第2話カオステラーは僕に言った。
僕、エクス。
カオステラーは言っていた。
「僕」には「運命」を変える力があるって。そして「王子」を殺せ、と……。
☆☆☆
ちらかった納屋をもとにもどしながら、エクスは考える、ぶつぶつ口に出しながらである。
カオステラーの去ったあと、辺りは急に騒がしくなった。お城からの御触れと、少女たちへの舞踏会の招待状が届いたのだ。一軒一軒、廻るうち、このような時間になったと思われる。
少女たちの歓喜の悲鳴があちこちで上がる。もちろん、シンデレラの屋敷でも。
「シンデレラを舞踏会に行かせるな、か……」
タオが耳を押さえて吐き捨てた。
「結局、それがカオステラーの目的なのよ」
「これ以上、物語を複雑にして、どうするつもりなのでしょうね」
シェインが顎をちょっとつまんで呟いた。
「そこなのよ! いつもいつも最後までわからないのは!」
レイナが熊手を藁に突き刺して、憤りをあらわにする。エクスがひょいとそれをとりあげ、壁に立てかける。むっとしたレイナが彼の顔を射るように見つめると、罪のない顔で微笑みかえした。
「あなた、事態を理解しているの?」
「わかんないけど、この世にはシンデレラを王子様と結婚させたくない存在がいる……びっくりした。そんなの初めて知ったよ」
「あたりまえよ! そんな存在、いてはならないものなのだから!」
「いてはならない存在、か……」
エクスは薄く目を閉じた。
「僕がストーリーテラーなら、まずこの僕を抹殺するだろうな」
そんなモブらしからぬ風情に、一同あっけ。
それに気づくと、エクスは改めてモブの仮面をはりつけた。
「さあ、もう今夜は寝ましょう? 念のためにタオさんと僕で、見張りをしますから。ね」
「おお、お嬢さんがたは寝て寝て」
言うと、示し合わせたかのように、二人は同時に納屋を出た。先ほど見た月は、あのように赤かったろうか? 誰も何も言わない。
「タオさん、さっきはありがとうございました」
「あぁ? うるせえよ! 俺ぁ、自分のしたこと、することに口はさまれんのが嫌なだけだ。あん時ゃ、ああするしかなかったろうよ」
おしまいは口ごもるように、くぐもった。
「そうですね。でも、ありがとうございます」
タオは辺りを見回し、サクサクと草を踏んだ。
「ったく、モブヅラが板についてるこって」
「怒ってます?」
「ああ? なんにだ?」
「いえ。僕、自分のことなのに、なんにもわからないことがあって、とくに不満があるわけではないんですが、時々、本当に……」
「ああ、もおう、いい! いい加減にしろ、馬鹿!」
「タオさん……」
「俺も、シェインも、そしてあのポンコツ姫も。みーんなそうやって、地元「想区」を飛び出してきたんだよ」
「え?」
「おまえだけじゃねえ! ってこった!!」
そういうとタオはエクスの両肩を強くつよくつかみ、月夜に白い歯を光らせて、仕方なさそうに笑った。泣いているようだった。
「つらいことが、あったんですか?」
「……お、おめえ。そういうことは聴くタイミングってもんがあるだろうよ」
「いいえ、今すぐでないと。嫌な予感がする。聴かせてください! カオステラーは何人? 何を目的に、どんなことをしているんです?」
「エクス、それが普通の反応だ。おそらくあのカオステラーの毒気にあてられて、うまい事、思考回路が麻痺しちまってたんだろう」
「質問に、答えてくれないのですか?」
「もちろん、俺ぁ専門外だが……一ついいか? 知ってどうする?」
「どうするか、普通は運命の書に書かれてあるんですが……今はなにがなんだかさっぱりで」
「オーライ。そんじゃあ、ハッキリしてきたら、また聞かせてくれ。おやすみ」
「ア……あの」
タオは、納屋の壁にこつんと頭を預けて、横になるなり寝てしまった。
「この時期、虫がでるんだけどね。仕方ないなあ……」
そういうと、エクスは家の中にそっと入り、虫よけの薬草をとってきて、タオの足元でいぶした。その煙を見上げながら、エクスは。
「おやすみなさい」
まるで一介の剣士のように、抜き身の剣を抱いて地面を見つめていた。今からカオステラーはこないだろう、そんな予感がした。
エクスは改めて自分の運命の書を、ぱらりとめくった。無意味だった。
(この世界にはいろんな人がいるんだなあ)
こっそりタオの懐から運命の書が覗いてないか、うかがいたかったがそういうわけにもいかない。見せてくれと言っても、簡単には見せてもらえないような気がした。
(なんか、わけアリみたいだったし……)
「とか言って、やっぱり見たいし」
「げほんげほん!」
いぶした煙で目を覚ました。いや、眠っていなかったのだろうか? タオは、わかっている、というように伸びをして立ち上がった。
「これだろ?」
と言って、本当に懐から運命の書を取り出して差し出した。
「!」
エクスが思いっきり見入ると、ひっこめる。
「ごごめんなさい」
「いいや? でも多分、中身を見せるのは後な」
「後……って?」
「ハイ見張り交代、こうたい!」
「え? だって、まだちょっとも経ってないですよ。寝てないんでは?」
「寝たよ。ほんのちょびっと。薬でいぶされたのは初めてだけどな」
「ああ、目が覚めちゃったんですね。ごめんなさい」
「……あのさ」
「はい?」
「俺も、モブやってんだけど」
「え?」
「だから、俺も生まれた時から、誰かの脇役だったわけ。……寝ろ!」
「は、はい……」
「かわいいでやんの」
タオが喉で笑った。エクスは、ずるずると納屋の壁に寄りかかりながら、地面に腰を落ち着けた。
(タオさんも、モブ、だった……? じゃあ、今は? モブだったなら、今もモブじゃないの? 運命は変えられるの? 本当に?)
ぽたっと、しずくが彼の書物に落ちる。
(そんなわけないや。生まれつき運命は、決まっているものなん、だから……でも。でも……もしも……)
エクスは思った。
――もしも、この空白のページを埋める何かがこの世界にあるのなら、と。
☆☆☆
今日は朝から表が騒がしい。
「寝てねえだろ、おめえ」
「タオさんこそ、一回目起きた後、ずっと見張ってましたよね!?」
「だあから、俺は寝たっつってんだろ……」
「僕も寝てました!」
「嘘つけ、そんな真っ赤な目ぇしやがって!」
「赤くなんてないですう!」
お互いに譲らない。
レイナとシェインが寝起きの顔をのぞかせた。
「なあに? あれ……」
「ふつーなら、見張っててくれないと困る状況なんですが。二人とも寝ていたそうです」
「ちょっと、一言いってやろうかしら!」
「姉御、なんだかんだ言って無事だったのだから、ここで悶着起こしても仕方がないと思うです」
「じゃあ、アレ、どうするのよ」
「こうします」
シュドッ!
シェインの手から、マニアックすぎてこの世界の誰も知らないような飛び道具が放たれた。(いや、ただのクナイだ)
「お目覚めでしたか。お嬢様方……」
すっとぼけたタオの胸元を見て、エクスが思わずのけぞる。
「あわわ! タオさん! む胸に飛び道具が刺さっていますう!」
ふう、とタオは大きく息を吐いた。刺さったクナイをうめきもせずに抜き取ると、懐の運命の書を取り出して、表紙の傷が消えていく様をエクスに見せた。
「シェインだって鬼じゃ……あるか。まあ、兄貴分の俺には手加減くらいするさ」
「心臓狙って刺しました」
「手加減しろよ!」
「それくらい何とかするのが、漢ってもんですよ」
「やべえ。運命の書が無かったら、命もなかった……殺られる……ッ!」
シェインはレイナをふりかえると、こそっと耳打ちした。
「どうやらおにいは寝てません。あれしきよけられもしないなんて、消耗してるとしか思えませんよ」
エクスがひょろろっと、家に向かって歩き出し、笑顔を見せた。
「僕、水をくんできますから。朝ごはんはそうですね……市に行って決めましょうか?」
「あら、私、新鮮なお魚食べたいわ! グリルで焼いたのがいい!」
「おにい、なんにする?」
一瞬、思案するようにしてタオは返す。
「とりあえず米の飯」
「いいですねえ」
エクスはくすんだ笑顔でモブヅラをする。
「おめえ……ボケ殺しか。少しはツッコめ」
「バターライスにしますか? 普通に炊きますか? あいにくお塩くらいしか付け合わせ知りませんけど」
「おめえ……ッ! こ、米が炊けるのか……ッ」
「はい。得意はダシで煮込んだお粥なのですが、なにせ時間がかかりますし」
「ををっ。おにいのドストライクの米に塩!」
「見直したぜ! ここの「想区」で米が食えるたあ願ってもない! おいエクス、俺の運命の書、見るか? 見るだろ?」
「え? え、はい。僕も見せるのかな……?」
エクスはいつも持ち歩いている軽いなめし皮のバッグから書を取り出した。今度はシェインがのけぞる番だった。
「おにいが心を開いている……シェイン以外の人間に……天変地異の前触れか」
そんなことにも構わず、タオは思いっきりハイテンションだ。
「おまえのも見せろよ? な? いっせーの、せ!」
がば! っと書を開いた。エクスもぱっと、思いついたページを開く。お互い真っ白なページがあるのみだった。
「じゃーん! ここから先は真っ白! な? おまえもだろ? そうだろ?」
「え、ええ」
しばし呆然とするエクス。それはそうだ。自分以外にはこんな運命の書を持って生まれた人間はいないと思っていたのだから。
「え? じゃあ、タオさんがモブだったって本当なんですか?」
「もちろん!……てえか、俺は自分で運命を書き換えちまってるから、何とも言えないんだけどな」
「書き換える!?」
「おうさ! 詳しいことは朝飯の後で。腹、減ったしな。手塩にかけた握り飯が喰いたい!」
納屋から出たところで、朝一の日光を浴びてたたずんでいたレイナが、ボソッと言った。
「あんなはしゃいだタオ、気持ち悪いわ」
「同感です」
「あ、シェイン、あとでおぼえてろ。お嬢、今の発言は面白くねえ」
「そんなこと言ったって。気持ち悪いものは気持ち悪いし」
「稀少なんだよお。桃太郎「想区」から出てからこっち、米の飯炊ける奴なんて!」
「シェインは?」
レイナが横を向くと、シェインがうつむく。
「……シェインは、箱入りだったから……ッ。炊き上がる前に蓋とっちゃうし、いつもコゲるし……水加減も火加減もわからないし!」
「タオがはしゃぐわけね……顔洗ってこよ」
エクスが目を見開くと、タオが口笛を吹いた。
「普段、何を食べてたのですか?」
「薬草。もしくはポーション」
さすがに黙るエクス。
――少しでもおいしいものを食べさせてあげよう。
そう決心するのだった。
☆☆☆
「よお、米はどこで売ってんだ?」
タオが先頭を切りながら、朝の市場を闊歩していく。適当に相槌を打ちつつ、エクスが財布を確かめようとごそごそしている。
レイナがなぜだかそわそわと落ち着かない。
「私、こんなにぎやかな市は初めてです!」
どうやらいたく感動している様子だ。
「国が潤っている証拠ですわ」
「あ、姉御がお姫様モードに戻っているです」
「ここんとこ、めずらしーなー」
「ホント……お三方、やめてください」
なんとなく、周りの目が気になってしまうエクスだった。
「な、葉物! 野菜と肉、つけてくれ!!」
「もう、さっきはおしんこでいいって言っていたじゃないですか」
「だってよお。やはし飯っつーたら、歯ごたえねーとな。それに、ここでいう漬物ってピクルスだろ? 俺あんま好きじゃねーのよ」
「まあ、酢漬けとぬか漬けは違いますよ……」
「だろー!? わかるぜ、おまえ。マジで!」
「あらっ、お野菜三ゴールド? 安い!」
「あ、シェインさん、店主を脅さないで! 僕が買ってあげますから――」
「だって、野菜が三ゴールドなのに、ポップコーンが二つで五ゴールドとかありえない! かけあえば安くすむかと……」
「ああ、それお祭り価格ですよ。お城の舞踏会で周りじゅう盛り上がってて、そうなるんです。食べたかったら舞踏会済んでからです」
「おめえ……シンデレラ「想区」に住んでる自覚あんのか?」
タオが詐欺師を見つけた!
「やれ、シェイン!」
「ハッ!」
シェインがクロスボウを放つと、店主がなにやら赤い粉と黄色い粉をぶちまけた。
「多いんだ、こういうの。さ、いこーぜ」
『待たんか、貴様ら――』
「お、エクス。教えといてやる」
いいかあ、と腹に力をためて、タオはエクスを振り向いた。
「こういうカスは――」
と、言ってる間にシェインが戦闘態勢に入った。
「徹底的に叩きのめしておいた方が、後々のためです」
バシュ!
と、店主の眉間を狙う。一撃必殺!
「あわわあ! シェインさん、それは!」
しかし、店主は眉間の矢を抜くと、モブの仮面を自ら剥いだ。ざわっと周囲が驚き、すぐに人っ子一人いなくなった。
「おう、結界いらずでなによりだ……っと」
何かに気づいたように、すぐに結界を張る。
「これは!」
エクスが周囲を見るが、つべこべ言うな、とタオも臨戦態勢。
「姉御、こちらはいいから、さがっててください。少年も」
「武器よこせ、シェイン」
と、タオ。
レイナはそばにいたエクスにすがりついて、なにか言いながらか弱くへたった。
いわく、
「お腹すいたよおお……」
エクスはどう慰めるべきか困った。
☆☆☆
「そっちいったぞ、シェイン!」
「おにいにもわけてあげるです!!」
「かーっ! すきっ腹にきっついぜ。シェイン、あとでおまえのおかずよこせ」
「嫌ですよ。ポーション一滴、あげません」
言わずもがなであるが……。戦闘中である。
「魚の頭でいいっつってんだ、言うこと聞けえええ!」
「……尻尾でいいなら」
どうやら、おかずは焼き魚かなあ、とぼんやり思うエクスだった。
すると、カヤの外だった彼にもお鉢が回ってきた。シェインがイライラと棍棒を投げ渡してくる。
「おう、なっかまいりー」
タオのテンションがすごく上がった。
「とにかく叩いてください! もうキリがありませんから!」
シェインの言う通り、頭からポップコーンをはじけさせる道化が一人で毒々しい赤と黄の霧を吐いてくるのだが。どうやら、これが毒霧らしい。叫ぶごとに巨大化していく。
『ぽーいずーん!』
ずずん! と赤い靴を鳴らすたびに頭のポップコーンがはじけて飛んでくる。
「「毒回避!」」
タオとシェインが謎の呪文を唱えてるなあ……と、エクスがぼんやりしていると、
「ちょっ! 何してるですか。叩いてくださいです! 早く!」
「は、はい!」
それはぱちんとかぷちんとかいう、レベルのものではなかった。……爆弾だ。
ずばばん! ばん! ばばん!
「あわわ!」
ふとレイナの方を心配して見ると、彼女は青い光のようなバリアーを纏っていた。
と、耳元で特大のポップコーンがはじけた。
「よそ見しないでくださいです!」
シェインが汗をほとばしらせて弾弓(だんぐう)に弾をつがえて次々とエクスの周りのポップコーン爆弾をはじいた。
ボン! バボン!
それらはエクスの頭上か、となりの異次元空間で爆発した。
「サ、サンキュー……です」
シェインがサムズアップしてきた。エクスは自然に笑みが浮かんだ。
――よし、やるぞ!
『ぽーいずーん!』
「よしいけ! エクス」
エクスは作戦通りに、散らばったポップコーンを道化の口に詰めこんでやった!
ばふん! ぼふん、ぼむっ!
道化がさも苦しそうにもがいている。耳から毒霧を噴出させて、がくがくと震えながら倒れた。
「やったあ!」
何も考えずエクスがガッツを決めると、そばで子犬がキューンと鳴いた。
「あ、え? こんなところにいたんだ……子犬なんて。えへ、おいで。もう、大丈夫」
「ダメだ! エクス、まだ……!」
「え? もういいでしょう?」
子犬を抱き上げるとエクスは、ぎゃっと言って手を放した。彼の手から、血がにじむ。
「……どうして」
「そいつも、敵だあ――!」
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