第2話 かまちょな彼女とだいたいこんな感じ

 今日も俺はパソコンに向かって執筆作業をしていた。ただ、いつもと少しだけ違う。普段は五時には仕事を切り上げているのだが、

 ちなみに今日も千寿は俺の部屋に来ている。こういう時、千寿は学校の勉強をしたり、漫画や雑誌を読んだり、ヘッドフォンを付けてゲームなんかをしている。俺に配慮してくれているのだろう、とても大人しい。

それならば自宅に戻っていればいいのにとは思うが、それでも俺の部屋に来てくれるのはいじらしくて微笑ましい。

 今、彼女は俺の書棚にある漫画を読んでいるところだ。

 ほぅ……あれは南国の守護者だな。

 ほぅ……千寿のやつ、なかなかお目が高い。

 あれは南国の守護者だな。

 あのページ数は死地を切り抜けたと思ったところで、信頼する部下が敵の凶弾に倒れてしまうというシーンのはずっ。

 あれは超泣けるっ。

 普段はあまり感情が表に出るタイプではない千寿でも思わず涙してしまうはずだ!

 どうだ、千寿っ!

 泣けるだろう、千寿ぅ!

「ふぁ……」

 千寿が小さくあくびをかみ殺す。

 なん……だと……。

 あの作品、しかもあの巻で退屈するところなんてあるわけがない……。

 信じられない……。

 シンジラレナーイ……っ。

 俺が千寿を凝視していると、彼女がその視線に気付く。

「ごめん。気が散った?」

 申し訳なさそうにあくびをした口に手を当てた。

「いや、そんなことはない」

 いかんいかん。

 千寿が気を遣ってくれているのに、自ら集中力を乱してどうする。

 今は目の前の作品に集中だ。

 ……だが、千寿にはこれが終わってからあの漫画の素晴らしさを説いてやるっ。

 雑念をかき消すように頭を振って気合を入れなおす。

 そこからはしばらく俺のタイピングの音だけが部屋に響く。

「……」

「……」

 俺は沈黙が苦手だった。

 誰かと一緒にいるときは何か話さなければいけないと思っていた。

 確かにそういう場面は多々ある。

 しかし、千寿のと時間だけはその限りではなかった。

 暗黙の了解。

 信頼するからこその一言も発さない。

 無言が心地よい。

 これは新しい発見だった。


 しばらくしてようやく俺はようやく納得のいくシーンを書き上げることが出来た。今日のところはこれで作業終了にするか。

「ふぅ」

 俺は大きく息をつく。

 すると――。

 ぴくり。

 すると壁に寄りかかりながら座っていた千寿が、読んでいた漫画をぱたりと閉じて振り向く。

「終わった?」

「おう。まあな」

 ぱぁっと花開いたように彼女の雰囲気が和らぐ。

「じゃあ、かまちょ」

 もし尻尾でも生えていたならきっとパタパタと振っているんだろうな、なんだかそう思えた。

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