第21話 かまちょな彼女とプール

 8月某日。

 俺と千寿は出かけることになっていた。

 どこかって?

 くくく……。


 ずばりプール、だ。


 そう、俺たちは最近リニューアルしたレジャープールへと遊びに行くのだ。

 家のドアの前で待っていると、千寿が出てくる。

「おまたせ」

「んー。問題なし」

 きたぜ、ぬるりと。

 俺の人生の水着回がな。

「シゲ君、その顔どうしたの?」

「原作リスペクトだ。気にするな」

 千寿がクエスチョンマークを頭の上に浮かべていたので、俺はしゃくれさせてた顎をもとに戻す。

 俺は超浮かれていた。

 超楽しみなのだ、レジャープールが。

 超楽しみなのだ、千寿の水着姿が!

 しかし――。

 ひとつだけ不安なことがあった。

 俺たちがアパートの階段を下りると、


「初めまして!」


 まるで元気の塊のような挨拶が飛んでくる。

 目の前にはひとりの少女がいた。

 ショートヘアと健康そうな小麦色の肌。

 八重歯を覗かせる快活そうな笑顔。

「大場巴です! 千寿の親友です! 水泳部です!」

 しゅばっと頭を下げてくる。

 不安とはこの子のことだ。まあ、巴がいなければ今回のプールの話はなかったのだけれど。

 巴のことは千寿からよく話に出る。

 彼女が俺と千寿の関係を知っていることも聞いている。

巴が千寿にとって大切な友人だから打ち明けたらしい。

それは問題ない。

そもそも千寿に学校では口外しないようお願いする前のことだ、とやかく言うほうが筋違いというものだろう。

 ただ――。

 俺と千寿の関係を知っている、それだけに巴が俺のことをどう思っているのかはとても気がかりだった。

「ぜ、善行幸重です。えーと、初めまして」

「元気ないですね! お腹とか痛いんですか!?」

「いや、普通だと思うけど。君こそ元気だね」

「あたしも普通です!」

 にかっと笑ってブイサインをしてみせる。

 うーん、どうだろう……。

 今のところは別に悪い印象じゃない、のか?

「ともちん」

 俺の後ろから千寿がひょこりと顔を出す。

 瞬間、巴が彼女に飛びついた。

「千寿! 大会優勝したよ!」

「さすがともちんだね」

「千寿が期末テストでサポートしてくれたから集中出来たんだよ」

「ほんと? 役に立てたなら嬉しいな」

「このぅ、愛いやつめ~」

 わしゃわしゃわしゃ。

 お、おお……めちゃ撫でくりまわされとる。

 まるで某王国主でもあるプロ雀士を見ているかのようだ。

「えへへ」

 しかし、当人もまんざらではなさそうだった。

 なるほど。

 千寿から聞いてた通りらしい。

 俺はその微笑ましい光景に頬が緩んだ。

「大場さん、今日は誘ってくれてありがとな」

「巴でいいですよ。あたしも幸重さんって呼ばせてもらいますから」

「じゃあ巴ちゃんで。それで、プールのチケットなんだけどホントにもらっていいの? あれって結構するはずだよな」

「あー問題ないです。本来なら無駄になるものだったんで……パパったらドタキャンするなんて信じらんない」

 家族で遊びに行くのを楽しみにしていたのだろう、ぷくっと頬を膨らませている。

 しかし、そんな不満の表情もすぐに先ほどの笑顔に変わった。

「それに幸重さんは車を出してくれるじゃないですか」

「まあ、ね。そのくらいならさせてもらうよ」

「あたし友達と遊びに行くのに車とか初めてっ。なんか大人って感じですよね~」

 巴がキラキラと目を輝かせている。

 う……っ。

 あまり期待しないでほしいんだけどな、AT限定免許だし。

「それにしても――」

 ふと、興味津々といった感じで巴が俺をじろじろと見てくる。

「これが生の幸重さんかぁ」

「な、生ってなんだよ……」

「ふーん、へー、ほー」

 穴が空くほど観察してくる。

 うう……。

 なんか居心地が悪い。


「なんか違うなぁ」


 巴がぽつりと呟いた。

「な――」

 瞬間、息が詰まる。

 巴は俺と千寿の関係を知っている。

 そして、彼女の親友でもある。

 なんか、違う……?

 身体が強張ってしまう。

「やっぱりおかしいか?」

「あ。すみません。幸重さんのことじゃないですよ。違うって言ったのは、千寿の話とちょっと違うなー、て思ったからですってば」

 巴が焦ったように否定する。

 そういうことらしい。

 ……神経質になりすぎか。

 そういえば話はしてるって聞いてたけど、どんなことかまでは知らないよな

「千寿から俺の話聞いてるの?」

「はい。それはもう」

 少し気になる。

 いや、かなり聞きたい。

「ちなみにどんな?」

「ふっふっふ。それはですね――もご」

 そのとき、不敵な笑みを浮かべる巴の口を、千寿が背中から抱きかかえるようにして塞いだ。

 ふるふるふる。

 真っ赤になって首を横に振っている。

「ともちん。ダメだよ」

「えー。なんで? いいじゃん。減るもんじゃないし」

「ダメなものはダメ」

「あたしは言ってもいいと思うんだけどなぁ。幸重さんも聞きたいですよね?」

「お、おう」

「ほら~。2対1! “みんしゅしゅぎ”ってやつだよ千寿~。あたし頭いいなぁ」

「……」

 あ……。

 表情があまり変わらないのでわかりづらいが、千寿が少しだけむっとしている。

「ともちん。こっちきて」

「え? なになに~? 作戦会議ってやつ?」

 それを知らずか、巴は能天気に笑っている。

「シゲ君はここで待ってて」

「お、おう」

 俺ってさっきからこれしか言ってないな。

 ずるずるずる。

 千寿が巴をアパートの裏手へと引きずって行く。

 俺の頭の中にはなぜかドナドナの歌が思い浮かんだ。

 ……。

 …………。

 ………………。


 待つこと3分くらいか、ふたりが戻ってきた。

 すると。

「ア。ソノ車カッコイイデスネ」

「巴ちゃん!?」

 露骨に話題が切り替わった。

 しかもなぜか片言だし……っ。

 どうしてこうなった!?

「幸重サンノ車デスカ?」

「い、いや、レンタカーだけど……それよりもさっきの話の続きを……」

「オ邪魔シマース」

 巴が逃げるように車へと乗りこんでしまう。

「あの、ちょ、さっきの――」

「シゲ君」

 遮るように千寿から呼び掛けられる。

「早く行かないと遅くなっちゃう」

「でも、話が……」

「遅くなっちゃうよ?」

 千寿がじっと見つめてくる。

「うぐっ」

 謎の威圧感がそこにはあった。

 結局、先ほどの話は聞くことが出来ずに出発することになる。

 だが、ひとつだけわかったことがある。

 千寿は怒らせないほうがよさそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る