う組み合わせしか買って来られないものなあ。食育に関してはノアさんがしていたらしくて、どっちが親だか、だ。まあどっちも親なんて年齢じゃないけど。でもきゅうりとじゃがいもだけ買って来られても困ると思うよ、ラベルちゃん。
「あ、ぁのっ」
「迷子さんかな? あいにくそのビルには今誰もいないから、隣のビルの最上階に――」
「ち、違いますっ」
おどおどとしながらも芯のある声で、少年は僕を見つめて言った。
「僕の過去を――見せて欲しいんです」
お隣のビルでコーヒーブレイクを楽しんでいた――僕には買い物に行かせておいて――ラベルちゃんを呼び戻すと、流石に依頼人に対して怪訝そうな顔をして見せた。スート氏の事件でタイムトラベルカンパニーの知名度はちょっと上がって、一般の人が過去を求めて来ることも増えていたけれど――そして値段の高さにほとんどのお客が帰って行ったけれど――こんな子供にまで知れ渡っているとは、ちょっと想定外だった。
空調装置が暖かい風を送る中、ラベルちゃんは社長用の机にドンとふんぞり返っている。子供の方はそれでも自分の年齢の倍は生きてるだろうラベルちゃんにびくびくしていた。十七歳の女の子を怖がるのにここまでやって来たって事は、相当な覚悟だったんだろう。貧民街は誘拐も強盗も殺人もある。そんな場所にこんな子供が一人で。うーん、と、僕は彼に紅茶の入ったカップを差し出す。ぺこりと頭を下げた少年は、教育は行き届いているらしかった。ますます、こんな所に来るのが似つかわしくない。
「取り敢えずあなたを依頼人と扱うけれど、それは仕事を引き受けての事だと思わないでちょうだいね」
「は、はいっ」
緊張にかちゃんっとカップを鳴らした彼は、依頼人用のソファーに座って背を正す。
「取り敢えず自己紹介をしておくと、私はラベル。このタイムトラベルカンパニーの社長をやってるわ。後ろのちょっとぼけぼけしたのはタイム、機器操作担当のエンジニア。さて、あなたのお名前は?」
「ハリー・オーヴです」
「オーヴ? オーヴ財閥のオーヴかしら」
「はい、その親戚筋らしいです」
「ふぅん……」
ラベルちゃんの眼の光り方がちょっと変わった。金蔓を目にした視線だ。ラベルちゃんてば、ほんっとうに守銭奴なんだからなあ。この空調装置も使ったの今シーズンに入って初めてだし。冬前とは言え寒いよ、普段は。ラベルちゃんは寒いぐらいが丁度良いらしいけれど、機械の廃熱に慣れてる僕としては室内でも上着が手放せない。
しかしオーヴ財閥って言うと、本宅はここから電車で二時間は掛かる距離だ。そんな中をこんな子供一人でやって来たと思うとやっぱり違和感が拭えない。彼はそんな距離を移動して、どんな過去を求めに来たって言うんだろう。
「それで、ハリー君。あなたはどんな過去が見たいのかしら」
「僕の」
一瞬口ごもりながらも、少年は言った。
「僕の生まれた時の事です」
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