2話 退魔の笛を吹く男

山道をヴィランが進む。少しでも数を減らそう。そう4名は導きの栞を手に掛けた。


****


後ろにいるヴィランたちを少し減らしたか。というところまで来ると、流れの急な川がある、開けた場所にやってきた。

誰かが縦笛を吹いている。背中しか見えないが、ヴィランたちの気配に気づいていないようでこちらを見向きもしない。


「あ、そこの人!危ないわよ!」

いち早く存在を察知したレイナはその人に声をかける。それでも、笛を止める気配はない。むしろテンポを早めていった。倒していったとはいえ、まだまだたくさんいるヴィランは、それと同時に進行速度も早める。

そして、ヴィランの大群、先頭がその人のすぐそこまで来た。

「っ、まずい!」

声を発したエクスも他仲間たちも、笛を吹く人物のため再び戦おうと導きの栞に手を伸ばす。


だが


「……は?」

「……なんということでしょう」


そのままヴィランたちは川に飛び込んでいった。笛を吹く人間を追い越して。

流れが急なその川の流れに乗ってヴィランたちは流されていく。そんな最初のヴィランが見えてるのか見えてないのか、大量にいたヴィランたちは戦うことなく全員川に身を投げその姿を消失させたのだ。


「……ごめんね、演奏中だったから」


静かになった後、笛を吹くのをやめると青年が苦笑気味にエクス達の方を振り返った。緑の目を覗かせた茶髪の好青年。声から発せられる不思議と落ち着く感覚にしばしぼぅっと聞き惚れる。


「え、演奏……さ、さっきのは、アンタがやったのか……?」

「うん、この笛は不思議な笛だから。悪いものからボク達人間を守ってくれるんだ」


タオの言葉を肯定し、クラリネットに似た形状の笛を持って男は微笑んだ。


「逆にそれくらいしか取り柄がないっていうか。なんというか」

我が子のように笛をなでて。彼は言葉を続ける。

「父さんからは、笛のことしか教わってなかったからね。ボク。……父さんは"笛吹き男"として有名で、とても笛がうまいんだ」


「笛吹き男……って」


 笛吹き男。ハーメルンの町で聞いた単語だ。


「……ハーメルンの町で聞いた、笛を吹いて子供を誘拐したという笛吹き男さんと同一人物なんですか……?」


「……さぁ、ボクには何のことだか分からないや」

 苦笑のように眉を下げて笑えばそう彼は言った。とぼけて見えると思えば見えるし、本当に知らなさそうにも見える。このどこかふわふわと掴みどころなく浮いているこの青年の思考はなかなかわからなかった。


「まぁ笛を吹く男の人なんていくらでもいるし、人違いかもしれないわね……。

 けど、こんな不思議な笛を持つ人、は流石にいくらもはいないわ」


 カオステラーの気配を感じないが、ヴィランが現れた。何かがこじれている。そう感じるの。そうレイナは、調律の巫女は語った。


「とりあえず、あなたの名前を教えてちょうだい。あなたってずっと呼ぶのも大変だし、笛吹き男と呼ぼうにもあなたのお父さんをそう呼ぶほうが適しているしね」


「ボクの、名前か……」

 ふむ、と少し思案するように唇に手を当てると、4人を見て名前を告げた。

「……"ウォルター "。それでいいよ」


 青年、ウォルターは、本当の名前を言うなんて本当久しぶりだな、なんて緊張感のない和やかな空気を流したまま、みんなの名前を聞いてくる。


 そして互いに自己紹介を終えた後、改めて、この想区の"調律"のため、原因を探すことになった。


「恐らく、この想区の物語に矛盾が出来ている、んだと思うけど……そこが何かってなると微妙なのよね。もやがかかっている、っていうか……」


 まずは一旦町に戻ろう。そう提案したのは誰だったか。その声にウォルターは少し考えたあと、少し躊躇うようにだったが頷き、みんなはハーメルンの町に戻っていった。

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