第8話 かまちょな彼女とギャルゲー

「……」

 突然だが、俺は今ギャルゲーをしている。

 おそらく神妙な表情になっているだろう。

 勘違いしないでもらいたいのだが、俺はいわゆるギャルゲーというジャンルが嫌いなわけじゃない。

 むしろ大好物だ。

 目当てのヒロインとエンディングを迎えた日にはベッドにダイブし、枕で防音を済ませた上で、そのヒロインの名前を叫びながら悶絶する、そんな人種だ。

「……」

 なぜ難しい顔をしているかというと、それは緊張からだ。

「……」

「……」

 じゃあなぜ緊張しているかというと、隣に千寿がいるからだ。

 そう、俺はなぜか千寿の監察下のもとギャルゲーをやっているのだ。

 なぜこんなことになったのかというと……どうしてだろう。

 あー、あれだ、千寿に押入れの片づけを手伝ってもらってたときに、これを見つけて“好きな女の子と高校生活をするゲーム”と説明したからかな。

「シゲくん?」

「ひぇっ」

 千寿の声で我に返り、びくりと肩が跳ねる。

 そ、そうだった……。

 あまりのプレッシャーに意識が飛んでたぜ。

 きっと世が世なら千寿は○王色の覇気の持ち主に違いない。

「選ばないの?」

 千寿が尋ねてくる。

 そうだった、たしか今は選択肢に差し掛かったところだった。

 ここはターニングポイントになるポイントだ。

 ここでの選択がどのヒロインのルートに行くかを決めていると言っても過言ではない。

 そんな重要な場面なのだが、俺はそれどころではなかった。

 なぜならどのヒロインよりも、隣のメインヒロインの好感度が気になってしょうがなかったからだ。

 どれを選ぶ……。

 ごくり。

 緊張から喉がなる。

 こっちか?

 かちり。

 選択肢にカーソルを合わせながら横目で千寿の様子を窺う。

「……」

 反応なし。

 じゃ、じゃあこっちか……?

 かちり。

 ちらり。

「……」

 反応なし。

 わ、わからねえええええええええええええええええええええええええええええええっ。

 くそ、千寿のクールさがこんなところに響いてくるとは……っ。

 現実は難易度ハード過ぎぃ!

 いや、考え過ぎかもしれないな。

 案外、どちらでも構わないのかもしれない。

 ここは俺の好きなものを選ぼう。

 かちり。

 俺が最前者を選ぶ。

 すると。


「ふーん……」


 千寿がおもむろに鞄からノートを取り出し、何かを書き込んだ。

 千寿さあああああああああああああああああああああああああああああああああああん!?

 なになに!?

 減点!?

 今の選択は減点だったのか!?

 恐る恐る尋ねてみる。

「な、何書いてるの?」

「うーん……ちょっと」

 ちょっとって何やねん!

 それ会話のキャッチボールなってないから!

 俺が抗議の視線を送るが(声に出さないのはチキンだからじゃないぞ)、彼女は集中して書いているようで気付いていない。

 

 その後――。

 デートの場所選びで。

 文化祭のイベントで。

 誕生日のプレゼントで。

「ふーん……」

 チヅノートにはどんどんとナニカが書き込まれていく。

 俺の不安も増すばかりだ。

 だから何なのそれ!


 俺はなんとか三年間の高校生活を終え、このゲームの終着点である卒業式を迎えた。

 そして、なんとか俺はひとりのヒロインのエンディングへとたどり着いた。

 千寿のプレッシャーにびくびくしながらプレイしていた俺だが、これでもゲーマーの端くれだ。

 矜持というものがある。

 好きな作品は全力で布教したいのだ。

 どうだ、千寿よ!

 このルートのシナリオは神がかっているだろう?

 この感動の涙で前も見れないだろう!?

 俺は涙で視界が霞みながら千寿に振り返る。

 彼女は大きく目を見開き、両手で口を覆っている。

 その瞳は大きく揺らいでいた。

 ふふ、感動のあまり声も出ないようだな。

 これは布教した甲斐があったものだと悦に入っていた俺だが――。

「どうしよう……」

 おずおずと続ける。

「私、シゲくんの妹にはなれない」

「ちゃうねんちゃうねん。そうじゃないねん」

 オタクだって二次元と現実の区別はついている。

 千寿にはその誤解をきちんと解いた。

 偉い人にも解ってもらいたいものだ。

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