第15話 かまちょな彼女と夏休みが始まる

「うせやろ……」


 俺はパソコンのモニターの前で大きく目を見開く。

 ふと、とある記事を見つけてしまったからだ。

『透けない白衣が発売か!?』

 由々しき事態だった。

 男子ならこの気持ちがわかるだろう。

 看護師さんの白衣から透ける色とりどりの幸せ。

 逆に季節を感じさせない病院内でしか見ることの出来ない、夏の風物詩。

 そんな大自然の恵みが人間のエゴによって絶滅してしまうかもしれないのだ。

 病院に行ったとき、その夏の訪れを嗜む紳士のひとりとして無視することが出来ない。

 非常に由々しき事態だった。

 おいおいおい、衣料品業界よ。

 それはクローン技術と同じく人が踏み込んではいけない領域だろうが……っ。

「ホ、ホーリー○ット……。いかんいかん。ついネイティブなところが出ちまったぜ(注※大阪生まれ)」


 ピンポーン。


 俺が絶望に打ちひしがれているとインターホンが鳴る。

「ただいまー」

 千寿だった。

 紺のセーラー服で手に鞄を提げている。

「おー。早かったな」

「うん。今日は終業式だけ。あ、この部屋涼しい」

「ふっ、まあな。この部屋は常にエアコンつけっぱなしだぜ」

「それは胸を張って言うことじゃないと思うよ」

 冷静に指摘されてしまう。

「く……若さ溢れるjkめ。エアコンのスイッチを切ったらどうなるか解っていないみたいだな」

「……どうなるの?」

 jk呼ばわりが癇に障ったのだろうか、千寿がムッとしながら尋ねてくる。

 そんな彼女に言って見せる。

「死ぬぞ、俺がっ!」

「それも自慢することじゃないと思う」

 一蹴されてしまった。

 ですよねー。

 しかし言い訳するわけではないが、執筆環境を整えるのも作家の仕事の一環だ。

 よって俺はエアコンつけっぱでもいいのだ。

 ちなみに熱中症対策としてこまめに水を取ると言われてきていたが、一番は涼しい部屋にいることらしい。

「汗が引かない……扇風機にあたってもいい?」

「おうよ」

 千寿が部屋の隅に置かれている扇風機のスイッチを入れ、風に当たっている。

 俺はその後姿をぼんやりと眺めていた。

 彼女が後ろ髪をかき上げる。

 うなじに汗で張り付く数本の髪の毛が艶めかしい。

 ごくり。

 思わず喉がなってしまう。

 なんか夏場の女の子は妙に色っぽいよな。

 先ほどの白衣の件じゃないが、確かに千寿がそういう目で見られていると思うとあまり気持ちの良いものではない。

 いや、全くもって不快だわな。

 どの口が言うのかと思うやつもいるだろう。しかし、俺は先人のとある偉大な格言を引用させてもらおう。

“それはそれ、これはこれ”

 まあ、そういうことだ。

 別にいいだろ、誰にも迷惑かけているわけじゃないんだから。

「˝あ~~~~」

 俺の脳内エロ会議をよそに、千寿が扇風機に向かって声をあげる。

 何この可愛い生物。

 いや、誰しも一度はやるけどもな。

「シゲくん」

 扇風機の前で膝立ちをしていた千寿が振り返った。

 俺は仕事机についているので、ちょうど見上げてくるかたちになる。

 こほん、と咳ばらいをしてから改まって口を開く。

「私ね、今日は終業式だったんだよ」

「ああ。さっきも言ってたもんな」

「あ、明日から夏休み」

「……? お、おう、そうだな」

 夏休み……。

 高校生には夏休みというものがあるんだったな、懐かしい。

 社会に出るとあんな長期休暇なんて取れなくなるからな。

 まあ俺は会社勤めしたことがないし、作家は自営業みたいなものだから休みは自分で調整するからあまり実感ないんだけど。

 作家は仕事がなければ毎日が休日みたいなもんだからな!

 ……。

 …………。

 ………………

 な、なんか寒気が……エアコン効かせすぎたか?

「だから、その……」

 千寿が何やら言いよどんでいる。

 どうしたんだ?

 今日が終業式で明日から夏休み。

 それがなんかあるのか……?

 あ――。

 そこで俺ははっと息をのんだ。

 なんだよ、そういうことか。

 千寿のやつ、変なところで気を遣うんだもんな。

 口をつぐんだまま指をいじっている千寿。

 そんな彼女に俺は、

「明日から休みなんだからいつでも遊べるな」

 言ってみせる。

 ぱちくりと目を瞬かせていた千寿だが、すぐにその表情が明るくなった。

「いいの?」

「ああ」

「じゃあ朝から来るよ?」

「ついでに起こしてくれると助かる」

「うんっ。あ、もちろんお仕事の邪魔はしないからね、安心して」

「知ってるよ」

 いつもより少しだけテンション高めの千寿が敬礼してみせる。

 やれやれだな……。

 あんな姿を見てしまうと俺まで嬉しくなってしまう。

 そのとき。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴らされる。

「シゲくん、誰か来たみたい」

「うん。出るよ」

 自慢じゃないが俺の家を訪れる人物は少ない。

 千寿か宅配業者だけのようなものだ。

 昨日は○マゾンからの発送メールは来ていなかったし、誰だ?

 新聞の勧誘か?

 まいったなぁ、俺あれ苦手なんだよなぁ。

 もう一度鳴らされたインターホンに急かされるように俺は玄関のドアを開ける。

 そして――。

先ほどネット記事を見つけた時とは比べ物にならないくらい、度肝を抜かれることになった。


「おーきに」


 マイペースな声が俺に向けられる。

 何とか一言だけ絞り出すことが出来た。


「か、母さん……」

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