第22話 かまちょな彼女とプール2

 なんだかんだあって俺たちはレジャープールへと到着した。

「千寿……あたしたち生きてるよね?」

「う、うん……たぶん」

 そう、なんだかんだあったのだ。

 正直すまんと思ってる。

「帰りもこれに乗って帰らなきゃいけないんだよね」

「だ、大丈夫だって。運転にもだいぶ慣れてきたし」

「……」

「千寿もそんな目で見るなっての」

 ふたりから非難の視線を浴びせられる。

 全然信用されていなかった、当たり前かもしれないけど。

 気まずいから話を逸らすことにしよう。

「ほ、ほら。とにかく着いたんだしさ早く遊ぼうぜ。閉園時間だってあるんだし時間が惜しいだろ? 青春は待ってくれないぞっ」

「う、うん。そうだね」

「たしかに幸重さんの言う通りだよね。よぅし、全力で遊ぶぞ! ………………これが最期になるかもしれないし」

 じとり。

 ふたりの非難の視線が俺に突き刺さる。

 やはりそう簡単には誤魔化せそうにないらしい。


 俺たちはとりあえず水着に着替えるために更衣室へと向かった。

 更衣室は当然男女に分かれているので、あとで落ち合うことにする。

「俺のほうが早いと思うし、ここで待ってるってことでいいか?」

「うん。なるべく早くするね」

「幸重さん、千寿の水着姿楽しみにしててくださいね~」

「う、うるさいなっ」

「ともちんっ。早く行こう……っ」

 千寿が巴の背中を押して女子更衣室へと消えていった。

 その姿を見送った俺は鼻で笑う。

 水着姿……ね。

 そりゃ楽しみに決まってるだろうがっ。

 地球が丸いのが当たり前のように、男が女子の水着姿を楽しみにするのは世の理だろうがよ!

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ。

 みなぎってきたぜええええええええええええっ。

 そのとき。

「ただいまー」

「うおっ」

 後ろから声がかかる。

 巴だ。

 さっき更衣室へ入ったばかりなのにもう戻ってきたのだ。

「早いな。忘れものか?」

「あたし、服の中に水着を仕込んできたんですよ」

 そう言ってくりりと回転してみせる。

 たしかに先ほどと違い、ビキニタイプ水着姿になっている。

 胸は控えめだが適度に引き締まった肉体美。

 いつも水泳部で使っている競泳水着の日焼け跡部分がくっきりと見てとれる。

 玄人にはたまらないポイントなのだろう。

 うん、たまらん。

「なるほどな。んで千寿は?」

「置いてきましたー」

「なおざりか!」

 マイペースな娘だった。

 どこか母に通じるものがある。

 間違ってもふたりを合わせてはいけないな。

「実は幸重さんとふたりっきりで話したいことがありまして」

「俺と?」

 なんだろう……?

 俺が不思議に思っていると――。


「ありがとうございますっ!」


 巴がいきなり頭を勢いよく下げた。

「おいおい、どうしたんだよ。今日のことか? それなら気にしなくていいぞ……てか、むしろ迷惑までかけたと思ってるし」

「違います。千寿のことです」

 巴は茶化すことなくそう言った。

 どうやら彼女も千寿の事情については知っているようだ。

「千寿の傍にいてくれるのが、幸重さんのような人で良かったです」

「俺のような……人?」

「はい」

 俺のような人、ね。

 そう言われるのは悪い気はしない。

 だけど――。

「巴ちゃん。言葉を返すようだけど、そう判断するにはまだ早いんじゃないか? 俺とキミはあってまだ一日も経ってないだろ」

「言葉を返すようですけど、あたしこう見えても人を見る目はあるんですよ。それに今回のプールの件を引き受けてくれたじゃないですか」

「今回のこと?」

「学校で幸重さんのこと言わないようにお願いされてるって千寿から聞いてます。それなのに学校の友達のあたしと一緒にプールに行くなんておかしいですよね?」

「それは……」

「これって千寿のためですよね? 千寿に想い出作ってもらうためですよね?」

「……」

 言葉に詰まってしまう。

 一回りも違う少女に対して、俺は何も言い返すことが出来なかった。

 巴がふっと微笑む。

「そういうところがいいと思いました。幸重さんは裏表のない人ですよね」

「なんか褒められてる気がしないんだけど……」

「まあ正確には裏表の作れない人ですけどね」

「ぐむ……っ」

 完全に手の上で踊らされてしまっていた。

 泣きそうになっている俺に巴が続ける。

「でも、信用出来ます」

「巴ちゃん……」

 本当に千寿のことを想ってくれているのだろう、彼女の笑顔は優しかった。

「もし幸重さんが悪い人だったら今朝キンタマもぎ取ってたところですよ」

「ひぇっ」

 思わず俺は股を閉じて、内またになってしまう。

 前言撤回、ちょっと怖い。

「安心してください。千寿を悲しませない限りは、そのキンタマ預けておきますから」

「いや、もともと俺のだし……」

てか、女の子がキンタマ連呼するのはどうなんだろう。

――ん?

 ふと。

 違和感を覚える。

 なにやら更衣室のほうに人だかりが出来ていた。

「なあ……なんか回り騒がしくないか?」

「そう言えばそうですね」


「おまたせ」


 更衣室の前に出来た人だかりがモーゼの海割りのようにさっと分かれる。

 俺は目の前の光景に言葉を失ってしまった。

 隣の巴も同じようで、目をこれでもかと言わんばかりに見開いている。

 そこには千寿がいた。

 それだけだと特段騒ぎ立てるようなことでもないかもしれない。

 しかし、問題はその格好だ。

 もっと言うと水着だ。

 なんと彼女の着ていたのはスクール水着だったのだ。

 レジャーランドプールとスクール水着。

 これは注目されても仕方ないというものだろう。

「……(ぱくぱく)」

 あかん。

 まだ声が出ねえっ。

 情けない俺の代わりに、巴が当然の質問を投げかけてくれる。

「ち、千寿……あんたその格好どうしたの」

「え? 水着だけど?」

 きょとんと小首を傾げる千寿。

 どうやら今の状況をまったくわかってないらしい。

「――っ」

「――っ」

 瞬間、俺と巴は目配せする。

 言葉は交わしていないが、お互いの意図を確信していたはずだ。

 俺は財布から福沢先生を召喚、それを差し出す。

 巴が流れるように受け取った。

 この間、たったのコンマ3秒。

「千寿、水着買いに行くよっ」

「え? え? ともちん?」

 巴に手を引かれ、千寿が女子更衣室へと戻っていく。

「あいつ、時々とんでもないことするよな……」

 俺は冷や汗を拭う。

 ふと、先ほどの千寿のスクール水着姿が脳裏に蘇る。

 やれやれだぜ……。

 俺は肩を竦めて鼻で笑う。

 そして、脳内のHDDにその画像をそっと記憶するのだった。

 ファイル名は「お宝映像」だ。

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