第6話
「西園さん、どうもありがとうございました」
僕は、電話を切った。
「明日香さん、松元弁護士は夜7時頃に、直接自宅に帰るそうです」
「そう。それじゃあ、少し休んでから行きましょうか」
「明日香さん、松元弁護士のアリバイトリックって、どんなトリックなんですか? そろそろ教えてくださいよ」
「後でね」
明日香さんは、もったいぶって教えてくれないのだった。
僕たちは、7時少し前に事務所を出た。もうすぐ日の入りの時刻で、夕焼けがまぶしい。
「明宏君、松元弁護士の自宅に行く前に、どこでもいいからコンビニに寄ってくれる?」
明日香さんは、車の後部座席に乗り込むなり、そう言った。いつもなら助手席に乗るのに、どうして後ろに乗るんだろう?
「コンビニですか? 何か買うんですか?」
まあ、コンビニに行くんだから、何か買うんだろう。こんなときに、公共料金の支払いなんかしないだろう。
「ええ、ちょっとね。念のためにね」
「念のため?」
明日香さんは、それ以上は答えず、スマートフォンを取り出してメールを打ち始めたみたいだ。
いったい、誰に何と打っているのだろうか?
聞いても、おそらく教えてはくれないだろう。僕に見られたくないから、後ろに乗ったのかな?
僕は黙って、運転を続けた。
僕たちは7時30分頃に、松元弁護士の自宅にやってきた。
「電気がついてますね。帰ってるみたいですね」
「さあ、行くわよ」
「でも明日香さん。警察に連絡をしなくても、いいんですか?」
「大丈夫よ。なんとかなるわ」
本当に大丈夫かな?
明日香さんが、インターホンを押した。
「探偵さん、遅かったですね」
松元弁護士の声が聞こえた。僕たちが来ることが、分かっていたみたいだ。
「こんばんは」
「西園から連絡がありましてね。それで、なんの用ですか?」
「松元弁護士に、どうしてもお伝えしたいことがあるんです」
「なんですか?」
「ちょっとここでは――中に、いれてもらえますか?」
「…………」
「松元弁護士、どうかされましたか? 私たちをいれると、何かまずいことでもあるんですか?」
「――いや。そんなことはない。ちょっと待っていてください」
「遅いですね」
もう3分くらい経ったが、ドアが開く様子がない。
「まさか、裏口から逃げたんじゃないですか?」
「明宏君、ちょっと落ち着きなさいよ」
明日香さんは、いたって冷静だ。
「お待たせしました」
さらに2分くらい待って、ようやくドアが開いた。
「ちょっと、部屋を片付けていたんでね」
僕たちは、リビングに通された。
5分くらいで片付けたとは思えないくらい、綺麗に片付けてある。
つまり、今、片付けたわけではなく、もともと片付いていたのだろう。ということは、何か他のことをやっていたはずだ。いったい、何をやっていたのだろう?
「それで、私に伝えたいこととは何でしょうか?」
「その前に、有田さんが松元弁護士を待っていたのも、この部屋でしょうか?」
と、明日香さんが聞いた。
「――ええ、そうですよ」
松元弁護士は少し考え込んでから、そう答えた。ここは、素直に答えた方が無難だと思ったようだ。
「そうですか。それでは単刀直入にお伺いいたします。橋上さんを殺害したのは――松元弁護士、あなたですね?」
「私が? 何を根拠にそんなことを言ってるんですか? 私は橋上さんが殺害された時間に、ここに居たんですよ。有田さんに確認されたんですよね? ここに居た私が、どうやって橋上さんを殺害したと言うんでしょうか?」
松元弁護士は、明日香さんの言葉に動揺することなく、冷静に答えた。
「ええ、確かに、有田さんのお話では、松元弁護士は11時頃に出掛けて、12時10分頃に帰ってきたとおっしゃっていました」
「ということは、私には無理ということですね。分かったのなら、お帰りください」
「…………」
明日香さんは無言のまま、動こうとしなかった。
「帰らないのなら、警察を呼びますよ。私には、警察のお偉いさんの知り合いがいるのでね」
松元弁護士はそう言うと、スマートフォンを取り出した。
「松元弁護士、待ってください」
「今頃、泣きついたって遅いですよ。まあ、それでも、私も鬼じゃない。今すぐ出ていけば、通報するのは止めましょう」
松元弁護士は強気に言った。どうやら、警察のお偉いさんと知り合いというのは、本当のようだ。
いったい、誰のことだろうか?
「松元弁護士、私の話はまだ終わってませんよ」
「何?」
「確かに、12時10分頃にここに居た松元弁護士が、12時15分頃に橋上さんのマンションに居ることは無理ですね。ここからマンションまで、車で25~30分くらいかかりますからね――ただし、松元弁護士が本当に12時10分に帰ってきたのならね!」
明日香さんはそう言うと、鋭い目付きで松元弁護士を睨み付けた。
「――有田さんが、嘘をついているとでも?」
「いえ、有田さんは、嘘はついていません。その前に、松元弁護士に確認しますけど、もともとは、有田さんに会うのは先週ではなくて、今週の予定だったそうですね?」
「確かにそうだが、そんなこと関係ないでしょう?」
「有田さんのお話では、松元弁護士の都合で変更になったということでしたが、西園さんのお話では、有田さんの都合で変更になったということでした。何故、お二人のお話が真逆なんでしょうか?」
「そ、それは――私の勘違いですよ」
松元弁護士に、少し動揺が見られた。
しかし、どうやったらそんな勘違いをするんだ?
「まあ、勘違いなんて、誰でもありますからね」
と、明日香さんはうなずいた。
「でも――こんな大事なことを、勘違いなんて言わせませんよ。松元弁護士、あなたは、あるトリックを使って、有田さんに12時10分にここに居たと思わせたんです」
「明日香さん、そんなことができるんですか?」
と、僕は言った。
「明宏君、そのトリックの為に、有田さんが選ばれたのよ。そうですよね――松元弁護士。最初は、20代の若い男性と会う予定だった。しかし、若い人だと、アリバイトリックがばれるかもしれない。そこで、急遽来週の予定だった有田さんと、入れ替えたんです。松元弁護士は有田さんと面識があり、有田さんが腕時計や携帯電話を持っていないことを知っていた。そして――ある電化製品に詳しくないことも」
松元弁護士は、額にうっすらと汗をかいている。明らかに動揺しているみたいだ。
「明日香さん、電化製品ってどういうことですか?」
僕は、キョロキョロと部屋の中を見渡した。
この部屋の中で目立つ電化製品といったら、エアコンと大きなテレビと、それに繋がったDVDレコーダーくらいだが――
この中に、時刻を誤認させることができる物が、あるということか。
「最初にヒントをくれたのは、西園さんでした。松元弁護士――あなたは、西園さんにテレビ番組の録画のやり方などを聞いていますよね? そう――松元弁護士は、テレビ番組を録画することによって、有田さんに時刻を勘違いさせたんです」
「松元弁護士、あなたは、有田さんに、都合が悪くなったので1週間予定を早めたいと言って、事件の前日の木曜日の夜に自宅に呼びました。そして、お酒をたくさん飲ませて、自宅に泊めました。翌日、有田さんが目を覚ます前に、家中の時計を30分遅くします。そして、テレビ番組の録画を始めます。そして、その番組を30分後に最初から再生をしたんです。最近の録画機器には、録画をしながら最初から再生をする機能がついていますからね」
なるほど、そういうことか。分かってしまえば、なんて単純なトリックだろう。
「それを、私がやったという証拠はあるんですか?」
松元弁護士は、平静を装っている。
「証拠ですか――」
「証拠がないのなら、帰ってくれ!」
「証拠なら――あります」
「そこまで言うなら、見せてみろ!」
松元弁護士は、強い口調で言った。
「松元弁護士、あの日、地震があったことを知っていますか?」
「地震?」
「やはり、ご存知ありませんか」
「あの日、松元弁護士がご自宅を出られた10分後に、地震がありました。松元弁護士は、おそらく車の運転中で気づかなかったんでしょう」
確かに、車を運転していて気づかなかったことは、僕も経験がある。
「有田さんのお話では、地震があったのは11時10分くらいということでした。しかし、実際に地震があったのは11時40分です。有田さんは11時10分に地震があったと思っていたのに、テレビ画面には約30分後に、11時40分頃に地震がありましたという速報が出ました。有田さんはおかしいと思い、他のチャンネルに変えようとしたそうですが、リモコンのボタンを押してもチャンネルは変わらなかったそうです。有田さんがリモコンを操作して録画が止まったり、チャンネルが変わったりすることを恐れて、切れた電池に替えていたんでしょう」
なるほど。有田さんがチャンネルが変わらなかったと言っていた理由は、そういうことだったのか。
「この30分の時間差が、アリバイトリックのカギです。有田さんが11時10分だと思っていた時刻は、本当は11時40分でした。つまり、松元弁護士が自宅を出た本当の時刻は、11時ではなく11時30分です。松元弁護士は自宅を出ると、事務所に向かいました。事務所に着いたのは、11時45分くらいでしょうか? しかし、有田さんの証言と矛盾がないようにする為に、11時50分くらいに出勤してきた西園さんに、30分くらい前から事務所に居たと言いました。そして、事務所を出て橋上さんのマンションに向かい、橋上さんを殺害した後、自宅に帰りました。有田さんは、その時刻を12時10分と証言しましたが、本当の時刻は12時40分です。これが、松元弁護士が使った、アリバイトリックです――松元弁護士、どこか間違っていますか?」
「そ、そのトリックを使ったという、証拠はあるのか?」
松元弁護士は、まだ認めようとしない。
「松元弁護士――あなたも有田さんと同様、電化製品には詳しくないですよね? たぶん、残っていると思いますよ」
と、明日香さんは言いながら、テレビとDVDレコーダーの電源を入れた。
「録画した番組は消してしまったでしょうけど、ここに履歴が残っているんですよ」
明日香さんはリモコンを操作すると、録画履歴の画面を表示させた。
そこには、事件のあった日の午前7時10分から12時42分まで、録画していた履歴が残っていた。
「ずいぶん早い時間から録画していたんですね。そして帰られたときに、すぐに切ってしまったんですね。松元弁護士――この履歴を見ても、まだ認めませんか?」
「確かに、録画はした。だが、それは――その番組を見たかっただけだ!」
松元弁護士は、僕たちが予想していなかった答を返した。
「5時間以上もですか?」
僕は、思わず聞き返した。
「悪いか! そんなの、私の勝手だろう! 私はその番組を見ないと、いけないんだ!」
松元弁護士は開き直ったのか、言ってることがめちゃくちゃだ。
「分かりました。それでは、あくまでも橋上さんのマンションには行っていないと?」
松元弁護士とは対照的に、明日香さんは冷静だ。
「行ってないと言ったら行ってない! だいたい、そのトリックとやらを使ったからって、マンションに行ったとは限らないだろう!」
「松元弁護士、この前お会いしたときに、防犯カメラに松元弁護士がお持ちのカバンとそっくりなカバンが写っていたという、お話をしたのを覚えていらっしゃいますか?」
「カバン? あれのことか?」
松元弁護士が指差した先に、例のカバンが置いてあった。
「この前は、言わなかったんですけど。防犯カメラには、橋上さんのお隣に住むお子さんも写っていたんです。そのお子さんとお母さんに会って、お話を聞いてきました。お母さんのお話では、お子さんがカバンの中に、棒付きキャンディーの棒を入れてしまったということでした」
「キャンディーの棒だと?」
「はい。お母さんのお話だと、お子さんが普段から、棒をいろいろなところに入れてしまうそうなんです。つまり、あのカバンの中にキャンディーの棒が入っていれば、そのカバンが橋上さんを殺害した犯人のカバンだということです。松元弁護士、そのカバンの中を調べさせていただけませんか?」
「棒が出てこなければ、無関係だということだな?」
「――そうですね」
「いいだろう。その代わり、棒が出てこなかったら――分かっているな。今度こそ、帰ってもらうぞ」
松元弁護士は、素直にカバンを差し出した。
「明宏君」
僕は、明日香さんに促されて、カバンを受け取った。
「中を調べてみて」
「はい」
僕はカバンを開けると、中を調べ始めた。
調べるとはいっても――書類やノート、筆記用具といった物ぐらいしか入っていない。
「うーん……」
「どうした探偵さん。見つからないんじゃないのか?」
松元弁護士は、先ほどまでの苛立ちが嘘のように落ち着いて見える。
もしかしたら――
松元弁護士は、すでに棒を見つけて、とっくに処分をしてしまったんじゃないのだろうか?
「あ、明日香さん――」
僕は、焦って明日香さんの方を見た。
「明宏君、私にも見せて」
「あ、はい」
僕は、明日香さんにカバンを渡した。
「明宏君の探し方が悪いんじゃない?」
明日香さんはカバンを受け取ると、中を調べ始めた。
「誰が調べても、変わらんだろう。もうあきらめて帰ってくれ」
と、松元弁護士が言った。
確かに僕が調べても棒は見つからなかったのに、明日香さんが調べても出てくるわけが――
「あらっ? これじゃないかしら?」
明日香さんは、カバンの中から一本の棒を取り出した。
ええっ!?
僕が見たときは、見つからなかったのに――
僕は驚いていたが、僕以上に驚いている人物がいた。
「そんなバカな――」
「松元弁護士、どうかしましたか? バカな何ですか?」
と、明日香さんは聞いた。
「それは、捨てたはず――」
松元弁護士は、思わずつぶやいた。明日香さんも僕も、その言葉を聞き逃さなかった。
「松元弁護士、そうですか。捨てたんですか――でも、私は、カバンに入れたのが、一本だけとは言っていませんよ」
松元弁護士は、その場に崩れ落ちた。
「松元弁護士――犯行を認めますね?」
「あ、ああ……。いや――違う! 思い出した。あの日、カバンを貸したんだ!」
松元弁護士は、突拍子もないことを言い出した。
「貸した? 誰に貸したんですか?」
明日香さんは呆れながらも、一応聞いた。
「そ、それは……」
「松元弁護士、もうよしましょう。見苦しいですよ。認めますね?」
「――あ、ああ……」
松元弁護士はうなずいた。松元弁護士は、もう言い訳をする気力も逃げ出す気力もないようだ。座り込んだまま、動こうとしない。
「明日香さん、警察に連絡をしないと」
「大丈夫よ。もう連絡してあるわ」
「えっ? いつの間に?」
「ここに来る途中で、メールでね」
メール?
あのとき打っていたメールは、警察にだったのか。
「でも、明日香さん。棒が二本入っていて、よかったですね――でも、松元弁護士は、どうして二本目に気づかなかったんでしょうかね?」
「明宏君、これ経費で落としておいてね」
明日香さんはそう言うと、僕に一枚のレシートを渡した。
何のレシートだろう?
これは――さっき寄った、コンビニのレシートじゃないか。いったい、何を買ったんだ?
うん!?
キャンディー?
ま、まさか――さっきの棒って――明日香さんが、コンビニで買った物なのか。
僕は、明日香さんの顔を見た。明日香さんは、ちょっと笑みを浮かべた。
しかし、明日香さんは、いつキャンディーをなめたんだ?
明日香さんが車の後部座席で、僕に隠れてキャンディーをなめているところを想像すると……か、かわいい――僕は、顔がにやけてきた。
「明宏君、大丈夫?」
「えっ? い、いえ、大丈夫です」
「そう? 明宏君って、時々おかしくなるわね。まあ、いいわ」
いかんいかん。仕事中に、また不謹慎なことを考えてしまった。今は事件のことだ。
「松元弁護士、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
と、明日香さんが聞いた。
「なんですか?」
松元弁護士は、座り込んだまま顔を上げた。その表情には、もはや生気は感じられなかった。
「橋上さんの書いた記事って、どういう記事だったんでしょうか?」
そうだ。橋上さんを殺害しなければならないほどの記事って、いったい?
「ああ――私と、ある警察の人間の犯罪の証拠だ」
「警察の人間ですか?」
「さっき話した、警察のお偉いさんだ」
「お偉いさんって、いったい誰のことでしょうか?」
「それは――ここでは話せない。ただ――探偵さんたちも、知っている人間だ……」
僕たちの知っている人間!?
ま、まさか――
鞘師警部?
――そんなわけないか。
警部って、そこまで偉くないか。それ以前に、鞘師警部が犯罪なんてするわけがない。
「どんな犯罪かも、話していただけませんか?」
「話せない」
松元弁護士は一言そう言うと、黙り込んでしまった。まあ、仕方がない。あとは、警察の仕事だ。
そのとき、庭に車が入ってくる音が聞こえた。
「警察が来たみたいね。松元弁護士、行きましょうか」
明日香さんがドアを開けると、そこに立っていたのは――
「鞘師警部じゃないですか! いつ北海道から帰ってきたんですか?」
僕は驚きのあまり、大声を出してしまった。
「明宏君、その話は、また後でな。まあ、明日香ちゃんは、いろいろと気づいていたみたいだが」
どういう意味だろう?
「鞘師警部、松元弁護士が犯行を認めました」
「そうか。やっぱり、明日香ちゃんたちに任せて正解だったな――それじゃあ、松元宗次。署まで同行してもらうぞ」
「――はい」
まずは明日香さんが外に出て、次に鞘師警部、そして松元弁護士が外に出た。そして最後に、僕が外に出ようとしたときだった。
足元が暗かったこともあり、僕はちょっとした段差でつまずいてしまった。
「うぉっ!」
僕はそのまま前に倒れこみ、松元弁護士を突き飛ばす形になった。僕が松元弁護士を突き飛ばすと同時に、大きな音が鳴り響いた。
「な、何? 今の音?」
さすがの明日香さんも、驚いている。
「銃声だ!!」
鞘師警部が叫んだ。
「鞘師警部! あそこ! 誰か、裏に逃げたわ!」
明日香さんが叫んだ。
「明日香ちゃん! ここを頼む!」
鞘師警部は、家の裏に向かって走り出した。
「明宏君! 明宏君! しっかりして!」
明日香さんが、必死に僕に呼び掛ける。その目には、涙が光っているみたいだ。
「――明日香――さん……。僕は、大丈夫です――」
「で、でも! その血は――」
「えっ? 血?」
ふと、手を見ると、僕の手は血で赤く染まっていた。
「いえ、これは、僕の血では――」
まさか――
「松元弁護士!」
松元弁護士が、腹部から血を流して倒れていた。
「救急車を呼ぶわ! 明宏君は、家の中から止血に使えそうな物を探してきて」
明日香さんがスマートフォンを取り出して、119番に通報をした。
僕は家の中に戻って、タオルなどを持てるだけ持って飛び出した。
「明宏君、貸してっ!」
明日香さんはタオルを受け取ると、止血を始めた。
「うぅ……。写真が……」
「写真? 写真がどうかしましたか?」
松元弁護士は、明日香さんに何か伝えようとしている。
「明宏君! 大丈夫か?」
鞘師警部が、戻ってきた。
「僕は、大丈夫です。でも、松元弁護士が――」
「救急車は?」
「今、明日香さんが――」
「すぐに、救急車が来るわ! 鞘師警部、逃げた人物は?」
「居なかった。おそらく、裏口から出たんだろう。車の走り去る音が聞こえた」
ということは、裏に車を停めておいて、松元弁護士を撃った後、急いで車に戻って走り去ったということか。
松元弁護士の口を封じる為か。しかし、いったい誰が?
「明日香ちゃん、松元の容態は?」
「まだ息はあるようです。おそらく、明宏君が突き飛ばす形になって、急所を外れたんでしょう。まさに、怪我の功名ね」
僕は、そう言われても、喜んでいいのか分からなかった。
そこへ、一台の車が入ってきた。救急車ではない。
「あれは、大嶋警視だ」
と、鞘師警部が言った。
車が停まると、大嶋警視が降りてきた。
「鞘師、松元の容態は?」
「大嶋警視、まだ息があります」
「そうか、撃った男は?」
「逃げられました――しかし、大嶋警視はどうしてここへ?」
「真田課長に聞いた。そこの探偵どもが、真犯人を見つけたとな」
大嶋警視はそう言うと、明日香さんの方をチラッと見た。
そこへ、救急車のサイレンが聞こえてきた。
松元弁護士が救急車で病院へ運ばれていくと、大嶋警視も帰っていった。
「鞘師警部、ちょっといいですか?」
「明日香ちゃん、どうした」
僕が手を洗って戻ってくると、明日香さんと鞘師警部が何か話をしていた。
「分かった。それじゃあ、後で連絡をする」
鞘師警部も、帰っていった。
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