第7話

「明日香さん、鞘師警部と何を話していたんですか?」

「松元弁護士を撃った犯人を、それとなく見張っておいてってね――まあ、手術中は大丈夫でしょうけどね」

「えっ? どういうことですか? 松元弁護士を撃った犯人が分かったんですか?」

「まあね」

 いったい誰だろう?

「誰が犯人なんですか?」

「その前に、行くわよ」

「どこにですか?」

「決まってるでしょう。写真を探すのよ」

 いや、決まってはないでしょう……

「何の写真ですか?」

「橋上さんが撮った、松元弁護士と警察のお偉いさんの写真よ」

「それって、松元弁護士が処分したんじゃないですか?」

 そんな物、いつまでも持っていたら危険だろう。橋上さんを殺害したあとに、すぐに処分してしまったんじゃないだろうか?

「私も、そう考えていたんだけど、止血をしているときに松元弁護士が私に言ったのよ。写真が書斎の机の引き出しの中に、しまってあるって」


 その写真は、すぐに見つかった。机の一番下の引き出しに、大きな封筒に原稿と一緒に入れてあった。

「写真だけじゃなくて、原稿もあるわね」

「明日香さん、松元弁護士と一緒に写っているのって――」

「ええ。間違いなく、あの人よ」

「それじゃあ、松元弁護士を撃ったのは――」

「ええ。この人よ」


 原稿には、この警察官と松元弁護士と暴力団の幹部との繋がりが書かれていた。この記事が世の中に出れば、この警察官と松元弁護士は終わりだろう。

「鞘師警部に、連絡をするわ」

 明日香さんはスマートフォンを取り出すと、鞘師警部に電話をかけた。

「鞘師警部ですか? 桜井です。証拠を見つけました。はい。そちらの様子は? そうですか。分かりました。では、後ほど」

 明日香さんは、電話を切った。

「明宏君、まだ手術中みたいだけど、松元弁護士は命に別状はないみたいよ。明宏君のおかげね」

「これから、どうしますか?」

「これから、鞘師警部と合流するわよ。今夜中に、すべての決着ををつけるわ」


 日付が変わって、時刻は深夜1時を過ぎていた。

 松元弁護士は、3時間に及ぶ緊急手術を終えて入院していた。深夜の病室は、とても静かだった。病室の中は、ほぼ真っ暗で、松元弁護士の寝息だけが微かに聞こえている。

 そのとき、廊下に足音が聞こえてきた。その足音は、ゆっくりと近づいてきて、松元弁護士の病室の前で止まった。

 その人物は、入口に書かれている名前を確認すると、静かにドアを開けた。

 その人物は、病室に入ると静かにドアを閉めて、ゆっくりとベッドに近づいていった。

 その人物は、背広の下に右手を忍ばせると、何かを取り出したみたいだ。

 取り出した物、それは――拳銃だった。

 その人物は、ベッドに向けて、拳銃を構えた。

「松元――運良く死ななかったようだが、お前に生きていられては、俺が困るんだ。せっかく助かったようだが、ここで死んでもらう。悪く思わんでくれよ」

 その人物は、引き金に指を掛けた。

「明宏君! 今よ!」

 明日香さんの声が、病室内に響いた。

 僕は、物陰から飛び出すと、病室の電気のスイッチを押した。

 一瞬の間があって、病室内が明るく照らされた。

「そこまでよ!」

 明日香さんが物陰から、ゆっくり立ち上がった。

「探偵か――ふっ、そういうことか。ということは、松元じゃないな」

「はい、私です。」

 ベッドから、鞘師警部が起き上がった。

「鞘師、お前か――」

「松元は、別の病室に移しました。大嶋警視、銃をしまってください」

「鞘師――どうして、俺だと分かった」

 大嶋警視は、鞘師警部に銃を向けたまま聞いた。

「大嶋警視、あなたが松元の家にやってきたときに、松元が男に撃たれたことを、あなたは知っていました。あなたが松元を撃った後、裏口から出て車に乗って庭の方にまわったんです」

「ああ、そうだ。探偵が松元の家に向かったと連絡があったんで、俺も向かった。すでに探偵の方が先に来ていたんで、外からそれとなく様子をうかがっていた。そこへ鞘師がやってきた。松元によけいなことを話されてはまずいんで、玄関から出てきたところを狙ったんだが、どうやら殺し損ねたようでな――」

「そうですか。しかし、この事件に黒幕がいるということは、最初から分かっていました。大嶋警視、あなたの言動は不自然でした。あれだけの証拠で伊川を逮捕したのも、松元に命令をして橋上さんを殺害させて、伊川に罪を着せる為だった――そうですね?」

「罪を着せるのに、ちょうどいい人物がいると言ったのは、松元だがな」

「あなたは、独自に調べ始めた私が目障りで、私を北海道に行かせた。しかし私は北海道に行くふりをして、行かずに戻ってきました」

「何?」

「あの日、大嶋警視に北海道に行くように命令された後に、真田課長からメールがきたんです。大嶋警視の行動が怪しいので、北海道に行ったふりをして、大嶋警視のことを調べるようにと。そこで私は、明日香ちゃんたちに殺人事件の方を任せて、大嶋警視のことを調べ始めました」

 鞘師警部は、北海道に行っていなかったのか。明日香さんが、意外と遠くないと言っていたのは、鞘師警部が北海道に行っていないと知っていたからか。

「そうか、真田課長にか――」

「私が調べたところ、大嶋警視と松元、そして暴力団の幹部との接点が浮上しました。そして、それを裏付ける証拠が――橋上さんの記事と写真ですが、それが松元の家から見つかりました」

「松元の奴、処分していなかったのか」

「おそらく、こういうときの為に処分していなかったんじゃないでしょうか。大嶋警視に、裏切られたときの為に――」

「ふっ――松元らしいな」

「大嶋警視――どうして、こんなことを? 昔のあなたは、こんな人じゃあ――」

「鞘師――人は、変わるんだよ」

「でも――どうして、殺人まで?」

「出版社の社長が、俺に連絡をしてきたんだ。どうやって調べたのかは分からないが、橋上とかいう奴が、俺たちの記事を載せようとしているとな。そこで、松元に交渉に行かせたんだが、橋上は断った。もちろん社長の権限で、その雑誌に載せないことはできるが、他のところに持って行かれては意味がないからな。それで殺させた」

 大嶋警視は悪びれることなく、淡々と語った。

「大嶋警視、残念ですが、あなたを逮捕します」

「鞘師――悪いが、お前に俺は捕まえられん」

「どういう意味でしょうか?」

 大嶋警視は、鞘師警部に向けていた拳銃をゆっくりと自分の頭に向けた。

「大嶋警視! 何を――」

「鞘師――お前は、いい刑事になれよ」

 大嶋警視は、引き金に指を掛けた。

 深夜の病室に、銃声が響き渡った……

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