第20話 かまちょな彼女とアイス
俺はアイスを買いに近所のコンビニへと繰り出していた。
照り付ける太陽。
照り付ける太陽っ。
そして、照り付ける太陽っ!
こんな中、出かけたことに早くも後悔だ。
くそ暑ちぃ……っ。
もしタイムリープ出来るなら数分前に「アイス食べたい( ^q^) 」とか言ってた自分をぶん殴ってやりたいぜ。
なんか陽炎が立ってるし……。
どうなっているんだ、日本は!
ゾンビよろしくぐったりとうな垂れている俺の前を、千寿が軽い足取りで歩いていた。
「~~~~♪」
しかも鼻歌なんか口ずさんでいたりする。
「……千寿さんや、なんか上機嫌だな」
「うん。こうやってシゲくんと外に行くの久しぶりだから」
「おいおい。失礼なこと言っちゃいかんよ、キミ。それじゃ俺がまるで引きこもりみたいではないか」
「違うの?」
衝撃の事実。
千寿め、俺のことをそんな風に思ってたんか。
ん? 待てよ。
そう言えばこの一か月くらい仕事が忙しかったので、外へ出た記憶がない。
「あるぇ?」
「ね? 久しぶりでしょ。だから嬉しいの」
歩みを緩め隣に並んだ千寿が、ふっとほほ笑む。
「な――」
そんな彼女に息を呑んだ。
顔が上気するのを感じる。
俺は恥ずかしくなり、大人げなくそっぽを向いてしまう。
「単純なやつだな。こんなことでよけりゃいつでもいいっての」
「ホント?」
「ああ」
「じゃあ明日も行こうよ」
「おっと明日から夏の間は過密なスケジュールだったんだわ。あー、忙しい」
「……シゲくん」
千寿の冷たい視線が俺に突き刺さる。
暑さは引いたものの、別の汗がにじみ出た。
コンビニへとたどり着いた俺はアイスボックスの前で腕組みをしていた。
「むむ」
由々しき事態に直面したのだ。
「スーパー○ップにするべきか、○リガリくんにするべきか、それが問題だ」
悲劇にしたら歴史に名を残せそうなくらい大きな問題だった。
「まだ?」
俺が決めかねていると、手持ちぶさただった千寿が脇腹をつんつんと突いてくる。
やめんかい、そこ弱いんだから。
「むむむ」
「どっちも買えばいいんじゃないの?」
「そうしたら帰るまでに片方溶けちゃうだろ。だから買うのはひとつだけだ」
「ふーん」
すごくどうでもよさそうだった。
くそぅっ。
これじゃあ俺が小さいことであーだこーだしているみたいじゃないかっ。
いや、まあ間違いないのだけれども!
「そ、そういう千寿は決まったのかよ」
「私はいらないよ」
「え?」
予想外の返事が返ってきた。
「アイス食べたいからコンビニ行くって話じゃなかったっけ?」
「それはシゲくんがでしょ。私はただ付いてきただけ」
どうやらそういうことらしい。
「でもこんな暑い中歩いて来たんだから食べたくなっただろ?」
「んー。別に」
千寿は目の前の誘惑にびくともしない。
なんというメンタル。
これが最近の若者の人間離れというやつか……っ。
「あ」
そのとき、千寿が小さく声をあげた。
「半分こ」
そしてぽつりと呟く。
「ん? どした?」
何やら考えるようにしていた千寿がこちらへと振り向く。
「ふたつ買って、半分こにしたらいいんじゃないかな?」
「たしかにそれなら問題は解決できるけど、千寿は食べたくないんじゃ――」
「食べたいよっ」
ずい。
何やら神妙な表情で遮ってくる。
追及を許さない威圧感がそこにはあった。
「お、おう。じゃあ半分にするか」
「いいの?」
「……? それは俺のセリフだろ」
「だ、だって、そうなると関節――」
ぽしゅん。
千寿が耳まで真っ赤になって俯いてしまう。
「どうした?」
「な、何でもないよ。それより早く買お」
ずいずいずい。
背中を押され、レジへと向かった。
こうして俺の問題はあっさりと解決した。
それにしても千寿のやつどうしたんだ?
女心は変わりやすいってやつか?
まあ俺は両方の味を楽しめるからいいんだけどな。
何はともあれ――。
やったぜ。
※※※
部活の買い出しをさせられていた辻路人は、コンビニから出てくる見覚えのある人影を見つける。
それは同級生で、路人が好意を寄せている滝ノ沢千寿だった。
「滝ノ沢さ――」
嬉々として声をかけようとしたが、そこではっと思いとどまる。なぜなら彼女はひとりではなかったからだ。
隣には長身痩躯の男がいた。
見たところ、路人や千寿より年上だろう。
後ろめたいことなどなかったが、路人は思わずふたりに気付かれないよう電柱の陰に隠れてしまう。
隣の男に話しかける千寿の横顔は学校では見たことのない穏やかなものだった。
そのとき、風に乗ってかすかに会話が聞こえた。
『――』
『――』
ふたりはコンビニで買ったアイスを食べながら道の角へと消えていった。
千寿の呼んでいた名前を路人は独りごちる。
「しげ、君……?」
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