かまちょな彼女
箱野郎
第1話 かまちょな彼女
俺は善行幸重(ぜんぎょう ゆきしげ)。25歳、独身。職業はラノベ作家だ。
あー、あらかじめ断っておくが、別に売れっ子とかじゃない。まあ、俺としては好きなことをやってそれなりに生活出来ているのでいいんだけどな………………ほんとだぞ。
今日も1kボロアパートの一室、我が城で仕事だ。
デスクトップのパソコンに向かい、立ち上げたテキストソフトで淡々と 文字を打ち込んでいく。今は書き進めやすいシーンだ。
たんたんたん。
タイピングの子気味の良い音だけが静かな部屋に響く。
……。
…………。
………………。
ふと、掛け時計に目をやる。
「ふぅ。もう五時か……そろそろだな」
かちゃり。
俺がそう呟いたとき、家のドアが開いた。
艶のある長い黒髪。
整った目鼻立ち。
すらりと伸びる四肢に紺色のセーラー服。
高校に進学したばかりだというのに大人びておりどこか愁いをおびている高嶺の花。
彼女は滝ノ沢千寿(たきのさわ ちず)、お隣さんの一人娘だ。
実はちょっとした縁から俺と彼女はその、なんだ、まあ……付き合っている。
そう、お茶をしばきたおしたり、ランデブーしたりする関係にあるのだ!
自分でも何を言っているかわからないが、はぁはぁ、本当なんだ! 何回か確認してみたが上手い具合にはぐらかされてしまっているんだけどな!
――「善行さん、私と付き合ってください」
でも、あの時の言葉は夢や幻ではない……はず。
まあことの成否は置いておいて、俺たちが恋人関係にあるならひとつだけ重大な問題が浮上してくる。
俺たちが付き合うようになってしばらく経つが何の進展もないのだ!
く、くそぅ。
そろそろ手とか握ってもいいのか? 要領が全然わかんねーよ!
非リアな人生を送ってきました。
逆にそれを利用した妄想で作家としてラブコメとか書いてきたからこれでよかったと思ってた……。
けど、今はそれが悔やまれるっ。
なぜ年齢=彼女いない歴な日々を送ってきていたんだ、俺!
なぜ学校の休み時間で寝たふりなんかしてたんだ!
「――シゲくん」
彼女に呼ばれてはっと我に返る。いかんいかん、黒よりも濃い闇の学生時代がフラッシュバックしてたぜ。
「えーっと、呼んだ……?」
「ずっと呼んでた」
「ああ。悪い」
「シゲくん、なんか難しい顔してる」
「ちょっと考え事してた」
「お仕事?」
「違うよ」
お前のことじゃい、と言っても面倒くさくなりそうなので飲み込む。
「仕事は今日のところは一段落したところ」
「ふぅん……じゃあ暇なんだ?」
「まあな」
そう答えると、
「かまちょ」
千寿がすすっとこちらに寄ってきて両膝を折る。
俺は椅子に座っているので彼女が見上げてきているかたちだ。
千寿はまだ十六歳だというのに実年齢より大人びて見える。だが、こうして上目遣いをしてくる姿は年相応の少女だ。
「へ? かま……へ?」
「か・ま・ちょ」
「なんだよ、その“かまちょ”って」
「構ってちょうだいの略。今、私の学校でわりとみんな言ったりしてるよ。中高生向けの小説書いてるのに、若者の言葉に疎いのはどうかと思うな」
「ぐう……」
くっ! このおなご、痛いところを突きやがるぜ。
リアルにぐうの音が出たことも相まってより恥辱的だぜ。
しかし、なるほど……構ってちょうだいで“かまちょ”なのか。
これはいい勉強になった。
これをネタに小説でも――ん?
「シゲくん、何かして遊ぼ」
俺のシャツの裾をついついと引っ張りおねだりしてくる千寿。
不覚にもその屈託のない笑顔に見惚れてしまった。
思わず顔が上気してしまう。
「かまちょ。かまちょ」
「く――」
こいつ、人の気も知らないで……っ。
なあ、これって付き合ってるってことでいいんだよな!?
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