第5話

 翌日――


 今日は水曜日、事件から5日がたった。

「それじゃあ明日香さん、行きますよ」

「お願い」

 僕はアクセルを踏み込むと、車を発進させた。

 時刻は、午前11時5分。僕たちが今居る場所は、松元弁護士の自宅の前だ。

 ここに居る理由は、松元弁護士に自宅に招待された――わけでは、もちろんない。

 明日香さんの思いつきで、実際に事件と同じ時間帯に、車で走ってみることにしたのだ。

 ちなみに松元弁護士は、車が停まっていないので、留守だと思われる。まあ、確かめたわけではないが。

「明宏君、それじゃあ、松元弁護士の事務所に向かいましょうか」

「分かりました」


 車を走らせて15分後、松元弁護士の事務所に到着した。

 松元弁護士の車は、ここにも停まっていないみたいだ。

「11時20分ですね。明日香さん、どうしますか? すぐに、マンションに向かいますか?」

「せっかくだから、寄っていきましょうか」


 明日香さんが、松元弁護士事務所のドアをノックした。

「はーい、どうぞー!」

 今日も、西園さんの元気な声が響いた。

「失礼します」

 僕たちは、事務所の中に入った。

「あら、探偵さんでしたね。先生は外出中で、いつお帰りになるか分からないんですけど、今日は、どういったご用件でしょうか?」

「特に、何か用事があるわけではないですけど、30分ほど時間を潰させてください」

「はい?」

 西園さんは、不思議そうな顔をしている。

「あっ、気にしないでください」

 と、僕は言った。

「は、はぁ」

「西園さん、ちなみに、松元弁護士は今日はどこに?」

 と、明日香さんが聞いた。

「先生ですか? 行き先は、おっしゃらなかったので分かりませんが、たぶん、誰かは分からないんですけど、偉い人と会ってるんだと思います」

「偉い人?」

 僕と明日香さんの声が揃った。

「はい。先生が電話で話しているのを、何度か聞いたことがあるんですけど。すごく丁寧に話していましたし、本人が目の前に居るわけじゃないのに、深々と頭を下げていましたから、かなり偉い人だと思います」

 誰だろう?

「あっ、でも、先生よりは年下だと思います」

「どうしてですか?」

 と、僕は聞いた。

「電話を切った後に、年下のくせに――って、ぶつぶつ言ってるのを、聞いたことがあるんです」

 46歳の松元弁護士よりも、年下の偉い人か――

「依頼人ということでは、ないんですよね?」

 と、明日香さんが聞いた。

「違うと思います――そういえば、金曜日に私が来たときも、電話で話していたみたいでした。事務所に入ったときに、深々と頭を下げていましたから」

「そのとき、松元弁護士は、何か話していましたか?」

「えっ? そのときですか?」

 西園さんは、しばらく考え込むと、

「確か――これから行ってきますと、おっしゃっていたような気がします」

「これからですか? でも、松元弁護士は、そのまますぐに自宅に帰ったんですよね? 自宅に帰るのに、行ってきますという表現は、おかしくないでしょうか?」

 と、僕は言った。

「西園さん、有田さんの依頼が、1週間早まった理由はなんでしょうか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「私も詳しくは分からないんですけど、有田さんが、どうしても早く会いたいと、おっしゃっていたと聞きましたけど」

「有田さんの方からですか?」

「はい。それで、本来の予定と入れ替えたんです」

 あれ?

 有田さんの話では、松元弁護士の都合だったはずだけど――

「ちなみに、本来の予定というのは、どういう予定ですか?」

「詳しくは話せないんですけど――本来の予定では、20代の男性の方からの依頼が先週の金曜日で、有田さんが今週の金曜日でした」

「20代の男性と入れ替え――ですか……」

 明日香さんは、目を閉じてつぶやいた。何か、考え込んでいるみたいだ。

「ええ。年寄りは、せっかちだから困るって、笑ってました」

 お年寄りが、みんなせっかちだということは、ないと思うが。

「西園さん、ちなみに、予定を変更したのはいつですか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「確か――火曜日の午前中だったと思います」

「ずいぶん、直前ですね」

「今まで、こんな急な変更は、なかったんですけどねぇ」

「実際には、有田さんは前日から、松元弁護士のご自宅に泊まっていたそうですけど、今までにもそういうことはあったんですか?」

「そうですねぇ――ご自宅で依頼人とお会いになることは、今までにも数件ありましたけど、お泊まりになったというのは、初めてだったと思います。私が知らないだけかもしれませんけど」

「西園さん、どうもありがとうございました。今日、私たちが来たことは、松元弁護士には、秘密にしておいてもらえると助かるんですけど」

「秘密ですか――そうですね。先生も私に秘密にしていることがあるんですから、私も秘密があってもいいですよね。分かりました。女同士の秘密ということで」

 男も、一人居るんですけど……

「ありがとうございます――11時50分ね。明宏君、そろそろ行くわよ」

「はい」


 僕たちは車に乗ると、現場のマンションへ向かった。

「明日香さん、どういうことでしょうか? 有田さんの話と、微妙に食い違ってますよね?」

「微妙? 有田さんから言い出したのか、松元弁護士から言い出したのかでは、全然違うわよ」

 西園さんが、勘違いをしている――っていうことはないか。

「松元弁護士の方から、予定を変更したのなら、必ず何か理由があるはずよ。あの日、20代の男性ではなくて、有田さんじゃないといけなかった理由がね」

 有田さんじゃないといけなかった理由――

 20代の男性と、有田さんの違いか……

 一番の違いは、やっぱり年齢ということだけど、それが何か意味があるのだろうか?


 12時5分に、僕たちは現場のマンションにやってきた。松元弁護士が犯人なら、5分後に自宅に帰ったことになる。

 でも、そんなことは物理的に不可能だし、防犯カメラの映像からいうと、12時15分くらいまでは、ここに居たはずである。

 やっぱり、松元弁護士は犯人ではないのだろうか?

 しかし、松元弁護士の行動は怪しすぎる。

「明日香さん、これからどうしますか?」

「目撃者の子供に会いたいわね」

「平日の昼に、居ますかね?」

「事件の日も平日だったけど、居たじゃない」

 そういえばそうだ。幼稚園や保育園には、行っていないのだろうか?

 僕たちは、マンションに入った。

「こんにちは」

 管理人の男性が、にこやかに声をかけてくれる。

「こんにちは。302号室にお邪魔したいんですけど。ご在宅ですか?」

 明日香さんも、にこやかに応える。

誉田ほんださんのところですね。聞き込みですか?」

「ええ、そうです」

「今日は、まだ見てませんから、居ると思いますよ」

「ありがとうございます。行ってみます」

「犯人が捕まった後でも、お仕事大変ですね」

 管理人は、僕たちが最初に来たときに鞘師警部と一緒だったので、僕たちのことも警察関係者だと勘違いしているようだ。

 まあ、広い意味では、探偵も警察関係者みたいなものだ――ということに、しておこう。

 鞘師警部といえば、まだ北海道なんだろうか?


 僕たちは、エレベーターで3階に上がった。302号室のチャイムを鳴らすと、すぐにドア越しに返事があった。

「はーい。どちら様ですか?」

「探偵の桜井明日香と申します。お隣の事件のことで、少しお話をお聞きしたいのですが」

「少々、お待ちください」

 やや間があって、ドアが開いた。

「どうぞ」

 僕たちを出迎えたのは、30歳くらいの主婦だった。

「探偵の桜井明日香です」

 明日香さんは、名刺を渡した。


 僕たちは部屋に通されて、ソファーに腰を下ろした。探偵事務所のソファーよりも、ふかふかだ。明日香さんに言ったら、また睨まれるから黙っておこう。

「お昼時にすみません。少しお話を聞いたら、すぐに帰りますから」

 と、明日香さんが言った。

「お隣のことなら、警察の方にも話したんですけど」

「お願いします。もう一度、私たちに話していただけないでしょうか?」

「犯人を見たのは、私じゃなくて息子なんです。4歳の子供の言うことですから、どこまで本当かは分かりませんが――少々、お待ちください」

 誉田さんは立ち上がって、息子を呼びにいった。誉田さんは、僕と同じくらいの身長だな。女性にしては、高い方か。

 まあ、明日香さんよりは低いか――

 僕は明日香さんの方をチラッと見た。

「明宏君、どうしたの? キョロキョロして」

「いえ、別に……」

「お待たせしました。息子の涼太りょうたです」

 母親に手を繋がれて、男の子が入ってきた。右手には、棒付きのキャンディーが握られている。

「涼太君、こんにちは」

 僕は、笑顔で話しかけた。

「…………」

 涼太君は、完全に僕を無視している。

「こらっ、涼太、ちゃんと挨拶をしなさい」

「…………」

「涼太!」

「あっ、大丈夫ですよ――涼太君は、人見知りなんだね」

 僕は、今まで以上の満面の笑みを見せた。

「…………」

 涼太君は、母親の後ろに隠れてしまった。

 だめか……

 これでは、話を聞くのは無理か?

「涼太君、こんにちは。お姉ちゃん、涼太君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 今度は、明日香さんが笑顔で話しかけた。

「明日香さん、無理ですよ」

 と、僕が言いかけたとき、

「こんにちは。お話、いいよ」

 と、涼太君が笑顔で言った。

 えぇっ!

 僕のときと、態度が全然違うんですけど――

「ありがとう、涼太君」

 明日香さんが、勝ち誇ったように僕を見ている――いや、それは、僕の思い過ごしか――

 涼太君は母親の手を離すと、とことこと歩いて、明日香さんの膝の上にちょこんと座った。

「こらっ、涼太だめでしょ!」

「あっ、いいですよ」

 明日香さんも、一瞬驚いた表情を見せたけど、嬉しそうだ。

 しかし、もう少し前の方に座ってほしいものだ。頭が、明日香さんのおっぱいに当たっているんじゃないか?

 くそっ!

 うらやましい――

 いやいやいやいや、僕は何を考えているんだ?

 こんな子供に、やきもちをやいてどうする……

「涼太君、先週の金曜日なんだけど。涼太君が、お昼にお家の外に出たときに、お隣の橋上さんのお家から、知らない男の人が出てきたでしょ?」

「うん。出てきたよ」

「その男の人なんだけど、どんな人だったか、お姉ちゃんに教えてくれる?」

「うーんとね――帽子をかぶっていて、真っ黒なメガネをしてたよ。それから、カバンを持ってた」

 涼太君は、明日香さんの質問にすらすらと答える。やっぱり、4歳の子供にも、明日香さんの美しさが分かるのだろう。

 そりゃあ、僕のようなむさ苦しい男と話すよりも、明日香さんのようなかわいい女性と話す方が、何倍も――いや、何百倍も楽しいだろう。

「涼太君、警察の人に、男の人は背が高かったって、言ったでしょ?」

「うーん――忘れちゃった」

「そっかぁ、忘れちゃったかぁ」

 肝心なことは聞けなかったか。

「あの、そろそろよろしいでしょうか? これから、お昼ご飯なので」

「明宏君、そろそろ失礼しましょうか」

「はい」

 僕は、ソファーから立ち上がった。

「背が高い人!」

 突然、涼太君が僕を見て叫んだ。

「えっ? 僕?」

 いやいや、僕は高くないだろう。170センチしかないのに(本当は169センチだけど)、そんなに高くないだろう。

「背が高い人!」

 涼太君は、僕を指差し再び叫んだ。

 いや、どう見ても、隣に立つ明日香さんの方が高いじゃないか。

「明宏君!身長何センチ?」

 明日香さんが、凄い勢いで僕に聞いた。

「えっ? 僕ですか? えーと――170セン――いえ、169センチです」

 サバを読もうとしたが、そんな空気じゃないな。

「誉田さん、失礼ですが、身長は何センチですか?」

 明日香さんは、誉田さんにも身長を聞いた。

「私ですか? 私も169センチですけど――それが何か?」

「169センチですか、女性にしては高い方ですよね」

「そうですね。知り合いや親戚にも、よく言われますね。背が高いねって」

「そのことは、涼太君も知っていますよね?」

「どうでしょうか?」

「涼太君、涼太君のお母さんはどう?」

 と、明日香さんが涼太君に聞いた。

「背が高い人だよ」

 涼太君は、嬉しそうに言った。

「明日香さん、どういうことですか?」

「涼太君は、お母さんが身長が高いと、いろんな人から言われるのを聞いていたのよ。だから、涼太君にとっての身長が高いというのは、お母さんと同じくらいの身長なのよ」

「っていうことは、犯人は、190センチの伊川さんじゃないっていうことですね?」

「そういうことになるわね」

「松元弁護士の身長って、僕と同じくらいですよね?」

「たぶんね」

「それじゃあ、これで松元弁護士を逮捕できますかね?」

「まだよ。まだ、アリバイを崩せていないわ」

 そうだった。今、分かったことは、犯人の身長が190センチではなく、169センチくらいだということだ。

 犯人が、松元弁護士だったという確証もない。

「明宏君、行きましょうか」

「はい」

「それでは、失礼します」

 僕たちは、マンションを後にした。


「ちょっと遅くなっちゃいましたけど、松元弁護士の家まで何分かかるか行ってみますか?」

「それは、もういいわ。どうせ25分~30分くらいかかるわよ」

 それもそうか。

「一度、事務所に戻りましょう」


 僕たちは、明日香探偵事務所に戻ってきた。

「明日香さん、今、カギを開けますから待ってください」

 えーと……

 事務所のカギは、どこに入れたかな――

「あれ? なんだこれ?」

「明宏君、どうかしたの?」

「ズボンのポケットに、こんな物が」

 僕は、ズボンのポケットから、白い小さな棒を取り出した。

「何かしら? 綿棒――じゃあないわね」

 明日香さんは僕から棒を受け取ると、しばらく見つめていたが、何を思ったのか匂いを嗅ぎ始めた。

「ちょっ、ちょっと、明日香さん?」

「甘い匂いがするわ」

「甘い匂いですか?」

「これは、キャンディーの棒じゃないかしら?」

「キャンディーですか? どうして、そんな物が?」

 僕には、まったく心当たりがない。棒付きのキャンディーなんて、もう何年も手にしたことすらない。

「待って――これって、もしかして――」

 明日香さんには、心当たりがあるみたいだ。

「あっ、事務所の電話が鳴ってますね」

 僕は、急いでカギを開けると、中に入って受話器を取った。

「はい、明日香探偵事務所です」

「すみません。誉田と申しますが」

「ああ、誉田さんですか。先ほどは、失礼しました。どうかされましたか?」

「あの、変なことを聞きますけど、ポケットに白い棒が入っていませんでしたか?」

「ああ、棒ですか。入ってましたよ」

「やっぱり! どうも、すみません。涼太が入れてしまったみたいで……」

「えっ? 涼太君がですか?」

「はい」

「これって、何の棒ですか?」

「涼太がなめていた、棒付きキャンディーの棒です」

「キャンディーの棒ですか?」

 そういえば、涼太君が持っていた。

 隣で明日香さんが、

「やっぱりね」

 と、つぶやくのが聞こえた。

「でも、どうして僕のポケットに?」

「それが――この子は棒付きキャンディーが大好きで、よくなめているんですけど。なめ終わった棒を、いろんなところに入れてしまうんですよ。それで、さっきも持っていなかったから、どこにやったか聞いたら、さっき来たおじさんのポケットに入れたって……」

「そ、そうですか」

 おじさんと言われたショックには、なんとか持ちこたえた。

「本当に、すみませんでした」

「いえいえ、こんなの洗えばいいことですから」

「本当に困った子で、さっき聞いたんですけど、例の橋上さんの部屋から出てきた、男の人のカバンにも入れたみたいで……」

「そうなんですか――えっ!? そ、それは、本当ですか?」

「涼太は、そう言っています。警察の人にも、謝っておいてもらえますか?」

「はい」

「それでは、失礼します」

 誉田さんは、電話を切った。

「明宏君、どうしたの?」

「明日香さん、それが――」

 僕は、誉田さんからの電話の内容を話した。

「――なるほどね。それじゃあ、松元弁護士のカバンの中にキャンディーの棒が入っていれば、少なくとも、松元弁護士が事件に関係している可能性が高いわね」

「でも、松元弁護士が気づいて、棒を捨てていたら、どうしますか?」

「そのときは、そのときよ。何か考えるわ」

「後は、12時10分に自宅に居たという、有田さんの証言ですが」

「問題は、そこよね……」

 僕たちが、ああでもないこうでもないと、思案していたそのときだった――

 突然、事務所が揺れだした。

「地震ですね」

 幸いにも、揺れはすぐに収まった。

「けっこう揺れましたね。震度3くらいですかね?」

 僕は、テレビをつけた。しばらくテレビを見ていると、地震速報が流れた。

「やっぱり、震度3でしたね」

「そういえば、事件の日も震度3の地震があったわね」

 そうだったかな?

 ああ、僕が地震があったのに居眠りをしていて、明日香さんに、緊張感がないと怒られたときだ。

「あれは、何時頃だったかしら?」

「それが、どうかしましたか?」

「別に、なんでもないけどね」

 そのとき、再び事務所の電話が鳴った。

「あっ、また電話が」

 僕は、受話器を取った。

「はい、明日香探偵事務所です」

「有田ですが」

 有田?

「あっ、有田さんですか――昨日は、どうもありがとうございました」

「有田さんから?」

 明日香さんが小声で聞いた。僕は無言でうなずいた。

「今日は、どうかされましたか?」

「いえね、ちょっと、おかしなことを思い出したもんでね。忘れる前に、お話をしておこうと思いましてね」

「おかしなこと――ですか?」

「はい」

「明宏君、ちょっと代わって」

 明日香さんは、僕から受話器を奪い取った。

「有田さんですか? お電話代わりました。桜井です」

「ああ、どうも」

「有田さん、おかしなこととは、いったいなんでしょうか?」

「さっき地震がありましたよね? そのとき、テレビに地震速報が出たのを見て、思い出したんですけどね」

「何を、思い出したんでしょうか?」

「あの日も地震があったと思うんだけど。揺れたときにテレビの時刻は11時10分頃だったと思うんだけど、すぐに地震速報が出なくて、30分くらい経ってから11時40分頃に地震がありましたっていう速報が出ましてね。おかしいなと思いましてね、他のチャンネルも見てみようとリモコンを押したんですけど、電池切れなのか変わらなかったんです」

「それは、本当ですか?」

「ええ、本当です。私も年ですが、はっきり覚えています。松元さんが出掛けてから、すぐでしたからね」

「有田さん、貴重な情報をありがとうございました」

 明日香さんは、電話を切った。


 僕はスマートフォンで検索をしてみたが、あの日、地震があった時間は11時40分だった。

「明日香さん、どういうことでしょうか? 有田さんの勘違いでしょうか? 飲み過ぎで、二日酔いだったんじゃないですか?」

「でも、さっきもそうだったけど、震度3ならそこそこ揺れるわよね。勘違いするかしら?」

 まあ、僕は気づかないで居眠りしてましたけどね……

「有田さんは、11時10分頃に地震があったと思った――テレビ画面の時刻表示も11時10分頃だった。でも、テレビに地震速報が出たのが11時40分過ぎ――実際に地震があったのも11時40分……」

 明日香さんは目を閉じて、つぶやきながら考え込んでいる。

「時間のずれが約30分か……」

「明日香さん、何か分かりましたか?」

「押しても、チャンネルが変わらなかったリモコン。これに何か、意味はあるのかしら?」

 明日香さんは、僕の声など聞こえていないみたいだ。

「押されると困ることでも、あったんでしょうかね?」

「押されると困ることね……」

なんだ、聞こえてるのか。

「ちょっと待って――約30分のずれ? そうか! 西園さんが、松元弁護士に教えたこと――リモコンを押されると困る……」

「明日香さん?」

「明宏君――分かったわ」

「本当ですか? 松元弁護士のアリバイが崩れたんですか?」

「ええ、全部分かったわ」

 僕の問いかけに、明日香さんは自信に満ちた表情で答えた。

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