第16話 かまちょな彼女とおかん
「おーきに」
「か、母さん……っ」
ドアを開けた先にいたのは大阪に住んでいるはずの母、和子だった。
「ど、どうしてここに?」
「この前“今度行く”言うたやんか」
「それにしたっていきなり過ぎだろ……」
「まあまあ、ええやないの。あんた、細かいこと気にするとモテへんで。ほなら上がらせてもらうわ。いやぁ、外は暑ぅてかなわんな」
どかどかどか。
ずんずんずん。
俺の返事を待つことなく、母が横をすり抜けて部屋へと入っていく。
口から生まれたに違いないほどのおしゃべり。
マグロさながらの行動力。
大阪というものを地で行くような“なにわの女”それがうちの母だ。
やれやれ、相変わらずだな。
「あ」
驚きのあまり一瞬頭から飛んでいたけど、今部屋には千寿が来ているんだった。
まずは説明しないと――。
慌てて後を追いかける。
すると。
「……」
「……」
千寿と母が対面していた。
jkとおかん。
未知との遭遇。
お互いが驚いたように目をぱちくりさせている。
「母さん、これはさ……」
俺が声をかけると、その表情のまま母が振り返った。
「ぷれい中やったか?」
「何を想像したかはわからんが、誤解だということは間違いないぞ!」
そして、実の息子にまるで汚いものでも見るかのような視線を向けてくる。
「おかあさん……?」
ふと、千寿が独りごちるように尋ねてきた。
彼女にしてみれば何から何までわからない状況だろう。そこで俺はとりあえずありのままを伝えることにした。
「実はな、玄関を開けたらおかんがいた」
「シゲくん。今はおふざけする場面じゃないと思うよ」
「ええー……」
怒られた。
俺だって何を言ってるかわからない以下略だっつの。
「シゲくんのおかあさんなんだよね?」
「うむ。そこだけは間違いない」
「ご挨拶してもいい?」
あまり表情には出ていないが、目を輝かせて何やら嬉しそうだ。
何か前にもこんなことがあったな。
俺と千寿がそんな話をしていると、こっちを見ていた母がおもむろに口を開く。
「なんや? あんたら付き合うとるんか?」
先ほどとは違い、今度は核心を突いた質問だった。
肩がぎくりと跳ねる。
「な、母さん、なんでそんなことが――」
「ふっふっふ。おかんを舐めたらあかんで。伊達に42年も女やってへんよ」
「あんた今年で45だろうが」
微妙にサバを読んでいるあたりが悪質だ。
それはともかく改めて訊かれると困るものだな。
横目で見ると、千寿は顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。
「あら~」
俺たちの態度で察したのであろう、母がにんまりと笑みを浮かべる。
「あらあら~っ。なによ~、もう。シゲ、何で教えてくれんかったの? えーっと、なにちゃんやっけ?」
「あ。滝ノ沢千寿です。初めまして、シゲくんのおかあさん」
「まいど、どーも。可愛い名前ねぇ。は~、ほ~、シゲがこんな若くて可愛い子とね~。さすがあたしの子や、モテて当然やな」
ついさっき真逆のことを言われたが、野暮な気がしたので口は挟まずにいた。
「そや、アメちゃんあげよか?」
母がどこから取り出したのか、おもむろに飴玉を差し出す。
その大阪のおばはん然とした行動やめんかい。
「は、はいっ。いただきます」
千寿も律儀に食べてるし。
そんな彼女を満足そうに見ていた母が、
「んで、もうチューはしたん?」
特大の爆弾を投下した。
「ぷはっ」
スコーン。
「超痛てぇっ」
思わず吹き出してしまったのだろう、千寿の口から放たれた飴玉が俺の額にクリーンヒットした。
「あの、その、シゲくんとはまだ、その……」
「なんや。うちのは甲斐性なしやね」
「――……っ」
千寿は耳まで真っ赤になって黙ってしまう。
完全に母の独壇場だった。
恐るべき大阪おばはんワールド。
関西ならいざ知らず。関東圏の大抵の人ならうちの母と初対面はこうなってしまうだろう。
口下手な千寿ならなおさらだ。
ここは俺がしっかりしなきゃだな。
この人と対峙するときのコツはペースに呑まれないことだ。
おほん。
俺は咳ばらいをひとつしてから口を開く。
「それで母さん。話は戻すけど、いきなり来たりしてどうしたの? なんか理由があるんだろ?」
ちなみに母が関西弁なのに、なぜ俺は標準語なのかというとまあ色々あったからだ。
別に面白い話でもないし割愛させてもらう。
関西弁は使えないわけじゃないが、俺としてはこっちのほうがしっくりくるのでそうしている。
「あー、せやせや。あたし巣鴨ってところに行きたいねん」
「巣鴨? なんでまた?」
「ええ町だってこの前テレビで特集してたんよ。シゲ、連れてって」
「急すぎだろ。今仕事が立て込んでるから無理」
「なんや、この子はっ。そんなノリの悪い子に育てた覚えないで!」
「何とでも言え。息子が食いっぱぐれたら嫌だろ?」
「それは……そうやな」
母も苦労人だ。
この言葉には渋々といった感じで納得してくれる。
「今回は勘弁しといたる。しゃーなしやで。せやけどどないしよか……ひとりで行くにしてもこっちの電車とかようわからんからなぁ。困ったわぁ」
母が腕組みをして頭を悩ませている。
少し可哀想だが自業自得という部分も大いにある。
ここは諦めてもらおう。
そのとき。
「あの……」
千寿がおずおずと手を挙げ、
「私で良ければご一緒しましょうか」
提案した。
「はい……?」
思わず声が上ずってしまう。
「千寿ちゃんっ。ホンマか!?」
「はい」
「そら助かるわ~。ほなアメちゃんもひとつあげるわ」
「あ。いただきます」
またしても律儀に食べている。
千寿と母さんが一緒に観光……?
おいおいおいおい、大丈夫か!?
「千寿。無理に付き合わなくていいんだぞ」
「ううん。大丈夫。このことは私に任せて、シゲくんはお仕事頑張って」
ぐっ。
両手を自分の胸元で握りしめている。
どうやら千寿もやる気満々のようだ。
もちろん俺の胸中には不安しかなかった。
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