第7話 かまちょな彼女とさめた明晰夢
俺は次巻の初稿データの添付し、メールを担当編集へと送る。
「これでよし、と」
ミッション終了。
いやー、今回も難産だった。
まあ、だからこそ作品に愛着が持てるんだけどな。
しかし疲れた……。
まだ全部が終わったわけじゃないが、とりあえず一区切りだ。
今はもう仕事のことは考えたくないな。
大の字になって横たわり、目を瞑る。
まだ脳が興奮状態にあるのだろうか、色々と考えが止まらない。
まあいいや。
俺は流れる思考の本流に身を任せることにした。
静かだ……。
俺が艱難辛苦乗り越えて初稿を書き上げたというのに世界はおろかご近所さんだって気づいちゃいない。
こうしていると俺という存在が地球上でいかに小さいのか解らされる。
俺の一生というのは地球、いや、宇宙にとっては一呼吸にも満たないのだろうな。
嗚呼、宇宙のし・ん・ぴ。
……。
…………。
………………。
……ぶっちゃけてしまうと暇だった。
しかし、大の大人が暇を持て余しているという俺はなおも現実逃避を続ける。
宇宙――。
宇宙と言えば宇宙人はいるのだろうか……。
宇宙人はやっぱりタコ足みたいなやつなのだろうか……。
そのタコ足はたこ焼きとの親和性は如何なものなのだろうか……。
嗚呼、宇宙のし・ん・ぴ。
………………暇だ。
「千寿はまだ帰って来ないのかな……かまちょだぜ」
その後、俺は宇宙たこ焼きベンチャー企業の企画をしているうちに、いつの間にか眠りへと傾斜していった。
雪が降っていた。
あ、これは夢だな。
なんだっけ?
明晰夢って言うんだっけな、たしか。
カンカンカン。
甲高い音を立ててアパートの階段を上がっている俺。
夢だとわかっているのに自分では動くことが出来なかった。
FPS視点で勝手に進んでいるって言ったらわかるかな?
わからなかったらすまん。
階段を上がったところで息をのむ。
紺のセーラー服に身を包んだ少女がアパートのドアに寄りかかるようにして佇んでいた。
艶のある長い黒髪。
端正な顔立ち。
まるで名画を見ているかのようだった。
目の前の少女に俺は釘付けになっていた。
降りしきる雪を見ているのだろうか、虚空へと向けられている。
その表情からは何の感情も窺えない。
俺は一片の粉雪を連想した。
触れたら溶けて消えてしまう。
脆く、そして儚い。
この子がお隣さんの……。
噂好きの大家さんから彼女の、というよりも滝ノ沢家ことは聞き及んでいた。
そして家庭の事情も。
だから……。
だから俺は――。
「――っ」
俺は引きつったように大きく目を見開いた。
視界には千寿の姿があった。
心配そうにのぞき込むようにしている。
「ち、千寿……?」
「大丈夫? うなされてたよ」
「なんで……」
「今日も学校終わったら来るって言ったでしょ」
「え?」
壁の掛け時計を確認すると、もう夜の六時を回っていた。
いつの間に……。
どうやら結構な時間眠ってしまっていたらしい。
そのとき、俺は後頭部に柔らかな感触に気付く。
なんと俺の頭が女の子座りをしている千寿の太ももの上にのっている状態だった。
いわゆるひとつの膝枕というやつだ。
「私の膝枕でうなされるなんて。失礼なやつだね、キミは」
「ああ……すまん」
靄のかかっていた意識がだんだんとはっきりしてくる。
「大丈夫? もしかして本当に具合が悪いんじゃ……」
千寿が額に手を伸ばしてくる。
俺は上半身を起こす、さり気なくその手を避けながら。
今は彼女の優しさに甘えたくなかった。
「大丈夫大丈夫。ちょっと○マゾンレビューにひとつ星のレビューが百個付けられた悪夢を見ただけ」
「シゲくん、気にしすぎだよ」
「いやー、夢で良かった、ほんと。暇過ぎて寝ちゃってたんだわ、かまちょかまちょ」
「それ私の台詞。起きるのずっと待ってたんだから」
「じゃあ昨日のゲームの続きやろうぜ」
千寿の膝枕はとても柔らかく心地よかった。
だが――……少しだけ胸の奥がチクリとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます