3話 笛吹き男の運命

「町へ戻った……のはいいけど……」

 明らかに先ほど出て行った時とは違う空気に、全員は居心地悪そうに遠巻きにする町人を見た。

 母親は子を自分の近くに引き寄せながら、怯えと恐れ、そして憎しみを込めた目で、コチラを睨む。子は不思議そうに、母を見つめ返した。

 大人たちはこぞって、5名から子供を隠そうとしている。


「……」

 その姿に少しさみしそうにウォルターは目尻を下げた。

「町に戻ったのは少しまずかったかしら……」

 予想を超えた町人の態度に、戸惑いを隠せないレイナ。この人は"笛吹き男"を父に持つ、子孫のような存在だ。忌避の目を向けられるのは、少し考えれば分かったことのはずである。ウォルターの悲しそうな顔を見れば、エクスは謝罪の言葉を述べた。


「笛の音が聞こえたから、だね。大丈夫、こういう目線は慣れてるんだ。子供の頃は、よく笛吹いて遊んでたのに……」

 悲しそうな顔はしながらも。そう気高くウォルターは振る舞った。もともとここに来るという提案に承諾もしているだけあり、そこにはどこか諦めの表情があった。


「けど、こんなジロジロ見られてたら、お話もできませんね。山に戻りますか?」

 流石に鋭い視線を受けながら重苦しい会話というのはなかなか精神を疲労させる。こんなことだったらあの山で座って話せばよかったのではないか、と。


「……いや、あれ見てみろ」

 思案するシェインにタオは目線だけで場所を示す。大人たちが子どもたちを連れて家の中に引きこもっていくその姿に、ちょうどいい。などというご都合な展開に安堵……というのはちょっと違う、悲しいような、少し矛盾した複雑な感情を一行は得た。


「……むしろ、人としてソレが普通なんだ。子供を誘拐されて喜ぶ人なんていないよ」

 諦めたような口調で、最後の家の戸が閉まるのを見ながらウォルターは小さくため息をついた。完全に全員が家に入り込み、まず笛の音を恐れているなら音も遮断されてしまっているのだろう。

「……達観してますねぇ、こうなること、分かってたんですか?」

「それがボクらの家系、"笛吹き男"の運命の書に書かれることなんだよ。時期によって違ったっけ。害獣退治……っていうのかな、蛇とか、虫とか。父さんも、ここでネズミを退治したんだ。一種の習わし?みたいなもの」

 だからここは、綺麗だし、平和なんだ。

 ウォルターは町を愛おしそうに眺めて、"笛吹き男"の運命を語る。


「……?いいことじゃないか、むしろ対応が真逆で……」

「その後が、問題なんだよ。誘拐犯っていう罪はネズミがいくらいても償えないよ」

「……どうして誘拐を、してるんですか?害獣退治が仕事なら関係ないじゃないですか」

「報復」

 その一言の言葉に、すべてが詰まってる気がしてエクスは口を止める。

「運命の書がいうことには。害獣退治では、報酬のやり取りの話も出るんだけど報酬を渡してもらえない。その報復に……ってことらしい。そのことも、運命の書で決まってた」

 変えられない運命なんだ、ボクは子供が好きなのに。そう悲しそうに笑うその顔に一行に重い空気が流れる。


「……なら何でこの町では誘拐対策をしてるんだ?せめてもの抵抗か?今更感が過ぎるがな」

 その空気の中、タオはぽつり と言葉を落とす。何気ない疑問だったのだろうそれに、ウォルターは目を見開き、困ったように視線を下に彷徨わせた。

「……なるほどね、確かにおかしいわ」

「……どういうこと?」

「運命の書で決められたことは絶対。それは今までの想区を旅したことでも分かるわよね?」

 理解の追いついていないエクスにレイナは語る。その言葉をシェインが受け継いだ。

「まぁ、言ってしまえば人間の情的なものと運命の書では運命の書が優先です。子供が殺されようが、それは運命です、受け入れて目をつぶるしかありません」

「きっと今までの誘拐もそうだったんでしょう」

「いつもいつも誘拐されてて、それなのに今更に音楽禁止を取り付けるなんて変ですよ。そう思いません?新入りさん」

「……あ」

 そこで分かった。確かに運命の書は"絶対"だ。だからこそ、その運命に逆らおうとすればカオステラーに堕ちてしまう。

 だからこそ、この状況はということになるのだ。

 しかも、それはウォルターが子供だった頃よりも、後。もう子供ではないとはいえ、まだまだ若いウォルターを見れば、その町人の行動は比較的最近のことである。

「何か、何かきっかけがあったんだろう。逆らおうと思うきっかけが」

「…………」

「……心当たりがあるんですね?」

 黙りこんでしまったウォルターにエクスはそう聞く。

「……それは――」

 ウォルターが小さく口を開くのと、町の広場にてヴィラン―――メガ・ヴィランの咆哮の声が重なった。

 

「!!」


 慌てて広場に走る。そこにはメガ・ヴィラン――ペストマスクを被ったメガ・ファントム――と、それを取り巻く大量の、ヴィランたちの群れ。


 ヴィランたちは家の中から続々、メガ・ファントムのともへ集まってくる。窓を開けてそれを見た大人たちはそのヴィランへ口々に名前を叫んでいた。


「……もしかしてこのヴィランたちは」

「……子ども、たち?」

「……町人が逆らってたなら、矛盾を正そうとしているのかもしれませんね。"子どもたちが町からいなくなる"っていう、結末を」

「……そんな……」


「……なら、さしずめあのメガ・ヴィランが"笛吹き男役"ってとこか?ド派手は色しやがって、目立ちたがり屋か」

「……派手は服ってのは"笛吹き男"の正装だから、あながち間違ってないのかもしれない」


そう、状況を整理していると、笛吹き男役のヴィランは大量のヴィランを引き連れてどこかを目指して移動を始めた。


「話は後!とにかくあのメガ・ヴィランを止めましょう!」


 戦うためにコネクトを行った4人。音楽しかやったことがないというウォルターは邪魔にならない場所に隠れている。

 メガ・ヴィランを直接攻撃したいところだが、何せヴィランの数が多い。家の中に居た大人たちもヴィランになったのか、攻撃するために近づこうとすればこちらへ敵意を剥き出し家から飛び出してきて攻撃してきた。子供を守るため、だろう。ヴィランとなったその我が子を守るために。


****


 なんとも皮肉が入ったその敵達をいなすだけでも精一杯で、いつの間にかメガ・ファントムは消えていた。


 それを見ながら、ウォルターは笛を握りしめる。


 戦い終わり、ヴィランたちを追おう。そう話の結論につき、その方向に急いだ。


****

「……失敗してしまったんだ」

移動中。誰に聞かれたでもなく、ウォルターは言葉をこぼす。

「失敗?」

すぐ近くにいたエクスが声をかければ、そのまま続きを語った。

「誘拐を。……きっかけは多分それだ。つまりボクが原因なんだよ」

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