第9話 かまちょな彼女と朝

 ぷに。

 頬に違和感を覚え、俺は目覚めた。

 ……何だ?

 つん。

 またしても頬に何かが押し当てられる。

 つんつん。

 何だよ、眠いっつのに……。

 ぐり。

 は?

 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりっ。

「痛だだだだだだだだだっ。穴空くわ!」

 跳ね起きると、千寿が驚いたように目をぱちくりさせていた。

 彼女は人差し指をぴんと突き出している。どうやらこいつが俺の頬に突貫工事をかましていた犯人らしい。

 てか、なに驚いたような顔してんだよ!

 俺だからね、ビックリしたの!

「これ、少女よ。何をする」

「あ。ごめん、夢中になってた」

「俺のほっぺのどこにそんな要素が!?」

「まあまあ」

 千寿は俺の問いかけを受け流し、部屋のカーテンをさっと引く。薄暗かった部屋に強烈な太陽光が差し込む。

「うおっ。眩し」

「うん。いい天気だから」

「……せやな」

 ちょっとしたネタを会話に混ぜたのに気づかれなかったときってちょっと寂しいよな。

……マニアック過ぎたか?

「というわけで朝です」

 俺はもともと不規則な生活を送っていた。

しかし、千寿がこの部屋に通うようになったある日、

 ――「そんな生活じゃ身体壊しちゃう」

 見かねた千寿が朝に起こしてくれるようになったのだ。

最初はしんどかったけど、今もう割と慣れた。そのおかげか最近は生活リズムも整い、なんだか体調もいい気がする。朝型生活ばんざい。

「はい、これお弁当」

 千寿がカバンから可愛らしいきんちゃく袋を取り出し、渡してくれる。

「ん。さんきゅな」

 これは起こしに来てくれるようになったまたしばらくしてから、千寿は俺のぶんの弁当も作ってくれるようになった。俺はそんな気を遣わなくていいと言ったんだが、二人分作るのも手間は変わらないらしい。せめて材料費だけでも出すと申し出たところ、「好きでやってるだけだし、それはなんか嫌」と断られてしまった。

 ちなみに弁当の味は至極美味である。仮に人を選ぶ超個性的な味だったとしても、作ってもらっているのだから文句はないけどな。

 感謝感謝。

 もうひとつちなみに、肉じゃがや里芋の煮っ転がしなど若人らしからぬレパートリーが多いのだが、なんでも近所の奥さま方と情報交換をしているらしい。

 どんな繋がりだ?

 恐るべき千寿のコミュニティネットワーク。

「それじゃあ、私行くね」

「気を付けてな」

「……」

 彼女がじっと見つめてくる。

 ……?

 なんだ、忘れ物か?

 千寿はjkなのに美人なタイプだから、そんなに見つめられると照れるわ……。

「かまちょ」

「またか。と言うか、もう学校に行くんじゃないのか?」

「だからこそのかまちょ。英気を養うのだ」

“のだ”ってなんですか滝ノ沢千寿さん、と思ったが言葉を飲み込む。

 頭をわしゃわしゃと撫でると、彼女は満足そうに「むふー」と息をついた。


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