最終話エクスの勇気とシンデレラの馬車

「えええ――!?」

「エクス、大丈夫か?」

と、言っている間に、子犬は姿をブレさせて、影のようになっていく。

「ち、ケガをしたのか。待ってろ」

 早口でそう言って、タオは物入れからポーションを出して一滴、二滴、エクスの手の傷に垂らした。傷は瞬時にふさがった。

「あ、ありがとうございます!」

「いや。あ、ああ……」

(なにコイツ。目ぇうるうるじゃんか。おめえの方が子犬かよっつうか……んな場合じゃねえ!)

「おにい! 姉御が大変です!!」

 姿がブレブレの影が、レイナを包んでしまおうとする。

「レイナさんに近づくな!」

 エクスが走りこむが、レイナは気絶。いや、眠ってしまっているようだ。証拠に。

「ううん。もう、食べられませんわぁ……」

 寝言を言っている。

「ちょ、レイナさんん?」

「剣をとるです!」

「ちいッ! 敵さんも休み休み来い!」

 だが、背景にかかった霞のようになってしまっているソレにはダメージを与えられない。

「結界は!? おにい!!!」

「うるさいなあ。まだ持つ!」

 怒ったように返すタオと、持ち物を探るシェイン。

「とりもちとりもち! えーん、ないよう」

 言ってる間に、ソレはすでに戦意喪失したかのように、タオの結界内を浮遊している。

「つうか、あれ。逃げたそうにしてないか?」

「空中に旋回する霞みたいなあれ、とりもちでペタッとやれば……ああ、見つからない……」

 ふと、エクスは胸にレイナを庇いながら、

「逃がしてやればいいんじゃないですかね?」

「なにい!?」

 タオが目をむく。エクスは続けた。

「だってあれ、一番無防備なレイナさん襲ってどうこう、っていう感じじゃありませんよ。だから、一旦、泳がせる方向で!」

「おし、おめえを信じるぜ!」

「おにいー!?」

「しょうがねえだろ。他に何があるってんだ!」

(そりゃそうだけど)

 シェインは言葉をのみ込む。

 今は思いつく限りの戦闘をしなければならない。

「とりあえず、とりもちとりもち!」

「解くぜ! 結界!!」

「おにい、待ったー!」

「「「うわあ!」」」

 一瞬の閃光に包まれて、頭くらくら。目を覚ましたのはレイナ一人で。ぐん、と伸びをしている。

「ああー! さいっこお! いい夢見たわー。だけど」

 途端にレイナの腹の音。

「あれ?? なんで私、お腹、すいてるんだろう??? あんなに食べたはずなのに」

 どうやら、アレとかソレとか言う物体はすでに逃げ出したようだ。エクスはあの場では「泳がせる」などとは言ったものの、姿を捕捉することすらできず、謝る。

「まあいいから、朝飯作れ」

「おにいが、こう言うってことは……あなたはタオ・ファミリーの新入りさんってことですね!」

「え、あの? ちょっ……」

「旅は道連れ、世は情け……です」

「今まで薬草とポーションだけだったからなあ……もう、目ぇ回りそうだ」

「あう。すみません。僕、米買ってきます!」

 エクスは急いで、グローサリー・ストア(食品雑貨屋)に飛んで行った。

「ほうらね。ほうらね! おにいが命令したら、その通りにするですよ? おにいの家来決定です!」

 シェインは新たな仲間としてエクスを迎え入れる準備万端……と言いたいところだが、今のところ先輩風を吹かせることができる相手を……今まで心待ちにしていた存在を、まあ、歓迎はしているらしかった。

「なんでもいいや。腹減って……ねむいのに眠れない」

 タオはあっという間に芝生の上にごろ寝した。そして。眠れないと言いつつ気絶するように眠りこけた。そこはちょうど、朝の市場の裏側で、国の公営広場の一角だった。




 ふう、やれやれ。エクス以外にこの身は傷つけられない、とは言え、それに気づかれていないのには助かった。

 油断してはいけないよ。あんなオンボロの人形を倒したくらいで、僕に近づけやしない。なにせあの道化は僕が見せた幻。この世のどこにも存在しないのさ。

 千変万化の僕に、ついてこられるかな?




「あー! 」

 シェインの叫び声にレイナが微笑む。

「どうしたのかしら? 珍しい」

「どうしたもこうしたも! おにい! シェインたち、あーんな中ボスクラス倒したのに、あいつ、アイテムの一つも落としてない!」

 そういえばそうだった。だがエクスは戦闘のセオリーを知らない。というより、昨夜剣を人に向けた――人であればだが。それが初めてだったのだ。よしんばここにいても、ますますシェインを激昂させるだけだ。

 シェインはひどい剣幕で。だけどタオが目を覚ます様子はない。彼女は必死でタオの名を呼ぶ。

「おにい、あれおかしいです。倒れた後も、そこにあるし。今に蘇生しないか、心配です。結界解いても消えないってことは……」


     ☆☆☆


「か――うまかったぜー!」

 ほこほこの炊きたてご飯の握り飯を、窯一杯に炊いた米飯で作ったというのに、タオたち一行は無言でぱくついて感想がこれである。焼いた魚もぺろりぺろりと。そして満腹中枢をようやく満足させて、腹をなでている。

「おにい、レイナに劣らず、大食漢なのです」

 シェインが少し注意するがタオは素知らぬ顔。

「うんで? アイテム落とさない人形がどうしたと?」

「調べたら、木片の脚と、しおれた風船の手足が残っていたです」

「道理で、お嬢さんの勘がはたらかないわけだ」

「姉御は寝てただけでしょ」

 思案するタオとシェインの横で、レイナははちみつがけデニッシュを頬ばる。頬ばっている。――ちょっと小動物っぽい。

 エクスが思っていると、家の外、シンデレラの屋敷から、嬌声が聴こえてきた。あれは――シンデレラの義理の姉。

「なによ、あたしたちは新作モードでいくのよ。あんたみたいなダサい女が身内だなんて、思われたくないから、来るんじゃないわよ!」

 始まった。物語が動き出す。

 彼女も運命の書に従い、セリフを吐いているのだから、モブのエクスがなにをかいわんや――彼女も立派なモブなのだ。

「とにかく、あたしたちは目立たなきゃいけないの。そうでないと王子様の目に留まらないでしょ。その点、あんたは気楽でいいわね」

 聞くに堪えない雑言だ。

 しかし、シンデレラは、

「私もドレスを用意しました。母の形見です。手を入れて自分で着られるようにしたんです」

「ま! なあにその安っぽいひらひらのドレス! 時代遅れー!」

「我が家の格が疑われます。おまえを連れていくわけにいかないでしょう。それに、舞踏会では王子様の妃が選ばれるのよ」

「ええ、ですから私も……」

「まー! なんってうぬぼれの強い子! ママ、早く行きましょうよ」

「そうよそうよ!」

「シンデレラ。おまえは台所で豆を仕分けるのよ。そうね……それができたら、舞踏会へ来るといいわ……徒歩で」

「やあだママ。それでなくてもぼろぼろの靴に穴があいてしまうわ。来ないほうがマシ」

 かん高い声が馬車の中へ吸い込まれていく。

 エクスにはシンデレラの涙が見える気がした。

 ところが、あわててシンデレラのところへ行くと、彼女は慌てず騒がず、台所で豆の袋を前に、うつむいていた。

「私は舞踏会へいけないの……? だって、運命の書には、舞踏会へ行って王子様と結ばれるって、書いてあったのに……なのに」

 呆然として、大きな豆袋を見つめる。

 エクスが戸の陰にいることも、気がついてはいない。

「いいえ。良い豆と違う豆をわければいいのね。いつものことよ……きっと夜中までかかるわ。でも、これさえしおおせれば……」

 彼女は以前使用人が使っていた、粗末な木の椅子に座って、つっぷした。すこしすすり泣いて、豆を仕分け始める。黙々と。

 新調したドレスで着飾った継母たちが、お城へ着いた頃、老婆が外に現れた。とてもみすぼらしい。灰色のフード付きのモンクスローブは擦り切れそうだ。枯れ枝のような汚れた手を差し出し、

「おめぐみを……」

と言った。

 シンデレラは悪い豆をよけて、良い豆を老婆に与えた。

 老婆は喉の奥がひきつれるような耳障りな声で笑う。

「なんて、おまえはすばらしい。今夜の舞踏会に行きたいんだね? そうだろう、そうだろう。私の魔法でゆかせてあげよう」

 言うなり、老婆は変身し、シンデレラを引きずって、裏の畑でブブデバビデブーと唱えた。

「さあ、このカボチャの馬車に乗ってゆくんだ、シンデレラ」

「でも、ドレスが、靴が」

「いいのさ、そんなもの。さあ、早くお乗り」

「でも……」

 エクスは見ていた。

――カオステラーは言っていた。魔女がどうやらいただけないらしいと。それに従って、タオたちもついてきていた。

「でも……でも」

「いいから、お乗り!」

 今や魔女の背中からはあくどいオーラしか出ていない。

(戦うんだ、エクス! 僕が戦うんだ。シンデレラを助けるんだ!)

 エクスが拳を握って、駆け寄ろうとすると、タオたちが肩をつかむ。

「放して。行かなくちゃ……シンデレラ!」

「あわてるな!」

 タオが鋭く視線を左右に走らせ、エクスの目を見て、確かにうなずき、そして言った。

「加勢する。だから、今だ!」

 まさしくタオの結界が布陣される。

「うおおおお――!!!」

「きゃあ!」

 駆けつけたエクスの目の前で、シンデレラは巨大なカボチャに呑みこまれてしまった。そして馬車は――かぼちゃの――走っていく。石畳の上、車輪をガタつかせながらタオの結界内を、すごいスピードでかけめぐる。

 しかし、馬車は結界に包まれた街の外周を回るだけ。どんどん勢いは盛んになっていく。

 だがエクスはひるまない。

「シンデレラを守るんだ!」

 それだけを一身に願い、想い、足を奮い立たせ、片刃の短剣を抜く。そしてぐるっとめぐって再びやってきた馬車の正面にとりついて、歯にくわえた短剣を右手に持ち替えた。ざっくりと、オレンジのカボチャに突き立てて横に割く。シンデレラがこちらを向いて、言葉を無くしていた。

「エクス……ありがとう!」

 カボチャの中から救い出され、地上に降り立ったシンデレラはエクスを抱きしめた。

「ありがとう、本当に……」

 エクスはモブらしく、

「いいんだよ。それよりも……あの、お城に行かなくていいの?」

「よく考えたら、お台所が片付いてないままだわ」

 困っている様子のシンデレラを見て、タオが妹分に声をかける。

「おい、シェイン」

「なんですか、おにい」

「おまえ、片付けて来い」

「なっ……」

 シェインは口をパクパクさせて反論を試みるが却下された。

「俺はあの魔女をやる」

「おにい一人で大丈夫なんですか。そうですか。刃こぼれ一つ残さず返してくださいね」

 シェインは無表情の威圧感をかもしながら、タオに武器を渡した。どこに収めていたのかというほどの大剣である、無茶もいいところだ。


     ☆☆☆


「待て! この!」

「タオさん、こちらです」

 エクスの必死の声に引っ張られ、バックステップで身をかわすと、タオは地に伏せた。

「ちっ! ポーションが切れてやがる」

 なんと魔女はカボチャの馬車と合体して、飛び跳ねてくる。なんとかかわして攻撃を続けたものの、最後の一押しがうまくいかない。カボチャの種が飛んできた。当たると痛かろう。

 エクスはタオの両手剣の上から手を強くにぎりしめ、

「タオさん、一緒に!」

 タオの目に、言い知れぬ過去の幻影がよぎる。

(……桃太郎よお。こんなときでも弱音を吐かないとこが、どこかそっくりだぜ、おまえに……こいつ……おまえに! 桃太郎!!)

「――おお!! ヒーローになろうぜ!!!」

 二人の握った大剣は、ザックリとカボチャの胴体を切り裂いた。


『ぎゃあああ――!!!』


 がくがくと震撼して砕け散る魔女。

「やった!」

 両手を打ち合わせ、顔を見合わせる二人。

 そこへシェインが帰ってきた。片手をレイナに差し出す。

「はい。姉御」

「なあに? シェイン」

「夕飯がまだだったから、お腹空いてると思ったです」

「ありがとう!……で、これなに?」

 レイナが受け取った物を掌でからからと鳴らす。

「豆です」

「豆!?」

「ハトにはハト豆、です」

「なんですってー」

「いらないですか? おいしいですよ?」

 そういうシェインはほっぺたがむぐむぐ動いている。

「おいしい……?」

 ごくりとのどを鳴らすレイナに、シェインは、てっ、と利き手を差し出す。

「いらないなら、返してです」

「ううん。これでもポーションよりマシ。うん、全然マシだわ! お腹ふくれる」

 ああ。

 エクスはその一言で――タオ・ファミリーはともかくとして――この人たちには自分が居なきゃだめだと、確信したのだった。


     ☆☆☆


「あれ? いや。あら? シンデレラちゃんじゃなーい。あたくし、お母様からよろしく言われててよ? ビビデバビデブー」

 新たに現れた魔女は、シンデレラを魔法で着飾らせ、こんどこそカボチャの馬車に乗せてお城の舞踏会へと送り出した。

 靴はガラスの靴。

「ああ、素敵だわ」

 きらびやかな場と音楽に乗って、彼女は王子と踊るのだ。


 ゴーン……


 時計が十二時の到来を告げた。もうこれ以上、城にいてはならない。シンデレラは自分を追いかける声も手も振り切り、階段を下りていく。早くしないと――魔法が解けてしまう! 

「きゃあ!」

 彼女は階段につまづき、大切な靴を落としてしまった!

 しかし、帰らなければ。継母と義姉のいる家の、あの屋根裏へ。

「うう……」

 シンデレラは立ち上がることができない。

「どうしたの? シンデレラ!」

 お付きの者としてカボチャの馬車で待っていたエクスたち。王子はすぐそばまで迫っていた。


     ☆☆☆


 カオステラーは言っていた。

 シンデレラを救いたければ「王子」を殺せ、と。


     ☆☆☆


 全員むっつりしている。シンデレラはいっこも悪くない。ただ……。

「わったったった。おっとっとっと」

と、言いつつ降りてくる王子の間抜けな事。

 お世辞にもキレイとは言えない容貌に、貧弱な足。姿勢は猫背で蟹股である。

「誰に殺せと言われても、殺意なるものがわいてこねえなア……気の毒過ぎて」

「なんか、弱いものいじめみたいで、僕いやです」

「殺すなんてもってのほかよねえ」

「あれじゃ、言葉も出ないです」

 思わずこぼすエクスたち。うんうんと顔を見合わせてうなずき合う。

「とりあえず、シンデレラさんを回収するです!」

 走り出す一行。

「おまえが仕切るのか、シェイン!」

 シェインは一瞬見返って、タオを冷たく睨んだ。

「悪かったよ。苦手の台所まかせて……」

「わかってくれたならいいですけど!」

 ぐすん、と鼻をすする音がする。

 タオは、

(そこまでイヤだったのか……俺はシェインに対してなんてことを。俺は、俺はリーダーとして失格だー!)

 独りで、苦悩のしわを眉間に刻んでいた。

 一方シェインは、ピンクの舌をペロリと出して、

(こういうのも悪くないです。新入りさんとは違うと、わかってくれればいいのです。シェインはおにいの大切な妹分なのです)

と思っていた。思っていたが、結論は新入りのエクスよりも使えない妹分、になることを失念していた。

「……次からはエクスにやってもらうしかないな」

「そうそう、それでい……て、え? 次? まさか、おにい! 新入りさんをこの「先」も連れていく気ですか?」

「おまえが言ったんだろ。エクスはもうタオ・ファミリーの一員だ」

「え――!?」

「いえ。僕もう、だいぶ覚悟してたんで……大丈夫です。だいじょうぶです……」

 いつの間にか覚悟を決めていたエクスに、完敗のシェインであった。

 そうこうしているうちに――正確にはエクスたちがごちゃごちゃやっているうちに、シンデレラの姿が消えてしまっていた。

「灌木の茂みにでも隠れたかな?」

 エクスがきょろきょろしていると、

「それは好都合というものよ。王子をどうこうする現場なんて、彼女に見せられないもの」

 いつになく厳しい面持ちでレイナが言った。


 ゴーン……


 鐘は鳴り続ける。

「どうこう、するんでしょうか? 僕たち……」

「しなくちゃカオステラーは倒せない、でしょ?」

「ふふふ――そうだよ。わかっているじゃないか――」

 どこからともなく、いや、頭上から声がした。輝くもやのような影が浮遊している。

「「「カオステラー!」」」

 階段の踊り場で、宵闇小人ヴィランたちが舞い踊る。

「ヴィランはまかせて!」

「守りは堅固だぜ! 結界!!」

「おにいの背後はシェインが守るです!」

 ちらっとエクスを見てシェインは言った。今や、複雑な三角関係が出来上がりつつある。

 そんな中、戦闘は始まった。

 三人とも手にした栞を運命の書にはさみ――なんと三人が三人とも空白の書の持ち主だった――唱える。

「「「ヒーロー召喚コネクト!!!」」」

「す、すごい……」

「君の相手はこちらだよ」

 姿がブレてる謎の影が、エクスを呼んだ。

「カオステラー。僕の……」

 エクスは剣を構える。打ちあうこと数合。

「むりむり。今の君には僕を倒すことなどできまい。あの頃の君ならともかく」

「そうだろうか……?」

「はあん?」

「僕には君の言うことが、少しずつ、わかってきた気がするんだ」

「そうかい? あの頃、君はどれだけ強かったろうか? 僕を拒んだ日もあったし、傷つけた頃もあった。だけど僕は負けない!」

「そうか。思い出した……君はシンデレラの」

「そう――第一の騎士。「エクス」だ!」

 ブレている影が、騎士の鎧を着た「エクス」に変じた。彼は上段から薙ぎ払いに来る。

 ガキィ!

 ほんの一瞬で、エクスはカオステラーの姿を捉えた。

「ばかな! ほんの数合打ちあっただけで、見切ったというのか!」

「それが……君が、「エクス」だと言うわけか……」

 エクスの額には汗が玉のように浮かび、呼吸は苦しそうだ。対して、鎧騎士のエクスは――カオステラーだが。らんらんと目を光らせている。

「だけど。僕は……僕だ――!!!」

「そうさ。君の言う通り、僕は君じゃない! 一生をモブでなんか、終わるものか――」

「エクス」が凄絶な笑みを浮かべ、上段の構えをとったとき、エクスは体当たりするように剣と一体になってぶつかっていった。

 

 ザク!


「ヒッ」

 ひどく、やわらかい手ごたえだった。

 顎から汗を滴らせ、真っ青な顔をして立ちすくむエクスの前で、ソレはぽとりと――元の姿に還って――臓腑の綿を飛び出させて落ちた。

「はあはあ、こちらはすんだわ」

「エクス! やったな!! カオステラーを倒すなんて、やるじゃねえか! おめえ」

 うずくまったエクスの手元を見てシェインが問う。

「それは?」

 エクスは肩で息をして立ち上がった。

「これは……シンデレラが昔、僕にくれた、手作りの僕のぬいぐるみ……こんなになって……」

 レイナがいたましそうに声をかける。

「これから調律を始めます。そのお人形は、カオステラー。だから、最初からこの世界にはなかったものになるけれど、覚悟はいい?」

「――覚悟。まだ覚悟がいるのか」

 しばし呆然とするエクスにタオが説明する。

 レイナはカオステラーを正しきストーリーテラーに直す「調律の巫女」である。そしてこの世界のどこかには彼女とは反対にカオステラーを生む「混沌の巫女」がいると。レイナは彼らを倒すために旅しているのだ。そして「調律」が済むと、そこはタオたちのことなど知らない、別世界になってしまう――それはすなわち。

 そう、すなわち。シンデレラの記憶からも「エクス」たちの想い出が消えるということを意味していた。

「もう一人の僕、か……なるほどな」

 エクスは汗に汚れた顔をあげ、大きく溜息をついた。にこっと微笑む。

「……はい……レイナさん」


     ☆☆☆


 後は四人してシンデレラを連れ帰り――そののち彼女は素敵な王子様と結ばれた。

 誰しもが知っている、誰しもが望んだ一節。

『そうしてシンデレラは、末永く幸せに……』

 暮らしましたとさ。


          

           HAPPY・END


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